「ちょっと 待て」


  生意気。


  昔っからそうだったけど、最近のエドはそんな言葉がピッタリだ。何処で聞き込んできたのか、私の母の事など持ち出しては私を動転させる。
「久しぶりに司令部に来たら、ハボック少尉やみんな、スキマスイッチの片割れみたいなアフロヘアーになってるじゃん。軍部って、ヘアースタイルまで統一になったの?」
 白々しい。
 私は苦々しい思いでエドワードを見下ろした。ベッドの代わりは司令部の机の上。少し追い上げた顔は上気して、艶やかだが、悪戯っぽく笑っている。いつも私をまるで毛虫かムカデを見たような顔するのと正反対だ。前回、どっきりカメラみたいに人の寝起きを襲って、大事な思い出をギッタギタにしたのが余程楽しかったのだろう。全くムカツく。
 ムカツくと余計欲しくなるという展開をどうにかしたいと思うが仕方がない。子供はお仕置きが必要だ。
 私は発火布の手袋をはめた。 
「君も軍属だから、同じ髪形にしてやってもいいんだがね」
「俺、一生軍服着ないから。あんたもアフロにしたらいいのに。目立ってるよ、あんただけ。童顔だし」
「童顔は余計だ、鋼の。みんなをアフロにした理由を今すぐ全館放送してやろうか。全員、喜んで君をアフロなりモヒカンなり、お好みのスタイルにしてくれると思うよ」
「ママァ程度で逆上して、全員を火あぶりにするあんたの方が大人げないと思うな」
(………殺せる。今すぐ憎しみでこのガキを殺せる…ッ!)
 思わず震えた指先に力がこもったが、必死でこらえた。
 代わりにエドの一番嫌がる部分を執拗に責める。思わず声が出そうになったのか、エドが私の足を蹴飛ばしたが構うものか。人のプライベートに土足で踏み込んできたのはそっちだろうが、クソガキ。
 でも、ベッドではまだまだ自分を捨てきれない所が子供だ。全部服を脱がせてもいいんだが、半分着たままの方が何となくそそる。こういう昼下がりの情事をエドが好んでいないから尚更いい。
「…………っあっ!……ふぐっ、うっ、うっ」
 上擦った声を恥じるかのようにエドは口を自分の手で塞ぐ。その顔を満足に見つめながら、私はこの関係の本質を漠然と思った。
 私達は同類で、近親憎悪を抱えている。だから、嫌いだし、惹かれ合う。多分、本当は殴り合いの喧嘩でもした方が似合っているのだ。きっと理解も接近も早く深まるだろうし、男として健全だ。
 でも、それが出来ないから、こんな風に身体を重ねる。
 エドが感じるのを見て、乱れるのを見て、満足するのは愛情からじゃない。殴ってダメージを与えたという認識を置き換えているに過ぎない。エドが罵詈雑言を叩き、感じまいとするのも似たような事。
 だから、ムカツクから抱く。エドも応じる。私達はベッドの上で喧嘩している。他の人間には理解されにくいかも知れないが、こんな風にしか、私達は近づけない。
 でないと、石の資料の代償という等価交換抜きで、こんな事をしている理由が説明できない。最初のきっかけ、不問律の契約が次第に忘れられ始めている。
 ただ、溜まっているから。
 それだけで片づけられたらどんなにかいいのに。
 感情全く抜きで関係を結んでいた最初はどんなにか楽だったのに。
「もう……いい加減にして…くれよ。さっさと突っ込ん…だらどうだ…よ」
 弱いところばかり責められて、エドがさすがに音を上げた。潤んだ目が私を見上げている。憎まれ口ばっかり叩く癖にしおらしいのはこういう時だけだ。かわいいんだか、憎たらしいんだか。
「こんなもので今日は終わらせる気はないよ。どうせ私は大人げないからね、鋼の。ちょうどお茶の時間だ。大人のお茶につき合ってもらおうじゃないか」
 私は銀の盆を引き寄せて、スコーンを口にくわえた。口移しにエドの口に押し込む。噛み砕くエドの唇をむさぼった。甘い。その間も絶え間なく彼の欲望を扱き続ける。エドの腰や舌が震え、懇願するように私の手に熱を擦り寄せてくる。だが、まだ許してはやらない。
「ふむ…まだ甘さが足らない、かな」
 バターの隣のジャムの蓋を開けた。紫のブルーベリージャムが甘く香る。指でそれを掬い、彼の紅い突起、脇腹、欲望など彼の弱いところにばかりそれを擦り付けた。ついでに生クリームで仕上げをする。
「ちょ、ちょっと、何やってんだよ!?」
 エドは慌てた。普通の交わりなら、どうにか理性を保っているが、少しでも外れた事をすると途端に動転する。私は彼の抗議を唇で塞いだ。
「君をお茶菓子代わりに戴くのさ。君は生憎少し苦いからな。ジャムでも塗らないと舌先が痺れる」
「冗談じゃねぇ!変態!さっさと終わらせ……っ」
 やんわり欲望を握り込まれて、エドの言葉が途切れる。チクショウという目が私を睨んだ。私は快く感じながら、エドの身体のデコレーションを嘗め取っていく。そのたびにいつもより身体が跳ねるのが気分良かった。
「残念だよ…な」
 エドがどうにか声を絞り出しながら呟いた。
「何が?」
「ブルーベリージャムで。あんたの一番好きなのは、ママの作ったマーマレードだろ?」
「…………………」
 私はにっこり笑った。小賢しいガキ。ホントにムカツク。ヤられたらヤりかえす姿勢は共感するが、私も同類だと解ってないのかな。
 それにムカツけばムカツク程燃えるって事も。
 私は氷を一個指で挟んで、彼の欲望に押し当てた。育ちきった熱が驚愕と衝撃で一気に萎える。エドは悲鳴を上げた。
「ワッ!!何すんだよ、手前!! びっくりするじゃねぇか!」
「そんな大声出すと、誰かが来るぞ」
 私は彼の耳元でやんわりと笑った。
「簡単には終わらせないと言っただろう? 追い上げられて、落とされて、その往復に君の精神がどれだけ持つかな。君が本当に陥落するまで何度でもやってあげるよ。天国と地獄。君は懲りるって事をまだまだ学んでないようだからね」
「ちょっと待て、変態! もう帰る! 放せって!」
 だが、一番敏感な部分を握り込まれてはもう動けない。エドの震える身体を私は存分に抱き締めた。
「つれないね。お茶の時間は始まったばかりだよ?」

エンド

「おはよう」の後日談。
この後、ウェブ拍手ハボロイの「お昼寝」とかに続きます。

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