「空気力学と少年の詩」 14


 重苦しい沈黙が続いていた。
 枸雅の当主。叔父達。
 隻でなくなった以上、普通なら会う事も難しい面々だ。
 だが、皆が山狩りをしてまで探した匡平が阿幾の牢にいたとあっては、話し合いの要求を無碍にする訳にもいかなかった。
 その上、録音の内容だ。
 だが、匡平が期待したほど、効果があったようには思えなかった。
 どの人物も顔色一つ変えない。しかも沈黙は長かった。何の返事も音沙汰も返ってこない。
 痺れを先に切らしたのは経験の浅い匡平の方だった。

「どうなんだ?あんた達はこれを聞いて」
「…どうとは?」

 お館が平板で無表情な顔を向ける。

「恥じ入るとか何かないのか、あんた達は?人が殺されてるんだぞ?」
「お前の主張は性質の悪い妄想だろう。
 何故、我々が沙汰の降りた罪人を尚も罰する必要がある?
 仮にあったとすれば、罪人の牢での素行が悪く、戒めたとしか言いようがない。
 それが我々が命じたという証拠になるのかね?」
「この上、罪人に責任があるっていうのか!」
「この録音は酒宴での悪ふざけだろう?
 村の衆の酒癖の悪い戯言だ。
 しかも盗聴。立派な証拠とは言い難い。
 お前が作ったのでないと、誰が立証できるのかね?」

 匡平の顔色が変わった。

(こいつらはこれを冗談で終らそうとしているのか?)

「仮にもお社に勤める者達だぞ。あんた達の監督能力を疑うな」
「口を慎め、匡平!お館様や目上の者に向かって『あんた』呼ばわりとは」

 叔父がビシッと言った。
 匡平はギッと睨み返す。叔父は嗤った。
「では聞こう。
 我々が殺したというのなら、この録音で名の出た者の遺族から一度でも抗議が出た事があるか?
 妙な噂が立った事があるのか?」

 匡平の顔が強張った。お社の指示があれば村人は口裏を合わせる。
 それは知ってるが、しかし。

「そして、阿幾の家から非難が出ると思うか?」
「待ってくれ! あんた達は何言ってんだ?
 非難されなきゃいいっていうのか?遺族も納得づくだと?
 一体…あんた達は人の命を何だと思ってるんだ!?」

 大人達の表情は何一つ動かなかった。
 下らない事を。全員の顔に書いてある。

「我々はちゃんと阿幾の面倒を見てるし、これからも義務を果たす。
 それで尚、阿幾が若い身空を散らせたなら、自分の罪の重さに耐えかねたというものだ。
 それを我々が故意に縮めたというのは心外だ。
 確かにあの牢で長く生きるのは辛い。
 生きる気力が萎えるのも道理だ。早く楽になるのは神の慈悲だろう」

 匡平は床を拳でドンと叩いた。
 感情がブレて、キレそうになる。必死に理性を保とうとした。

「いい加減にしてくれ!
 だから…だから阿幾を早死にさせようってのか、あんたら!
 よってたかって、あんな…っ。あんたもだ、爺さん!」

 叔父が怒鳴った。

「口を慎め!我らは何の関わりもない!
 言いがかりも程があるぞ! 子供のイタズラも大概にするがいい。
 匡平、お前は謹慎だ!
 皆を心配させた挙句、罪人と通じてる体たらく。
 泰之も恥ずかしい子に育てたものだ。
 おい、その携帯を取り上げろ!」
「恥ずかしい?俺が恥ずかしいって?あんた達こそ恥知らずだ!」

 匡平は思わず叫んだ。
 正直、父とは馬が合わない。
 だが、父を侮辱された事は何故か無性に腹が立った。

「あんた達が承知してくれないなら、今すぐこれを電波に流す!」

 匡平は携帯を突き出した。

「ここの村民放送だけじゃないぞ。
 ラジオ局や新聞社、TV、ネットに全部流してやる!大音響で聞かせてやる」
「フン、そんな事が出来るものか」

 初めて聳えていた巨像がよろめいた。
 村の中だけならどうにでもなるが、公となれば話は別だ。
 国会議員でも全ての情報を掌握するのは不可能だ。

「出来る。【拡散希望】とつければ、幾らでもファイルは増殖する。
 内容が内容だ。面白がる奴は沢山いるだろう。
 あんたらがいくら否定しても偽造だと言おうと、誰かが興味を示す。
 そして警察やマスコミが動き出すんだ。

 この携帯を取り上げたって無駄だ!
 昨夜のうちにファイルを一斉送信しておいた。
 俺が止めなければ公開されるぞ。消去したって別なとこにも隠してあるしな。

 ここの村はもう世間に取り残された世界じゃないんだ。門は幾らでも開いている。
 あんたらの論理は通用しない!」

 叔父達は匡平を睨みつけている。
 苦し紛れのハッタリだったが、デジタルに疎い彼らには効いたらしい。

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