「アニマルセラピー」 12


「先に手を出したのはあんただろ?
 責任取れよ。中途半端は嫌ぇなんだ」
「それは謝る。お前の色香、正直クラッと来たとこじゃなかった」
「だったら…」
「お前に手を出したら、匡平にぶん殴られそうだ」
「は?何でだよ」
「まさか…。気づいてないのか?
 匡平があのデカい胸のネェちゃんと仲が進展しない理由くらい。
 お前の事を惚れてるからだろうが!」

 だが、阿幾は鼻で笑った。

「だから?」
「だからって、お前は匡平が…」

 阿幾は俯き、首を振った。

「あいつは…俺との道を歩まねぇ。
 だから、もういいんだ。
 あいつが村も案山子も全部捨てんなら、もういいんだよ。

 あいつはあの女とうまくやるさ。
 あの女は匡平が東京に縋る為の『理由』だからな。
 あいつはバカだから、ずっと中途半端なままだったが、これでうまくいくさ。
 禍津妃から護ってくれた騎士だぜ。あれで惚れない女はいねぇよ」

 匂司朗は絶句した。

「お前…だから、わざとまひるに…」

 阿幾は床に横たわった。匂司朗から目を背ける。
 俺は一人で村に戻る。一人で死ぬ。
 もう決めた事だ。
 匡平を愛してる。
 この気持ちだけ持っていけばいい。
 明日のある匡平は明日のない俺に付き合う必要はない。
 その翌日の事を考えねばならない。

 だから、まひるを煽った。
 匡平が日々乃かまひるか、どっちを選ぶかはどうでもいい。
 ただ、独りにならなければそれでよかった。
 阿幾は掠れた声で呟いた。

「…もういいんだよ、全部」
「阿幾…」

 匂司朗は阿幾の顎に手を掛け、こちらを向かせる。
 泣いていない。ただ青白いだけだ。
 阿幾の泣き顔は見た事がない。

「何度ぶん殴っても顔色一つ変えやがらねぇ。かわいくない奴だ」

 と篤史が憤っていたのを聞いた事がある。
 母に捨てられた時も、千波野が死んだ時も、座敷牢にいた時も阿幾は泣かなかった。
 阿幾は泣かない。
 その事実が痛ましかった。
 凍てついた涙が溶けたら、どれだけ楽になれるだろうに。

「阿幾…」

 口づける。優しく深く口づける。
 阿幾は嫌な顔をする。

「同情すんなよって言ったろ?」
「けど、寒いんだろ? 俺はお前をただあっためたいだけだ」

 匂司朗は阿幾を見下ろした。阿幾は黙って見返す。
 諦念と絶望が宿った瞳。
 俺ではどうにも出来ない。匂司朗は知っている。
 だが、それでも阿幾を抱き締めてやりたかった。

「あ…」

 小さな声が唇から漏れる。

「男同志のセックスだ。子供も出来ない。何も生まない。
 ただ無駄に粘膜を擦り合うだけだ。それがお前の望みだろ?」
「そうだな。俺に似合いだ」

 それでも身体は反応する。
 ジワリと生まれた快感は皮膚の上に這い登り、一瞬で頂上まで駆け上がる。
 体奥が疼く。
 身体中がトロけて、電流が幾度も背筋を走り抜けた。

「ひぁっ…ああっ!」

 匡平と違う指。村中の誰とも違う指。それを今だけ刻み付ける。
 たくさん殺した。これから、たくさん殺す。
 自分が死んだって何も償えない。

(それでも)

「あっ!」

 体が深く折り曲げられる。
 熱い。
 中が焼けそうだ。
 知らない角度で挿入ってくる。
 未知の感覚に震える。
 すぐいい所を探し当て、深く抉られる。
 止めどなく快感が溢れ、大きく育っていく。

「んぁっ…はっ、うぁ」

 いつも咎められる筋合いのない事や根拠のない事で罰され、赦されなかった。
 けれど、今この瞬間だけ許されている気がする。
 犬達が阿幾を見ている。
 無垢で罪のない茶色の瞳がじっと見ている。何も責めない優しい目が。

 ただ出口だけ求めてここまで来た。
 匡平の手を掴もうとして拒まれ、いつの間にか離れてしまった。
 それでも、死ぬ前に少しだけ触れ合えればそれでいい。
 それで自分は満足できる。それ以外何も求めない。  
 阿幾は思い切り匂司朗の背に爪を立てた。

「くっ、はぁっ! ア…アアッ!」

 阿幾と匂司朗の体から力が抜ける。
 二人の荒い息遣いが部屋に満ちた。
 匂司朗の重さと熱さが心地よかった。
 阿幾は吐息をつく。

(なぁ、遠くまで来ちまったな、匡平)

 阿幾は天井を見つめて、微かに笑った。

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