「笑顔」
「なぁ、アレン〜」
ラビは顔に両肘をついて、アレンを見上げた。
じゃ、もう遅いからと腰を上げかけていたアレンは振り返る。
「何ですか、ラビ?」
「毎朝のキスの事なんだけど、おやすみのチュウも足さない?」
「…………」
アレンは呆れたようにラビを見下ろした。
「あのですね、ラビ」
「はい?」
「目覚めのキスはこの長旅の間、ラビが一日やる気を起こす為に、仕方なくやってる事ですよね」
「仕方なくはないけど、そうさ?」
「じゃあ、おやすみのキスって何ですか? 寝る前にどんなやる気を出そうっていうんですか?」
「そりゃ、色々さぁ」
ラビはニコと笑った。
「やらしい事を考えてるんじゃないでしょうね」
「そういう事、考えるアレンて、やんらし〜い。
明日の任務の為に頑張って寝よう!って気になんないの、アレンは。元帥を追っかけてる俺らを妨害する為、いつアクマに襲撃されてもおかしくないんよ? その為に充分な睡眠を取らなくちゃ。
ね、だから、お休みのキッス」
ラビは唇を突き出した。
「………あのね」
アレンは脱力した。あからさまにアヤシイのだが、任務を盾に取られると反論しにくい。
「僕、神田が好きなんですよ?」
「知ってるさ。それが何?」
「何って、こんな事してるのバレたら、僕もラビも神田に殺されますよ!?」
「任務の為じゃん」
「本当は任務と関係ないんじゃないですか?」
「俺がやる気が出ないから、仲間からのあたたかい、頑張れって激励のキスするんさぁ? それだけの為であって、それ以外に意味があんの、アレン?
ユウは任務といわれると弱いから、俺達を責めないと思うなぁ」
「問答無用だと思いますけど」
アレンはガックリと膝をついた。ラビに話が通じてない訳ではない。あー言えば、こー言われて、適当に丸めこようとされているだけだ。
「とにかく、お休みのキスはやり過ぎだと思います」
ラビはニコニコ笑った。
「やなの?」
「や!です」
「じゃ、アレンて少しは俺の事、意識してくれてるんさぁ」
「そうじゃなくて…」
アレンはほとほと呆れてラビを見下ろした。拒絶するのが正解だろうが、アレンもラビが嫌いではない。ただズルズルと言い様に流されてしまうのはちょっとイヤなのだ。
『この世はギブアンドテイクが基本。僕らの芸も人生も。
……ただ、それだけで割り切れないものもあるんだけど』
(そうマナも言ってたっけ)
アレンはニッコリ笑った。
「そうだ、ラビはこの前、僕にわがまま言えって言いましたよね? じゃ、僕もしてもらっていいですか?」
「何さ? アレンもお休みのキスして欲しい?」
「いいえ。腕まくらして下さい。毎朝毎晩、僕がキスする代わりに一晩中腕まくらして欲しいんです」
「腕まくらぁ〜?」
ラビは目を剥いた。
「はい。キスしてもいいけど、ラビも僕にしてくれなきゃイヤです」
ラビは思わず唾をゴクリと飲み込んだ。それって据え膳ではないか。まさか、こんなに簡単に許してくれるとは。
「そ、そりゃいいけど、ホントにいいの?」
「ええ、いいですよ」
アレンは頷いた。
「けど、腕まくらだけ!ですからね。それ以上の事しちゃ駄目ですよ? これも任務の為であって、明日爽やかな目覚めを迎える為でしょ? ラビがそう言ったんですからね」
ラビはしばし沈黙した。
「…………だけ?」
「そうです。でないと、絶対しませんから」
アレンはツンと唇を尖らせた。
解って言ってるのだろうか。ラビは首を傾げる。腕まくらとは、要するにそーゆー事をした後にするものではないのか?
