「マナ、ここ……」


 アレンは絶句して、マナの横に立ちつくしていた。
 マナは黙って笑っている。

「ホントの駅じゃない? ホントなの? 僕達、機関車に乗るの? 馬車じゃないの!?」

「ホントだよ。まさか僕が子供連れで雪の山越えなんかすると思ったのかい? おとついの新聞にも馬車に振り込められた乗客達が全員凍死したと書いてあった。僕が大事なアレンをそんな目に遭わせると思ったのかい?」
「でも……高いんでしょ?」
 アレンはおずおずと呟いた。だが、既に目は駅の構内の高い丸天井や鉄筋の美しい唐草模様に釘付けになっている。待合室のベンチや制服を着た鉄道員。急ぎ足で荷物を運ぶポーターとその客など、アレンとは全く無縁だった世界がそこにあった。
 見たい物を全部いっぺんに目に入れようとして、クルクル首を動かしているアレンの姿にマナは声を立てて笑った。

「でも、乗ってみたいんだろ?」
「勿論!! で、でも…」
「心配しないでいいよ。僕は使わなければいけない時に使えるお金位、ちゃんと持ってるんだよ。君の誕生日なんだから、それにふさわしい事を感じさせてあげたいってずっと考えてたんだ。
 アレン、これが僕の君へのクリスマスプレゼントだ。どうかな? 乗ってもらえるかい? 
 勿論、君がこれから宿で一晩過ごして、明日の早朝から、眠い目を擦りながら、駅馬車の固い石みたいな腰掛けに大人達にぎゅうぎゅうになって挟まれて、石ころや水たまりにつまずくたび飛び跳ねながら天井と座席を往復し、噛みタバコやジンの臭い息を50時間以上も嗅ぎながら、寒さで全身強張ったようになりたいっていうんなら、喜んでつき合うけどね」


 アレンはブンブン首を振った。何てクリスマスだろう。本当にマナはいつだって驚かせる事の天才なのだ。アレンの目と心は既に改札口の向こうに向かっていた。

「じゃ、はい、アレン。もうすぐ一人前なんだから、これ位しっかり車掌さんに見せられるよね」

 マナは白い切符を取り出すと、アレンに注意深く渡した。アレンはゴクンと唾を飲み込んで、それを恭しく受け取る。心臓が『僕の切符、僕の切符』と鳴っている。
  誇らしかった。また1歳年を取ったのだ。マナに何でもしてもらっていた幼児が、今は自分の切符を握りしめられる歳になったのだ。公的にも、切符が必要な人間だと認められるようになったのだ。

 今年はどんな事が出来るようになるだろう。
 そして、また来年になったら、どんな道が開けているんだろう。

 アレンは落とさないように、切符をポケットに入れると、上から手で叩いた。
 汽車は既にホームに黒い巨獣のような姿で蹲っていた。白い蒸気を足元から絶えず出し、客達の足やホームはそれでかき消されている。
 アレンはホームを急ぎ足で歩いた。機関車、客車、貨物車、全部見たかった。いつも馬車を軽々と追い抜いていく機関車を眺めながら、どんなに憧れていただろう。
 アレン達と同じような下層階級の人間は三等車か、貨車。中産階級は2等車、上流階級は特別 車両か1等車と、この当時、はっきり乗る場所は決まっている。

「2等に乗るよ」
 それでも、マナは片目を瞑った。二等なら暖房もついているし、座席だって柔らかい。馬車からいつも機関車が追い越していくのを見ていたが、今日は窓から飛ぶように過ぎていく景色を見られるのだ。それだけでもワクワクして、今夜は眠れないかも知れない。
 アレンは機関車の全身がよく見える場所に立ち、惚れ惚れとその姿を見つめた。何て大きいのだろう。何て凄い姿なのだろう。人間はこんなものを作れるようになったのだ。
  自分は時代の変わり目に立っているんだとアレンは思った。馬車は機関車に取って代わられるだろう。そして、僕らはそれを体験する。
 これが僕らを新しい旅に連れて行ってくれるのか。アレンはマナを見上げた。いつまでも機関車で旅をしたかった。この人と何処までも遠くに行きたかった。
 ずっとずっと、この世の果てまで。

 多分、いつか必ずこの人と見る事になるのだろう。
 この瞳にそれを写す事になるのだろう。

「そろそろ、席に行こうか、アレン」
 マナがアレンの肩を抱いた。アレンは笑う。
「出発しんこー」
「ぽっぽー」

 マナも声を出して笑った。

 


 あれから、何度も機関車に乗るようになったけれど、機関車の汽笛を聞くといつも『あの日』の感動が甦ってくる。
 時折、そんな感慨に耽っている事は、今もラビにも神田にも秘密。

エンド


遅くなって申し訳ありませんでした。
クリスマスになると、マナアレが書きたくなるので書いていて幸せでした(でも、変な話(^_^;)
参加させて戴き、本当にありがとうございました。
皆様にもメリークリスマス!

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