癒しの代償

 

「神田は髪を切らないんですか?」

 

アレンは少しひんやりとした漆黒の髪に指を絡ませ、自分の口元に引き寄せると愛しそうに口付けた。
神田はいつもは頭の高い位置で一つに結っている長い髪を垂らし、ベッドで己の下に組み敷いているアレンを怪訝な顔で見下ろした。

「・・・そうですよね。こんな綺麗な髪なんだから、切っちゃったりしたらもったいないですよね」
無言の神田の様子に、彼を怒らせたのかと取り繕うようにアレンは言った。
「今は切れない・・・それだけだ」
ボソリと呟く神田に、アレンは驚いたように目を見開いた。
「今は?」
それで話を終わらせようとでもするかのように、神田はアレンの唇を自分の唇で塞いだ。

「ン・・・」

貪るような激しいキスに、アレンは自分の問いが神田の内の深いところに迫っていたことを感じた。
ぼんやりと、リナリーやコムイ達との会話を思い出す。
神田の長髪のことが何かのきっかけで話題にされ、その時に誰かが
「願掛けしてるんじゃないのか?」
と言っていたのだ。


「願掛け?」
と聞いたら
「願いを込めて、願いが叶うまで髪を切らないことだ」
そう教えてもらった。

 

彼が願掛けをしているのかそうでないのか、願を掛けているとしたらその願いはなんなのか、きっと教えてもらえないだろうことは分かっている。
身体は繋げても、心の深いところまでは決して近づけさせてはくれない。
彼がどんな想いで自分を抱くのか、アレンにはわからなかった。わからないまま、流されるように抱き合う。
身体は熱くなるが、心は凍えそうだ。


・・・自分は何をしているのだろうと思う。


抜き身の刀のように冷たく鋭い彼は、下手に触れると怪我をすることはわかっているのに、どうしても引き寄せられてしまう。
自分の気持ちと神田の気持ちが大きくすれ違っているようで、遣り切れなくなる。

「いやなのか?」

困惑したような顔で神田がアレンの顔を覗き込んでいた。
「え?」
「どうして?」
「泣いてる・・・」
自分でも気づかず涙を流していたようで、神田の指がおずおずと頬に触れるのに なんとなく嬉しさを感じる。
躊躇いがちなその動作は言葉よりも雄弁に、彼の優しさが伝わってくる。
思わず「ふふふ」と笑うと、いつものように眉間に皺を寄せ口をへの字に曲げて睨まれる。

「なんだ、おまえ気持ちわりぃ奴」
「だって・・・」

キミのその気遣いが嬉しいなんて言ったら、どんな反応を示すだろう?
彼のことだ顔を赤らめて照れるなんてことは決して無いだろう。殴られるのが目に見えるようだ。
だけど自分の気持ちを言葉にして伝えておこうと、神田の後頭部を抱き寄せアレンは耳元で囁いた。
「キミが好きです・・・」
「馬鹿」
「ひど〜い」
憮然とした表情の神田に、アレンはしがみつくように裸の胸を合わせた 二人の鼓動が溶け合う。


「大好き・・・キミが僕のことをどんな風に思っていても僕はキミが大好き」
「ほんとに馬鹿だな」
言っていることとは裏腹に、アレンの髪を撫でる神田の手は優しい。
言葉では決して応えてはくれないくせに、態度ではアレンが望むもの以上に好意を表してくれる。
そんな神田の不器用さも好きだった。
誰でもが触れられない彼の優しさ。
それが自分一人に向けられている、それだけで心の中が温かくなる。
さっきは二人の心がすれ違っていると思っていたが、思い過ごしだったのだと安堵する。
トクトクと命を刻む神田の胸に手のひらを当てる。
そうしていると神田と自分が同化していくような錯覚がする。

融合・・・

二人溶けて合わさってしまえばいいのに。
そうすれば離れなくてもいいのに。
そんな気がした。

 

