ここ(此処)
ほんの少しだけ意識が浮上した。
でも、眠い。
身体も頭の芯もトロトロに溶けていて、柔らかなぬくもりに微睡んでいる。動けないし、動きたくない。僕は瞼も開けられなくて、身体の内側から外の気配をぼんやり感じてる。
ふと、不自然な寝息に気づいた。
誰だっけ。
(ああ、そうか)
昨夜、ラビと約束したんだった。朝晩、キスする代わりに腕まくらしてもらうって。
ラビはおかげで少し寝苦しい夜を過ごしたらしい。
(悪かったかな)
少し思った。マナみたいに腕まくらしてなんて。子供の頭と、今の僕とじゃ重さだって随分違うだろうにね。
だけどね、ラビ。
僕だって、腕まくらの意味くらいちゃんと知ってますよ?
子供っぽいって、僕の事、思ってるんでしょうけど、僕は知ってて頼んだんだ。
過去の思い出は大切で誰にも触れさせたくない僕だけのものだけれど、だからこそ、それを誰にも肩代わりしてもらおうなんて思っていない。
あの時はもう戻ってこないけれど、ラビといるこの瞬間だって、かけがえのないものだもの。
僕達はエクソシストで、明日がどうなるか解らない。
だけど、僕はマナが音もなく道に倒れた時、今日が明日も続いていくとは限らない事をとっくに知っていたんです。
だから、僕は一瞬一瞬のその時の思いを大切にしたい。何も切り捨てられずに握っていようとするのは利口じゃないかも知れないけど、僕は自分の気持ちを裏切りたくない。多分、僕と繋がってるものは、この世に余りないからかな。
ラビが僕にキスしてって、言った時、呆れたけど、本当は嬉しかったんですよ? 僕を待っててくれた事も、僕と一緒にいて楽しいって言ってくれる事も。抱き締めて、ニコニコ笑ってくれる事も。『アレン、かわい〜い。超スキ。大好き』って耳元に囁いてくれる事も。
神田はそんな事、滅多にしてくれやしませんからね。
だけど、ラビ。
僕はちょっと怖いんだ。僕が神田を好きって知ってる癖に、あなたはどんどん僕の中に入ってくるから、浸透圧みたいに溶けていくから、僕の心は一杯一杯になって、いつか破けてしまいそうで怖いんだ。
僕が神田の事を好きだって言っても
『知ってるよ。それが何?』
って、切り返されたら、僕はどうしていいか解らない。
ラビの事、毎日好きになってしまうから余計。僕は遊びでなんか、恋ができないから。
だから、ちょっとだけ意地悪したんだ。
『腕まくらして』って、頼んだんだ。
ラビが言葉通りに僕をそんな風に抱き締めてきたら、心の何処かで一本線を引こうって。
でも。
でも、ラビは優しかった。
本当に優しかった。
僕も、僕の思い出も大事にしてくれた。黙って、腕まくらして、我慢してくれた。
僕も男だから、その切なさがとてもよく解る。
ごめんね。
ごめんなさい。試したりして。
ラビ、大好き。凄く好き。泣きたいくらい嬉しい。明日、朝、一杯キスしてあげる。
心のこもったキスしてあげる。
だから、今夜は騙されたままでいて。
あなたの優しいぬくもりで、微睡んでる子供のままでいさせて。エンド
やっぱりラブラブ、ということで、えへ。
|