「空気力学と少年の詩」 12
(もし…お社が要求を聞き入れてくれなかったら?)
『俺を信じろ』と自信満々に言ったが、もし失敗したら?
それが匡平の臓腑を冷たい手で鷲掴みにする。
これが最後の交わりになるかも知れないのだ。
阿幾の情欲が止め処も尽きないのは、それを感じているからだろうか。
(そんな事させるものか!)
退けられれば、隠蔽体質のお社の事だ。
二度と会わせてはもらえず、早急に阿幾の訃報を聞く事になるだろう。
(そうしたら…?)
村の最後の日になるだろうと、匡平は何となく予想がついた。
先生は憧れで終わり、慟哭するだけで終ったが、阿幾は違う。
阿幾は自分のものだ。繋がりも関わりも誰よりも深くて強い。
阿幾との関係は誰も立ち入れないものだ。
阿幾が千波野とデキようが、それは変わらなかった。
だから、阿幾をこんな形で喪えば、匡平は壊れる。
怒りに他人を巻き込むなと以前阿幾を責めた。
だが、同じ立場になったら?
キレると思考回路が停止する自分自身を匡平は何より恐れてきた。
自分の中に別の自分がいる。
恐ろしく凶暴で猛々しいものが。
それを完全に解き放ってしまったら?
天照素を破壊した時の記憶が全くないのが恐ろしかった。
あの日から阿幾もまひるも彼を見る目が変わったのだ。
阿幾が自分を激しく欲しがるようになったのも、あの後だ。
あの時、本当は何があったのだろう。思い出すのが恐ろしい。
だが、今はそれ以上に阿幾を喪うのが怖かった。
失敗する事が恐ろしい。
お社は阿幾を魔性の子と封じたが、本当はそれが自分だったら?
それを忘れたくて阿幾を穿つ。
手放したくなくて。
誰よりも近しい、でも傍においてはいけない者。自分を闇に誘う者。
それでも、どうしようもなく愛おしい必要な半身。
阿幾が欲しい。その存在の全てを繋ぎ止めたい。
煩わしくて、苛々させられる。何故、煽るように誘うのか解らない。
でも、いつも許している。
怒るし、たまにキレるが、匡平がそうなるのは阿幾にだけだ。
本当に阿幾を憎んだり、嫌った事は一度もない。
激情が去った後はいつも切なかった。
(阿幾は俺の一部だ)
ずっと前からそう思っている。
表裏一体とか鏡の裏表とかそういうものではない。
一部なのだ。既にやんわり溶け合っている。
自分自身を本気で嫌う事など出来はしない。
ただ、阿幾が何故煽るのか理由を解ってあげられないだけの事。
「あっ、あう…はぁ」
阿幾の赤い舌が空気を求めて喘いだ。
縛られた手が過ぎる快楽を散らそうと縄を握り締める。
腕の赤い痣とこぼれた涙に刺激されて、嗜虐心がそそられた。
匡平はより深く阿幾の内部を抉る。
阿幾が一番感じる所を容赦なく責め立てた。
「ああ…っ、あ! ダ、ダメだっ…そこ…うぁ!」
阿幾の背中がしなり、爪先が丸まる。
収縮が痙攣に変わり、その快さに背中がゾクゾクする。
匡平は阿幾の足を抱え直し、より深い角度で当たるように形を変えた。
「ひぁ…っ、あんっ!くぅ!あ、匡…平」
阿幾の熟れ切った体奥はまた別のうねり方で匡平と深く繋がろうとする。
苦しいほど気持ちがいい。
阿幾の声は麻薬のようだ。何度も上げさせてみたくなる。
高ぶって、熱を吐き出しては、まだ律動を開始する。
「匡平…匡平…っ!」
切羽詰った声が彼を呼ぶ。
そのたびにわなないた肉が何処がいいのか教えてくれる。
匡平はそこを責めるだけだ。
「阿幾…ィィ」
意識も理性も飛びそうだ。
ずぷっずぷっと阿幾の中に挿入れながら、阿幾のものを一緒に掴んだ。
擦ると、もう精液は出ないのに健気に匡平の中で嬉しげに震えている。
透明な液体が泉のように溢れて、匡平の手を濡らした。
「んんぁ…あっ、匡平っ、いい…いいっ!あぅぅ」
もっと、もっとして欲しい。
阿幾は小さく喘ぎながら、匡平の背中に足を巻きつけた。
全身で匡平を感じる。
胸苦しい程の快楽に灼かれながら、このまま死ねたらいいのにと願う。
いっそイけなくていい。
終ったら匡平が出ていってしまう。
一つになってるのに、二人に戻ってしまう。
だから、いっそ苦しいままでいい。明日死んだっていいのだ。
本当はもう会えないと思っていた。
あの日、牢の前での別れが最後だろうと。
あの時、匡平は何ともいえない顔で立っていた。
阿幾を捉えた功労者だというのに、自分自身が罪人のような憔悴ぶりだった。
自分はお社に殺される。
せっかく暗密刀を取り戻したというのに、匡平は阿幾を拒んだのだ。
だから、絶望していた。
二度とこの闇からは出られない。男達に輪姦され尽くし、痩せ衰えて葬られる。
だから、諦めていた。
ただ一度でも会えたら。匡平が落ち着いたら、たまに会いに来てくれるかも知れない。
だが、その願いすら適う前に終るのだ。そう思っていた。
匡平にしか許した事のない体を穢された事だけが悔しかった。
だが、匡平は来てくれた。
『お前の為ならお社とだって戦う!』
そんな馬鹿な事すら言って。
『嬉しい…来てくれて…』
千波野がそう呟いて死んだ気持ちが初めて解った。
彼女も同類だった。
出口のない闇の中に閉じ込められた女だった。
彼女と同じく阿幾の人生も何処までも闇に包まれたままだ。
匡平が命乞いをしてくれた所で、やはり出口などない。
座敷牢も村も彼のとっては牢獄なのだ。
輪姦さえなければ、他人の悪意に晒されないだけ、座敷牢の方がマシかも知れない。
死ぬ瞬間までたった一人。
幸せなど最初から諦めている。
夢も未来も持っていない。あるのは暗密刀と匡平だけ。それが自分だ。
でも、この世にたった一人でも、全てを預け、託し、共有できる相手がいるなら、それは幸せな事ではないか?
それを維持できるなら、俺は他に何も求めない。欲しくない。
匡平だけが彼の世界。他の繋がりはもういらない。
千波野のように不幸にするだけだ。
匡平だけでいい。
彼に与えられ、奪い、求め、欲しがり、望んで、満たされる。
それだけでいい。全部。匡平だけが自分を欲しがればいい。
それが適うなら、世界を引き換えにしたって、この命を差し出したって構わない。
あの時、鬼神のような匡平に求められるまま、全てを捧げたように。
「あっ、あーっ!あっ!」
匡平が興奮の余り、阿幾の白い首筋に噛み付いた。
歯を立てる。筋肉の弾力を愉しんでる。
痛い。でも、もっと噛んで欲しい。
食い尽くされたい。骨も残さず、匡平のものになってしまいたい。
もっと食って。俺を食って、食い尽くせ。
お前の怒りが鎮まるなら。
頭が白くなる。神経が全部匡平の元に向かっていく。
死ぬ程激しい快楽が頭から突き抜ける。
「匡平…っ!」
意識が途切れる寸前、阿幾は愛しい人の名を心から呼んだ。
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