「Favorite」


『いいか、俺の好きなものは三つ。いい酒、煙草、女だ。ガキは入ってないんだ。覚えとけ』


 出会いしな、師匠にこう言われた。
 師匠の好きなものに僕は入っていない。


 だから、ひどい扱いを受けてばかりだ。
 我慢するのも、弟子の務めだから。
 師匠はそれをいい事に1週間の半分は外出する。
 修行どころか、課題すら置いていってくれない。毎日、家事とギャンブル。たまにベッドでの奉仕だけ。
 僕はエクソシストになる為に弟子になったんだから、これは契約不履行だと思う。僕は家政婦になりたいんじゃない。忍耐力を鍛えるっていうのなら、理不尽な要求や命令で充分だもんね。

「待つのも弟子の務めっていうのは違うと思います」
 業を煮やして、僕は師匠に詰め寄った。
「それも修行だ、耐えろ」
 師匠はにべもない。ワインのグラスを回し、味を確かめて小さく頷いている。

(ああ、ガキよりワインがお好きなんでしたっけね)

 僕は唇を尖らせた。師匠は僕が何でもいう事を聞くと思って(半分は暴力のせいだけど)いい気になってるよね。
 普段なら、ここで言い合いになって、大抵僕が凹まされるんだけど、僕はいい事を思い出した。
 仲がよくても、僕とマナもたまにケンカをしたものだ。その時、マナが使ったちょっとずるいやり口。


「そうですか。僕の気構えが足りないんですね。
 じゃ、早く師匠を尊敬できるように、師匠に尊称をつけて呼ぶ事にします。いいでしょ、『大好きな』師匠」


 師匠は心からイヤそうな顔をして僕を見た。
「何だ、それは」
「マナは『枕詞』だって言ってましたよ、『愛する』師匠。本当にそう思っていなくても、何度もそう言ってる内にその気になってくるんですって、『世界で一番かっこいい』師匠。
『もうステキでステキで胸がキュンとしちゃう』師匠って、本っ当にどうしようもないロクデナシだって思いますけど、『愛してる、愛してる、愛してる』って、千回繰り返したら、僕もいつかは心からそう思えるようになるかも知れません」
「くだらない。思ってもないなら口にするな」
 師匠の眉間のしわが深くなった。師匠はマナが絡むと、大抵苦々々々々々々々々々々々々々々々しい顔になる。

「だから、思おうと思ってるんです、『今日は一段とかっこいい』師匠。努力は必ず報われるってマナも言ってましたしね。
 僕も本当にそうなれば、何でもハイハイって言いつけを守るいい子になって、明日までにこの借金全部払ってこいとか、ツケを帳消しにしろとか、高級レストランやクラブで散々散財して、僕だけ置き去りにするとか、恋敵からの無言電話の応対とか、夜道での待ち伏せとか、複数の愛人の同時押し掛けとか、しかも修羅場中に一人だけずらかってるとか、臓腑が煮えくりかえるような色んな事も、『愛する師匠の為だから』って、快感に変わるかも知れないですよね」

「ああ、凄い。そうなると、こっちは非常に助かるな、大馬鹿弟子。どんどんやってくれ」

 師匠は棒読みで呟くと、フンと鼻で嗤ってワインを啜った。
 僕は眉を吊り上げた。僕がどんなに怒っていたって、マナに『大好きなアレン』と言われ続けられたら、大抵いつまでも怒れなくなって、降参して、ギュッと抱き合って、キスして、何で怒ってたかなんてどうでもよくなっちゃうのに。

 この人って、本当に何処まで意地悪でひねくれてるんだろう。 けど、僕はちょっと我慢した。師匠と暮らしてると、感情の沸点が自然と低くなる事を身に付ける。感情的になっても師匠には絶対勝てないもの。
 日頃(多分)どーでもいいと思っているガキから、いきなり『好き好き大好き』って言われたって『何だ、こいつ』と思うだけだろう。
 だけど、僕も師匠と暮らして解った事があるんだ。


「本当にいいですか、『僕の大切な』師匠?」
「くどい」
 僕はにっこりして、いきなり師匠に抱きついた。音を立てて、師匠の頬にキスをする。師匠は僕を横目でギロリと睨んだ。
「何の真似だ」
「だから、実践してるんですよ。言葉だけじゃ、やっぱり上滑りで心がこもってないですもんね。
『大好きな大好きな』師匠って、思ってもない事言われるの大嫌いですから。行動を伴った方がずっと早く本気になれると思いませんか?
 言うだけなんて誉め殺しみたいで不愉快でしょ? こうした方が『僕の好きな』師匠だって、気持ちよくないですか?」

 師匠は小さく溜息をついた。
「じゃ、お前はホントにさっきから心がこもってないまま、俺を好きだとか、愛してるとか言い続けてるのか?」
「そうですよ。さっきからこう……」



 師匠はいきなり僕を引き寄せた。思い切りのディープキス。
 やんわり腰まで揉まれて息が上がる。糸を引くキスから解放されるまで、お互いの口内をじっくり堪能し合った。僕はハァ…と甘い息を吐いて、師匠の胸に凭れかかる。

「千の言葉より、一つのキスの方が雄弁だ」
 師匠はニヤリと笑った。
「それにお前が俺に、心にもない事を言い続けられる訳ないんだよ」


 僕は上目遣いにじっと師匠を見上げた。じゃ、僕の気持ちなんて最初から知ってるんじゃないか。解ってて知らぬ 振りの方がよっぽど質が悪いよ。
「でも、言わなかったら、今みたいなキスを返してくれましたか、バカ師匠」
 師匠は笑った。
「あー、しないだろうな。
 それより、愛だの恋だのウザイ言葉を言われるより、憎まれ口を叩いている方がお前らしいぞ、バカ弟子」
「えーえ。師匠はバカですよ、バカ師匠。僕はどうせガキですからっ」
「フン、確かにガキは嫌いだが、お前のように仕方のないバカなガキは悪くない」
 僕はキョトンとした。


「師匠…それって」
「何度も言わんぞ、贅沢者」
 師匠はもう一度ニヤリと笑うと、僕をお姫様みたいに軽々と抱き上げた。


「一回だけ許す。飾りも枕詞もなしだ。
 ありのまま言ってみろ」


 僕は師匠の首に抱きついて、耳元に熱っぽく囁いた。

「愛してます……僕の大好きな師匠」


エンド

アレンは師匠にかなわないと知って、それでも、やっぱり勝ちたくて向かってくのが可愛いと思う。
でも、 やっぱりかなわなくて、かなわない事に何処か安堵してるそういう状態がアレンは好きなのかも知れない。
永遠に師を越えるなんてあり得ないと、何処かで諦めてるのかも知れないし、俺もそうして欲しくないのだけど、でも、いずれ別 の形でアレンは師匠もかなわない部分を身につけてしまうんだろう。
で、それを師匠は承知してる、と。
まー、でも、そう簡単にそれを許さないだろうねぇ、クロスは。

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