(キスしてピッタリ寄り添って寝たら、そんな事言ってられないと思うけどなぁ)
ラビは呆れた。アレンはただニコニコ笑っている。純粋にそれだけで済むと思っているらしい。
(ホントに子供だなぁ)
「解った。じゃ、しよ?」
「はい。………じゃ、お休みなさい、ラビ」
えへへと照れたように笑って、アレンはラビの唇に軽くキスした。
「わ〜い、ラビの腕まくらですね〜」
アレンはパフンとラビの腕の中に飛び込んだ。楽しそうにベッドの中で寄り添う。
「えへへ、嬉しい。やっぱりくっついて寝るとあったかいですね」
素直にニコニコしているアレンを見て、ラビは思わず目を細めた。湯上がりのアレンの石鹸の匂いがする。カーテンの隙間から差し込む月光がアレンの白髪を銀に染めた。思わずその美しさに髪の毛を撫でながら、ラビはアレンの耳元に囁いた。
「そんなに嬉しいさぁ?」
「ええ」
アレンは少し悲しげに目を伏せた。
「僕の育て親がいつもこうしてくれたんです。野宿が多かったから、いつだって一緒に寝てました。
でも、師匠はもう子供じゃないから一人で寝ろっていうし。神田はたまにしかしてくれないし。子供っぽいとは解ってるんです。だけど、やっぱり誰かに抱き締められてないと、心から安心して眠れなくて。
だから、ラビがしてくれるなんて嬉しくて、懐かしくて、僕、今胸が一杯なんです。
……これなら、旅がずっと続いてもいいなぁって本当にそう思います。任務なのにおかしいですよね、そんな事思っちゃ」
しみじみと呟くアレンの姿にラビはジーンとした。かわいいと心から思う。抱き締めたい。キスの雨を降らせたくてたまらない。
実際、アレンはいい匂いだし、触れ合った体はあたたかいし、お休みのキスで少し胸がドキドキしている。アレンとこんなに寄り添ったのも初めてだ。いっそこのまま抱いてしまいたかった。腕まくら『だけ』で男が済む訳がない。アレンは少し無防備すぎるのではないか?
だから、アレンの頭や背を撫でている内に自然に事を運ぼうと思っていた。
アレンの告白を聞くまでは。
ラビはアレンの目の傷の訳を少しだけ知っている。今、その幼い頃の優しい思い出を汚すのは躊躇われた。いつも何処か淋しい、本当の笑顔を見せないアレンの心を少しでも満たしてやりたかった。
「いっさ、アレン。一晩中こうしててやるさ。それでアレンが安心して眠れるなら」
「…………ありがとう、ラビ」
アレンは顔を寄せて、そっとラビの頬に口づける。小さく呟いた。
「おやすみなさい」
「…………うん」
アレンはやがて満ち足りた子供のような顔で寝息を立て始めた。
ラビはその頭を優しく撫でながら、目を瞑った。
(つれェ〜)
ラビは小さく、この夜何度目かの溜息をそっとついた。
実は腕まくらは結構キツイのだ。
猫や犬と一緒に寝れば解るが、体は寝返りを打てずに強ばるし、重い頭は血行を悪くして、腕がどんどん痺れていく。
しかし、アレンのお休みのキスの為だ。アレンはラビを信じ切って、心から安らかに眠っている。このかわいい寝顔を乱したり、信頼を失いたくない。
(あああ〜、でも、アレンてば、何ていい匂いさぁ)
どうぞ、アレンが俺の体の火照りを気づきませんように。
(明日はパンダ特製の湿布薬をもらわねぇと)
この旅がずっと続いたら、元気どころか早死にするかも知れない。アレンの子供っぽさが少し恨めしかった。もう夜明けが近づいている。神田には悪いが、アレンを早く口説き落とさないとこっちの身が持たない。任務の為なんて口実を作った自分が馬鹿みたいだ。
(やっぱ、俺、少し『いい人』すぎたかなぁ)
アレンの重みを切なく感じながら、ちょっと今夜は墓穴を掘ったと思うラビだった。エンド
ラビはいい人だと思います。ちょっと器用貧乏な所もあるとかわいいですv
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