「朝まだき」(エドアルエド)

 

「兄さん」
 アルフォンスが俺を呼ぶ。
 朝まだき。小鳥達の声もまだ寝ぼけてる。
 昨日は列車の旅で疲れて、夕食もそこそこ。すぐ寝ちまったから、アルは退屈してたんだろう。
 俺の睡眠時間が長ければ長い程、アルの独りぼっちの時間は長くなる。だから、夜更かしして、睡眠時間削って、少しでも長く起きていてやろうとするのに「身体に悪い」だの「隈出来てる」だの文句を垂れる。
 さすがに
「僕に無理して、つき合わなくていいんだよ」
と言った時は俺も怒ったから、もうそんな事は言わなくなったけど。


 でも、何だかんだ言うけど、やっぱりアルも淋しいんだ。
 二人がいいんだ。
 二人でいたいんだ。
 俺は悪夢をよく見るけど、楽しい夢、明るい夢だって見る。
 そこには、いつもアルがいる。
 ちっちゃなアル。
 少し大きくなったアル。
 多分、未来のアル。
 だから、俺は眠りにつける。罪人にだって安らぎはある。


 でも、アルには何もない。アルは夢を見ない。夜を越えるだけ。闇を見つめるだけ。
 俺が目覚めるのを息を潜めて待ってるだけ。
 まるで雪を掻き分けて福寿草が咲くのを待ってるみたいに。
 春を待ってる子供みたいに。
 俺という世界が目覚めるのを待っている。

 だから、アルの声に俺はすぐ反応する。
 でも、やっぱり眠い。目を開けていられない。
「兄さん」
 アルの声がする。
 目を閉じた瞼の奥には、十歳のままのアルが笑ってる。
 俺が知ってるアル。心から取り戻したいアル。
 小さなアルの声が俺の耳たぶをくすぐる。
「兄さん」
 俺の指がアルを求めると、大きななめし革の指が触れてくる。
 ぼんやり開く目の向こうには、朝まだきの弱い光の中で、アルが俺を見つめてる。
 現実のアル。鎧のアル。
 俺のかけがえのない弟。
 俺はうっすらと笑う。優しく笑う。現実と幻想の境目。俺の二人のアルに出会える時間。  
 だから、俺は朝まだきが好きだ。

エンド

 

(朝まだき、とは早朝のほの暗い時刻の事)

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