ふと視線が彼の胸に記されたものに止まる。いつも気になっているもの。
「ねぇ、神田のこの胸の記号みたいなものなんです?」
「記号じゃねぇよ。梵字っていうんだ」
「梵字?」
「インドの文字だ」
「インドの文字?」
何故そんなものが・・・とまでは聞けない。
はぐらかされるように下肢を弄られた。
またしても彼の不可触地帯に立ち入った感じがした。
悪戯を仕掛ける神田の左手首を掴むと、硬い感触がして思わず目を遣ると彼が肌身離さずにいるブレスレットだった。
「神田、これいつもしていますよね?」
「ああ?これか?」
「そう、そのブレスレット。大切なものなの?」
「大切つーか、これはな数珠だ。お守りみたいなもんだ」
「数珠?」
「仏教の道具とでも言えばいいか?」
「僕達エクソシストなのに仏教?」
キリスト教の頂点にあるヴァチカンに属する黒の教団の一員が仏教? 困惑するアレンを面 白がるように神田はなおも追い討ちを掛ける。


「俺の実家は寺だ」


「え、え〜?」
大きな目を殊更大きく見開くアレンに、神田は苦笑する。
「ばーか、冗談だ」
「もう。からかわないでよ」
拗ねたようにそっぽを向くアレンを、神田は後ろから抱きしめた。
その両腕にアレンを閉じ込める。
アレンの首筋に神田は唇を寄せ、息を吹きかけた。
「やめてよ、くすぐったい」
首を竦めると、アレンは神田の方へ向き直り馬乗りになる。
仕返しとばかりに、神田の頬を両手で挟み顔中にキスの雨を降らせる。
耳たぶを甘噛みし、首筋に舌を這わせた。


「おい、もやし。なんのつもりだ?」
「なんのつもりって、僕の愛情を神田に示しているだけだよ?
それとこんなことしている時にまで、『もやし』って呼ばないでよ」


背中から腰の辺りをゆっくりと這う神田の手のひらに誘われるように、アレンは神田の左胸にある梵字を右手の人差し指でなぞる。
「これ、キミが生まれた時から有る訳じゃないでしょ?どうしたの?」
「・・・まじないだ」
「まじない?」
「こんな仕事していると、傷つくことも多いからな。早く治るようにってな」
傷つくことが多いからじゃなくて、自分から大怪我するような戦い方をするくせにという言葉をアレンは胸に閉まった。
「そう。おまじないなんだ」
実際、彼の治癒力は桁外れで驚かされていた。
おまじないというには余りに強いその力がアレンには不安だった。
神田を癒すその反面で、なにか負の作用を彼にもたらしそうで怖かった。

「無茶な戦い方はしないで下さい」
「・・・」
「神田の戦い方って、命を賭けているっていうより命を削っているような気がするんです」


見下ろした神田の顔が驚愕を露わにしていた。
闇色の瞳が大きく見開かれている。
アレンは自分が抱いている恐れが確かなものであることに愕然とした。
神田の胸に記されたこの印は、彼の傷を癒す代わりに命を削っているのだ。
だが、そのことを神田に問い質すことは出来ない。
彼の表情で答えは分かっている。

「とにかく、無茶はしないで下さいね。約束して下さい」
「・・・努力はする」

無理矢理笑顔を作ったアレンの気持ちを汲んだのか、神田も唇の端に笑みをのせた。
アレンの太腿を撫でると、神田は行為の続きを促す。

「愛情を示してくれるんじゃなかったのか?」
「キミがうんざりするくらいにやってあげます」
「楽しみだな」

二人は好戦的な視線を絡めると、夜の帳の中熱い交わりに突入していった。

エンド


橘 あおいちゃんから14万ヒットお祝いのSSです!!!
辛抱しきれなくてアップしちゃいました!!
キャ〜〜ッ!! 人様からの戴き物なんか何年ぶりでしょう!?
しかも、神アレで微エロですよ、お嬢さん!!
もうステキすぎて、パソの前で踊っちゃいましたよvルンルンv
しかも私のために10年ぶりにペンをわざわざ取ってくれるなんて
私は何て幸せ者でしょう!?
もうホントに嬉しいよ、あおいちゃん!! 何て二人がエロいの!!
例の「寺の息子」ネタも嬉しかったさ!
君の為に神アレ本、頑張るからね〜〜!!!

Dグレトップへ

 

55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット