「愛なんて」
「好きです」
告白される時は大抵、こっちは準備していない。
まして、男の癖に真顔で男に告白する奴を予期してる訳がない。
「あなたが好きです」
そりゃ、奴はすぐ目に付いた。
白い髪に深紅の手だ。否が応でも目に入る。
一緒に組んだ時は、怪我を押して戦った。でも、それは任務を達成する為だ。奴が言った言葉を守らせる為だ。あいつをかばった訳じゃない。目が合ったって、気に掛けてる訳じゃない。
それを全部勘違いされては困るんだ。
「俺は好きじゃない」
俺は冷たく言い放った。
俺は恋なんてしない。
愛なんていらない。
誰も心に入れない。
だって、みんなすぐいなくなってしまう。
日本でも、英国でも。
黒の教団内部ですら、今日食堂にいた奴が、明日には二度と現れない。
ずっとそういう生活を送ってきた。
だから、誰も俺は気に掛けない。
ただ、任務を達成できればいい。
生きていられればいい。
『あの人』に会うまでの時間さえ、埋めていられればいい。
なのに、アレンは目をそらさない。俺の言葉にも動じない。
最初から俺が気に食わなかった、何処となく透き通るような笑みを浮かべて俺を見つめてる。
俺は苛立った。見て欲しくなかった。そういう目で俺を見ないで欲しい。
「何を見てるんだ。見るんじゃねぇ!」
「何でですか?」
アレンは初めて戸惑うように小首を傾げた。
「だって、お前もいつかいなくなるんだろう? 俺の前から消えちまうんだろう?面 倒臭いんだよ。だから!」
「でも、もう一ヶ月経ちましたよ?」
アレンは笑った。
「言ったじゃないですか。一ヶ月生き延びたら覚えてやるって」
「名前はな。それで充分だろ」
俺は背を向けた。
「手前みたいなお人好しの甘ちゃんが今まで生きられたのが不思議だよ」
「確かに死ぬかも知れませんね。もしかしたら」
アレンは平然と他人事のように頬を掻いた。
「だからこそ、言っておきたくて」
「冗談じゃねぇや、そんなん」
俺はわざとらしく肩をいからせた。
「重いんだよ。煩わしいんだよ、そういうの。お前、以前『僕が犠牲になればいいですか?』とコキやがったろ。そういう戦い方して、命削らせてる奴と組む方の事を考えろよ。傷増やしていくのを見せつけられる事を考えろよ。
そういう奴を好きになれってのか? 冗談じゃない。痛みは自分で引き受けろよ。俺はお前の事を心配したり、傷の痛みを共有する余裕はねぇんだ。
大体、お前は俺に何でそんなに構うんだよ。俺の何処がいいっていうんだ?」
「何処って…解りません」
俺は呆れた。
「解らない訳ないだろう。自分の事だろ?」
「全部だから」
「は?」
「神田の事、全部好きだから、今更、何処かいいか解りません」
「……………………」
開いた口が塞がらないというのはこういう事だろう。
「冗談じゃねぇよ。お前みたいな奴は一番嫌いだ。守れる筈のない者も、俺も全部守って、かばって、傷ついて、それで笑ってられる奴なんて、俺は絶対側にいて欲しくない! そんな笑顔は見たくねぇ。だから…」
(俺はいつも独りでいるんだ)
俺はアレンを睨んだ。アレンは困ったように笑う。
「僕の大事な人がそうだったんです」
アレンは髪を掻き上げた。
「好きな相手に、自分を全部注ぎ込んでしまうような人でした。命が擦り減ってるのに、それが僕にすら解るのに、やめてと言っても聞かなかった。いつだって笑って、辛い事なんか一つもないと言って、何もかも僕にくれました。何の見返りも求めずに」
俺は思わずアレンの顔を見直した。
「……気色悪ぃ」
「え?」
「気色悪いんだよ、そういうの!」
「ああ……」
アレンはまじまじと俺を見返す。
傷ついた顔をすると思ったが、アレンは吹き出して笑い出した。俺は眉を顰める。自分の一番大事な人を侮辱されたら普通 、怒るんじゃないのか?俺ならぶん殴っている所だ。
「やっぱりですか。師匠にも同じ事を言われました。一番どうしようもない愛し方だって。でも」
アレンの口元が微笑んだ。
「僕も気がつくと、同じ事をしてるんです。同じ愛し方しか出来ないんです。きっと僕も全部注ぎ込んでしまうでしょう」
あなたに出会ったから。
アレンの目がそう言っている。
俺は当惑した。動転した。
好きだったら、愛してもらいたいと思う。優しくして欲しいと思う。相手をもっと求めたくなる。
それが恋愛の本質だ。欲望の連鎖なのだ。
なのに、アレンはそれを望んでいない。ただ与えるだけ。尽くすだけ。アレンはそれが出来る。俺はそういうアレンを知っている。俺がぶん殴っても、意志を翻さずに人形を守ろうとしたアレンを。
俺がいくら冷たくしたって、見返りはいらないアレンをどうあっても突き放す事は不可能だ。
だったら、俺はアレンを愛す他なくなる。
利用し尽くせる程、非情になれるならともかく、それが出来ないからこそ、俺は独りであろうとしてきたのに。
「勝手にしろ!」
苛立たしい。
俺はアレンに背を向けて、早足で歩き出した。
「ええ、勝手にします」
アレンは最初と同じように透き通るような笑みで笑っている。
うっとおしい。
怖ろしい。
俺はアレンから逃げていた。
とっくに捕まっていたと、心の何処かが泡立つように喜んでいるのを知りながら。
エンド
まずは一ヶ月目。という所で。
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