「苦手」


 アレンはよく泣く。


 アクマに関わり合った人とか、レベル2のアクマとか、余計な関わりを持たない方がいいって俺だって思うのに、彼らの為に泣く。
 ユウが『あいつはよ…』と、珍しく自分から他人の話題をしたのも無理はない。ユウから見れば、しんどい相手だろうな、アレンは。泣く事が男の恥だなんて文化を持ってる国民の出じゃ。
 だけど、当然の事だけど、俺だって泣いてる人間を見てるのはツライ。
『涙は心の汗だ!』とか『涙は自浄作用を持っている』とか世間では色々言うようだけど、じゃあ何で、目の前で泣いている人間を見ると、いたたまれない気持ちがするのかな。悪い気になったような気がするのかな。胸がチクチク痛んだりするのかな。
 悲しみがこっちまで移ってくる事はないけど、泣くのをやめて欲しいと思う。この時間が早く終わってほしいと願う。



 こんな時、クロス元帥やユウはそっぽ向いて、アレンが泣くのが終わるのを待ってやるんだろうな。見て見ぬ 振りして、悲しみの波動をやり過ごして、ただ側にいてやる。アレンが泣く事で、あいつの心に巣くってる他人には埋めようのないモノがかろうじて塞がるのを、あいつらは知ってるから。



 けど、俺はアレンが泣くのを見てるのが何かヤダ。
 アレンの涙は透き通っていて、ぽろぽろ水晶みたいに地面に落ちていく。贅沢なほど、止めどなく頬を伝わる。
 普通、大きくなると、人間は泣くのを少しはこらえようとするものだ。泣いてると、他人の顔も歪むから、後ろめたくて、申し訳なくて、目を逸らして、泣きながら少しずつ冷静さを取り戻す。悲しみは消えないけれど、心は鎮まっていく。



 でも、アレンが泣くのは自分の為じゃない。同情でも感情移入でもない。だから、それはとても純粋で、悲しみがそのまま形になって溢れてきてる。アクマを、それに関わり合った人達を心から悼んでる。




 同じエクソシストなのに俺達にはできない事だ。
 進化した左目のせいで、アレンといればアクマを見れるようになったけれど、俺はまだアクマの為には泣けない。
 俺達にとって、やっぱりアクマは悪性兵器で、敵でしかない事実は曲げられなくて、アレンにとっては、アクマは救ってやるべき『人』だからなんだと思う。
 最初から、アレンは俺達とスタンスが違うんだ。それは仕方がない。アレンの涙を解ってやれるのは、最近仲間に加わったクロちゃん位 だと思う。クロちゃんだって、全てのアクマにアレンみたいな感情を抱けるかはまた別 の話だけどさ。
 俺達にとって、アクマは単純な兵器である方がいいんだ。俺達も兵器。兵器の潰し合いなら心も痛まない。
 だってもし、エリアーデみたいにアクマが自我を持ち、愛する事を本当に知っているなら、人の心が残っているとしたら、それは怖ろしい事だ。殺人と破壊の境界線が曖昧になってしまう。相手の境遇に思いを馳せないといけないなんて面 倒臭い事態になる。破壊する事が辛くなる。悲惨さが増すだけだ。結局は人同士の戦いになってしまう。
 けれど『偽物の存在』であるアクマに本当に感情が存在するのか。愛情すら伯爵にコントロールされているのではないか。悪魔は昔から人を誘惑するものとされてきた。もし、アクマから『伯爵の呪縛から解かれたから助けて欲しい』と縋られたら、それを真実か誑かしとみるか見抜く事はできるだろうか。



 怖ぇよな。人間だって、人を騙すし、陥れるし、保身や欲望の為に嘘もつく。
 だから、単純なアクマの方がましだと思うし、人間もアクマも紙一重だとも思う。表面 的に解らないから、俺達は『見えない事』をいい事に、人間をみんな遠ざけてきた。伯爵の手先だと決めつけていた。だって、生き延びないと護る事もできなくなってしまう。
 この哀れな程の矛盾。
 護る為に戦っているのに、俺達は人間を心から慈しみ、愛す事などもうできない。


 おかしな話だよな。
 アクマは進化して『人』に近づき、エクソシストは熟練して『神の道具』になり果 てる。
 俺達は戦えば戦うほど、元の存在から離れていくんだ。 だから、人とアクマに境界線がないアレンの方が正しいのかも知れない。区別 する方がおかしいのかも知れない。この戦いの悲惨さを解ってないのは俺の方かも知れない。


 だけど。
 だけどさぁ。
 アクマは俺達の為には泣いてくれない。苦しんでくれない。愛してくれない。
 これはちょっと一方的ではないのか。何で俺達だけが心に痛みを感じないといけないんだ。何でこんなに切ない思いを抱えていかないといけないんだ。


「………もう泣くなよ、アレン」
 だから、俺はアレンが泣いてるのがツライ。自分の為じゃなくて、人の為にばかり泣いてるなんて、アレンがボロボロになってしまいそうで嫌だ。
 アレンだって、たまには自分の為に泣くべきだ。なのに、アレンはそうしようとしない。自分の為の涙は流さないし、そうしようと思ってもいない。だから、あんなにユウがイライラするんだろう。
「泣くなよ」
 俺はアレンを後ろから抱き締める。背中からだったのは、俺が人が泣くのを見るのが苦手だったからだ。アレンの泣き顔が苦手だったからだ。見ていたくなかったからだ。
「…………」
 アレンは泣いている。俺の抱き締めた両腕に縋るように泣いている。
 俺は『泣くなよ』と言い続ける。
 触れ合った背中と胸が熱い。アレンの身体が熱い。泣くとどうして身体が熱くなるんだろう。
 俺はアレンを抱き締める事しかできない。頭を撫でてやるしかできない。側にいてやる事しかできない。
 結局、俺もできる事はユウ達とそんなに変わらないんだなぁと思った。




「すいません……」
 アレンがまだ赤い瞳を擦りながら、はにかんだように笑った。白髪だから、本当にうさぎみたいに見える。頬も紅い。人間は泣いた後は何だか色っぽいと思う。アノ時みたいに感情が弾けるからかな。
「別にいいさぁ。俺、馴れてるから」
「馴れてる?」
「俺、昔っから子供あやすのうまいって言われてたんよ。子供、泣きやますの得意なんさ。よしよし、撫で撫でって。だから、よく子守押しつけられたさ」
「僕はどうせガキですからね」
 アレンは肩をすくめて歩き出した。
「あら、拗ねたん、アレン?」
「拗ねてません。ただいつまでも割り切れないなぁと思うだけです」
「それもいいんじゃねぇ? 割り切れないアレンはアレンらしいと俺は思うさ。割り切っちまったら、もうアクマの為に泣いてやる事なんかできないしょ?」
 アレンは微かに笑った。
「ラビは優しいですね。道理で慰め方がうまいと思った」
「いんや。ただ苦手なだけなんさぁ。人に泣かれるの見てるの」
「なら、やっぱり優しいんですよ」
 アレンは笑う。俺は軽く頬を掻いた。

(そりゃ、勘違いさ、アレン)

 俺は少し否定したかった。泣かれるのが苦手のは、自分が脆い部分が疼くから。相手を受け止めてやれる程、まだ自分が大人でないからだ。
 でも、アクマを救えなくても、人の涙を止められるなら、少しはエクソシストになった甲斐があるのではないかと思う。アレンのように泣けなくても、俺には俺の出来る事があるのではないかと思う。この長い道程の中で。



 まだ戦いは始まったばかりで先は見えない。
 ただ今はアレンを慰めたくて、彼の肩を抱いたまま歩いた。アレンが俺の肩に頭をもたせかける。
 俺達は黙って、月夜の道をサクサクと歩いた。

 一度だけアレンが小さく鼻を啜るのを聞いた。

エンド

イマイチ消化不良な感じ。うーん(^^;

ラビお題へ


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