「アニマルセラピー」 13

 

「あらら…」

 匂司朗は散歩綱を片手に呆れて、阿幾を見下ろした。
 ベッドで寝ろと言ったのに、犬達に囲まれて床に寝ている。
 胎児のように丸まった姿は何だかかわいい。

(ホント獣臭い奴だ)

「おら、起きろ〜〜〜」

 頬をつついても、うるさそうに顔を顰めただけで深々と毛皮に埋もれてしまう。

(まぁ、昨夜はちょっとムチャしたしなぁ)

 何だか流されるままに何度も身体を重ねてしまった。
 良かったのが非常に困る。
 自分が男でもイケると思ってもみなかった。

(すまん、きぃちゃん。これは浮気じゃねぇ。男だからノーカンノーカン)

 心の中で嫁に土下座した。

「しょうがねぇなぁ」

 缶詰を開ける音だけで、現金な犬どもはバッと立ち上がる。
 瞬く間に匂司朗に群がった。
 犬に踏まれた上、急に周囲が肌寒くなって阿幾は目を覚ます。
 起き上がり、ボサボサ頭で匂司朗をぼんやり見た。

「よぉ、飯出来てるぞ。食え」
「…あー」

 低血圧なのか、阿幾は無反応だ。首の後ろを擦っている。

「早ぇな」
「何言ってる。もう昼近いぞ」
「早ぇよ」

 阿幾はのそのそ立ち上がると、洗面所で指で歯を磨き始めた。

「食ったら、散歩に一緒に来るか?」
「冗談。帰るよ。それより桐生は?」
「警察に朝イチで電話したが保護してないそうだ。刑事の家に泊まったのかな?」

 阿幾は旅館の朝食のような献立に思わず苦笑した。
 匂司朗はどうしても阿幾に現世に未練を持って欲しいらしい。

(律儀な奴だ)

「六年前、あんたが村にいたらな…」
「あ?」
「いや、何でもない」

 阿幾は味噌汁を啜った。
 どうせ繰言だ。誰の運命も変わらなかったろうし、穿たれた罪も罰も消えない。
 ただここが居心地が良すぎただけの感傷だ。
 だが、もう行かねばならない。

 ほんの少しだけ温まった。
 輪に入れたような気がした。
 犬達は阿幾を護って一緒に寝てくれた。
 そして、匂司朗が人のぬくもりをくれた。
 それだけで充分だ。もう少し歩ける。

(…飯食ったからか?昨日より顔色がいいな)

 匂司朗は阿幾を見ながらホッとする。

「それよか、体大丈夫か?」
「ああ? この程度大した事ねぇよ。
 あんたも座敷牢に入るって意味知ってるだろ?」
「まぁ…な」

 匂司朗は渋い顔をした。
 お社は村人に共犯を強いる。
 中の囚人を当番制で輪姦するか、暴力で制裁を加えるのが慣わしだ。
 成人すれば否応なく強制参加だったが、匂司朗はこれが嫌いで大学を理由に今まで参加しなかった。
 例え、罪を犯そうが、無抵抗の者を痛めつけるのは好きではない。

「あんたでパーフェクトだな」
「何が」
「だから、穴兄弟って事がさ。
 匡平が止めてくれた時は二周目に入ってたんだが、あんたはあの時村にいなかったから。
 だから、あんたは末っ子だ。
 因みに匡平が長男で、枸雅のジジイが次男だよ」
「えええええええええええええええええええええええええ」

 顎が外れた。
 何て事だ。村は腐ってると思っていたがここまでとは。

「それは…何かもう色々スマン…」
「何、謝ってんだよ。あんたとは合意だ。あんたと匡平だけはな」
「にしてもスマン」

 阿幾は小さく笑った。

「あんた、いい人過ぎるよ。あの村の奴じゃねぇみたいだ」

 阿幾は食べ終わった食器を見下ろした。

「…この朝食代も払った方がいいんだろ?」
「いいよ。泊まれって言ったの俺だし」

 阿幾は構わず続けた。

「桐生の居場所。
 ここから西南西に約5キロ。マンションの上階、7階の右から5番目。
 宇輪砲にマーキングすりゃ、あんたでも後は追えるだろ?」
「ああ? おい、お前、そこまで解るのか?」
「解んねぇお前らが鈍いんだよ」

 匂司朗は肩を落とした。
 これでは阿幾を捕らえられる訳がない。
 逃げ足が速いことに定評があるだけある。

「じゃな。もう会わねぇよ」
「阿幾…」

 腕を掴んで、一度だけ別れのキスをする。
 阿幾は犬達に名残惜しそうな目を向け、ベランダの窓を開けた。
 暗密刀が幻のように現れる。
 阿幾は風のように飛び乗った。瞬く間に死角に消える。

『もう会わねぇよ』

 阿幾の言葉を反芻する。

「…多分な」

 匂司朗は微笑み、小さく付け加えた。

エンド

ありそうでうちだけだった匂司朗×阿幾(笑)
もっと増えてもいいとも思うんだ。
神ドサークル自体少ないから仕方ないけどさ。
匡阿と違って愛憎がないから、とにかく書きやすかった。
阿幾は両親の愛情が全くない割にマザコンでもない。
自分の得られるものを悲しい程見切っていて、求めようともしない。
だから、割と薄情な匡平よか父性的な匂司朗っていいと思うんだけどな。

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