「じゃ、行ってらっしゃい」
 コムイ室長は手をひらひらと振る。
「行ってきます」
 エクソシストは頭を下げる。それがこの本部(ホーム)のしきたりだ。
 黒いコートを身に纏い、主たる戦地へ。伯爵は神出鬼没だ。探索班がやっきになって調べ上げてくるが、なかなか戦果 は挙がらない。
 ティムキャンピーを頭に止まらせ、駆けてくる奴の前で、俺は片足を上げて扉を塞いだ。
「カンダ」
 アレンは目をパチクリする。
「あ、あの、何ですか?僕、急いでるんですけど」
「今回の任務の内容知ってて行ってくるのか?」
「はぁ」
「息子の皮をかぶった父親が大勢。明らかにお前がターゲットじゃねぇか」
「ええ。だからこそ、行かなくちゃ」
 俺は呆れた。アレンを睨み付ける。
「解ってんのか?いつものAKUMAとは違うんだぞ?お前をなぶりものにする為だけの演出だ。お前が勝とうが負けようが今回はどっちだっていいんだぞ、伯爵は」
「ええ、解ってます。その人達は僕の為にだけAKUMAにされた。それを見過ごせっていうんですか?」
「だから、お前は馬鹿だって言うんだ。伯爵に踊らされる事はないだろうが」
「それでも、僕は行かなくちゃ」
 アレンはにっこりした。かわいい笑み。張り付いた笑み。俺の大嫌いな笑み。
 その下に空白が潜んでるって事を俺は痛い程感じる。
 体の傷は放っておいても直るが、心の傷を癒す薬は滅多にない。見えない傷はいずれ当人を押し潰してしまう。
 AKUMAと悪魔は違うが、ヴァチカンの伝える話では悪魔払い師に破れた悪魔は、地獄に堕ちる際、必ずエクソシストの「何か」をむしり取っていくという。
 それは手足だったり、心や記憶の一部だったりするが、それを防ぐ手段はない。だから、有能な悪魔払い師は必ず廃人になる宿命を負わされる。
 それは俺達、イノセンスの適合者にも共通する。AKUMAとの戦いは心に痛みを伴うし、一歩間違えば俺達を再起不能にしかねない。
 俺はそうなりたくないし、他の奴にもそうなって欲しくなかった。
 アレンの空白の顔はひどく危うかった。
 一番戦うべきでない相手に血を流し続ければ、アレンの方が先に潰れる。
  そんな事は「解ってます」だと? 
 それでも 「行かなくちゃ」だと?
 アレンは馬鹿だ。そんな事で先に進めるか。本当の魂の救済が出来ると思っているのか。
 自分の魂、一つ守り通そうともしないくせに。
 俺は刀を握った。
「俺も行く」
「え? で、でも」
「俺はイヤなんだよ。他人に踊らされるのも、踊らされてる奴を見るのも。お前のようなモヤシが伯爵に言い様にされてるなんざ、教団の恥だ。AKUMAは全部俺がぶった斬ってやるから、今回お前は俺のフォローに回れ。お前は手を出すな」
「だけど」
「うっせぇ。さっさと行くぞ」
 俺は走り出した。アレンは慌てて後を追ってくる。
「あ、あの、カンダは僕が嫌いじゃないんですか?」
「嫌いだよ。特にその笑ってる顔が気に食わねぇ」
「あれ、そうですか? 困ったなぁ」
 アレンは困ったように頭を掻いた。
「でも、僕はカンダの声は好きです。独特のいい声してますよね」
 俺はギロリとアレンを睨んだ。
 気付いてるんだろうか。懺悔室の向こう側にいた俺を。
 でも、アレンの笑顔は空白で読みとれない。
 まぁ、いいかと俺は思った。
 戦いは始まったばかりだ。
 大嫌いだから、守りたい。
 アレンに呪いをかけたマナの気持ちが何となく解った。

エンド

初神田×アレン。
コピー本を大幅に手直ししました。
神田の初恋の人は……えーと、まだないしょv

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