神田は用心深く店内を見回した。
 どうやら、この店の店員は他の金のありそうな客と懇談中のようだ。神田はホッとした。どうもブティックの店員は苦手だ。アクマの気配を瞬時に察知する神田でさえ、彼らの接近は解らない。いつも


「あっ、それいかがですか〜?」
 とか
「何、探してんの〜? Tシャツ?」


 とか、真後ろで声をかけられ、ビクッとしてしまう。何故彼らは沼の底から忍び寄る蛇のように、どいつもこいつも気配を消してやってくるのだろう。そういう集中講座でも受けているのだろうか。
(誰も来るなよ)
 神田は慎重にもう一度周囲を確認してから、商品を眺め回した。
 何処にでもある土産物屋だ。木彫りの人形や名産品など所狭しと並んでいる。
 癪に障るが、ラビの言葉はもっともである。神田もアレンに心配をかけたくなかったし、悲しい顔もさせたくなかった。こんな事は早く思いつくべきだったのだ。アレンはかわいいものが好きそうだから、ちょっとしたものを贈ってやるだけで、充分埋め合わせがつくだろう。お返しは会った時に、二人だけの時間で充分返してもらえばいい。
 贈り物を受け取った顔を見れないのは残念だが、想像するだけでも心が和んだ。
 だが、余り時間はない。汽車の時間が迫っている。探索部隊に勘ぐられるのもイヤで
『ちょっとな』
 と、だけ言って来てしまった。早く見つけないと。

(…………あ)

 視界の隅に赤い鳥かごが目に入った。よく見ると、籠の中には、止まり木に木彫りの小鳥が二羽止まっている。女の喜びそうな細工物だと思ったが、いい職人が作ったもののようだ。
 以前、アレンに神田は鳥のようですねと言われた事を思い出す。白と黒のつがいの小鳥。口元に笑みが浮かんだ。
(これでいいかな?)
 神田は手を伸ばした。


「まぁ、お目が高いわね。お取りしましょうか、それ」


 突然、声が真後ろで響き、神田は仰天した。勢い余って、鳥かごの隣の巨大なイノシシの木彫りを掴む。
「…………」
「あら、鳥かごじゃないんですか? かわいいでしょ、それ。贈り物? 恋人さんにですか? 人気商品でね。結構出てるんですよ。他にも色違いもあるから、奥から出してきましょうか?」
 店員に矢継ぎ早にまくし立てられ、神田は動転した。黙ってイノシシの木彫りを突き出す。
「まぁ、これになさいますか? これもいいですね。玄関に飾られるのかしら」
「…………いい、それで」
「はい、ありがとうございます。贈り物?おリボンおつけしましょうか? 別料金ですけど」
「いい。何でもいいから」
「はい」
 店員はイノシシを両手に抱いて、奥へ消えていった。
 神田はそれを見送り、恨めしそうに鳥かごをみやった。

(………………………チクショウ)

 店の柱時計が無情に汽車の発車時刻を知らせる時を告げた。
(……仕方ねぇ。時間がなかったんだ)
 神田は溜息をついた。どうして日常生活では負け犬の人生を歩んでしまうのだろう。

 

 

 

「アレン君、また、お届け物〜」
 リーバーに呼び止められて、アレンはギクリと立ち止まった。大きな包みを渡されて、ぎこちなく笑みを向ける。
「神田からだよ。あいつもまめだね。任務のたび、送ってくれてるんだって? 凄いじゃん」
 中身を知らないリーバーはニコニコしている。アレンは包みの大きさにちょっとたじろぎながら、それを受け取った。ハズレか、当たりか、開けるのが怖い。
「よっと」
 アレンは自室に戻ると、それを机の上に置いた。住所を確かめる。今は日本にいるようだ。
「………………へぇ」
 アレンは荷札の備考欄を確認した。人形、とだけある。
「…………」
 包みを開け始めた時、ノックの音がした。ラビがピョッコリ顔を出す。
「よ、アレン。お久さ〜。……あ、またユウから?」
「…………はぁ。まぁ」
 アレンは包みを解いた。中から巨大な『網走刑務所』と書かれた拍子木が出てきた。後は北海道名物、熊の置物。

「…………」
「…………」

 二人はそれを無言で眺めた。アレンは黙って、それを作りつけの棚に並べる。
 ラビはベッドに腰掛けると、部屋中を見回した。神田の行動範囲は広く、アレンの部屋は既に土産物で埋め尽くされていた。世界各国の名産品。人形、小物。
 ただ問題なのはどれも趣味がよくない事だ。
 例の巨大なイノシシの木彫りに始まり、シンガポールのマーライオンの貯金箱。ソ連のマトリューシュカ人形。煙草飲み人形。蛇やクモのおもちゃ。フランスの安っぽいセルロイド人形。カエルの置物。ペナント。招き猫各種。七福神。福を呼ぶポスター。風水の縁起物。インドやタイあたりの出所不明な仏像。アフリカの調度品。ナスカの地上絵が書かれた石。ブラジルのサンバ人形。起きあがりこぼし、ピカピカ光る電飾、食い倒れ人形………。
 それがぎっしりで、もう置き場所も余りない。どれをとっても、アレンの趣味に合いそうなものは一つもなかった。神田の趣味でもなさそうだから、ブティックの店員と煩わしい会話をしたくなくて、きっと手当たり次第に掴んだものを送ってきた結果 だろう。
 しかし………。


「あのさー、アレンさー、こんな事言いたくないけどさー」
「…………はい」
「何か、ここ頭の悪い人の部屋みたい……」
「…………はぁ」


 ラビはアレンの背中を見て苦笑いした。
「……ごめん。俺が悪かったさ。もっとユウの性格考えるんだった。今度、逢えたらユウに小物でなくて、食べ物を送れと言うさ。それなら、みんなにも分けられるし」
「そうですね。……でも、これは気に入ってるんですよ」



 アレンは窓辺で揺れている鳥かごを指差した。
 黒と白の小鳥が止まり木で揺れている真っ赤な鳥かご。
 日付は違うが、イノシシの木彫りと同じ住所だった。きっとこっちが欲しかったんだろうなと想像して、アレンはおかしくなる。もう一度わざわざこれを買いに戻ったのだ、神田は。
 青い空を見上げるように、その小鳥達は仲睦まじく風に揺れている。
「早く帰ってくりゃいいのになぁ、あの仕事バカ」
 ラビはアレンの側に立って、空を見上げた。
「誕生日には帰ってきますよね」
「帰ってくるさ、鳥は帰巣本能強いんだから」
「ええ、ホントに」
 アレンは心から呟いた。



 いつも飛んでいったら帰ってこない。
 でも、それでも心は同じ空の下にいる。
 帰っておいで、僕の愛する鳥の人。

エンド

5月の大阪コピー本、手直ししてみました(^^;
テーマは神田の「さりげない優しさ」(笑)
というか、頭の悪い神田ですいません。
思った以上に、うちの神田はアレンたんにベタ惚れに変化していて、書きながら「おやおや、いつの間に」とか思いました(笑)
最近の二人の長距離恋愛中にちょっとうんざりして書きました。
せっかくなら会わせればいいのに、阿佐ヶ谷さんてば(笑)
この話はoさんに捧げます。

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