「ベリーベリーストロベリー」2

 

(くそ〜、何でこんなバカデカイんだよ)

 燐はゼーゼー言いながら、学園の階段を昇り切った。
 最初、見た時も九龍城か要塞みたいだと思ったが、校舎や棟がキャンパスに点在しており移動距離が半端ない。
 放課後であっても、部活もあるし寮生も多いから、キャンパスは何処でもにぎやかだった。

 その衆目の中で学生服でないフード姿の少女が歩くのは自殺行為だった。
 とにかく人目を引く。フードを目深にかぶったからバレてはないと思うのだが、全員が全員振り返る。
 視線を向けられて、何か言ってるのを嫌でも感じる。
 恥ずかしくて、神経がおかしくなりそうだった。
 そうでなくても、場違いな人間だと教室でも遠巻きにされている。
 女装癖の烙印を押されたら生きていけない。

(チクショー、もうすぐ実験室だ!耐えろ、俺!)

 自然と小走りで前かがみになったせいか、前方を確認しなかった。
 角を曲がった瞬間、思い切り誰かとぶつかる。

「うわぁっ!」
「ぐわっ!」

 二人共弾けるように転んだ。ひっくり返ったせいでスカートがめくれてしまう。
 燐は真っ赤になって裾と足を押さえた。
 相手は燐の頭で鼻をぶつけたらしい。顔を覆っている。燐は慌てた。

「ご、ごめん! 前見てなくて!」
「坊! 大丈夫ですか?」
「ああ、痛ぇ。いや、大した事ねぇ…」

 少年はそれでも少し痛そうに鼻を擦っている。見た事があるメッシュ頭だった。
 しかも取り巻きの二人の少年も燐は知っている。

(げげえええぇぇぇっ! 勝呂!?)

 燐はフードの下で真っ青になった。
 最初の授業の時のせいで、余り好感を持たれていない。
 お互い気が強いから、何度もぶつかっている。
 人望もあって、いい奴だろうと思うのだが、まだ接点が見つからない。
 嫌な事が多くて、学校をサボりがちだったせいだろう。
 表面だけの要領のいい人付き合いが燐は苦手だった。

(ば、ば、ば、バレたらマズイ!)

 燐はうろたえた。
 祓魔師になるには、どうしても学園に在籍するしかない。
 暴力が原因で人に嫌われるのは慣れてるが、変態を見る目付きは耐えられない。
 第一、好きでこんな格好してる訳ではないのに。

「あ、鼻血」

 志摩が勝呂を指差した。たらりと紅い筋が勝呂の鼻の下に垂れている。
 それを見て、燐はハッとした。また誰かを傷つけてしまった。
 逃げる事も忘れて、慌ててポケットを探る。
 フリルと刺繍がかわいい女物のハンカチが入っていた。

(ゲェェェッ、普通の入れろよ、あのピエロ!)

 一瞬、躊躇したが、勝呂の血を止める方が先だ。

「これ…」

 顔を見られたくなくて、下を向いたままハンカチをおずおずと差し出す。

「あ、ああ。ありがとな…」

 勝呂は見慣れぬ少女を見つめていたが、紅い顔をして受け取った。

「じゃ、じゃあ…。ホント、ごめん」

 燐は全速力でその場を逃げ出した。
 声でバレてない事をひたすら祈る。生き恥を晒すのはもう嫌だ。
 その後姿を勝呂はハンカチを握り締めたままジッと見送った。

「何やぁ、坊。顔が真っ赤やでぇ?」

 志摩が面白そうに勝呂の顔を覗き込む。

「え? ええっ、いや、何でもねぇ!」

 勝呂はハンカチを使わず、鼻血をグイッと拳で拭う。

「へぇ。まさか惚れたとか?坊、かっわええ」
「う、うるさいっ、茶化すな!」
「でも、顔はフードで全然見えませんでしたよね」
「い、いや。チラッとな…」

 勝呂は呟いた。
 少女が転んだ時、フードとスカートがめくり上がった。
 三分の二はスカートの下の秘密に目が行ってしまったが、ちょっとだけ顔も見えた。
 目が少し吊り目気味で桜色に染まった顔が。

(…凄くかわいかった)

 思わずギュッとハンカチを握り締める。
 ハンカチの花の香りも少年の初心な心をときめかせた。京都の香の薫りと全然違う。

(また…会いたい。俺の理想の彼女(ひと)。何処の学び舎の人なのか)

 目に焼きついた少女の可憐な姿が愛おしい。
 ちょっとだけ燐の顔が何故か頭を過ぎるが全力で否定した。
 あんなガサツなバカを連想するなどどうかしている。
 志摩達は勝呂の変化に気づかず、はしゃいでいる。

「パンティ、白でしたね。ラッキー。
 学園にドジッ子メイドさんがいるとは想像以上に天国ですね、ここ!」
「もう志摩さんは〜〜〜」
「えー、子猫さんもバッチリ見てたやないですかー」
「そっ、そんな事!破廉恥な! 坊も志摩さんを怒って下さいっ!」
「え、ああ、うん…」
「え〜、まさか、坊。ホントに頭に春が来はったとか?こりゃ、赤飯炊かんと!」
「ば、ば、ば、バカッ!」

 志摩を怒鳴りながら、勝呂は可憐なハンカチをそっとポケットにしまう。

(ま、また逢いたい。同じ校舎ならまた会える筈。
 また、この時間この角で待ってたら会えるやろか。
 その時は転ばないよう俺が支えてあげたい。
 …いや、そしたら彼女の身体に触れてしまうやんか。いきなり、だ、抱き締めたら怒るやろ。
 彼女には変態という名の紳士と思われたくないで)

 勝呂は心の中で悶々と葛藤し続けた。
 明日、同じ教室で会える事など夢にも思わないまま。


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