「空気力学と少年の詩」 16
「ねぇ、どうして?何で急に町の中学に入っちゃうの?」
詩緒は匡平の周りを跳ね回っていた。
玖吼理が詩緒に共鳴して同じように跳ね回っている。
(危ないから、これを早く直さないとな)
匡平は溜息をついた。
詩緒は玖吼理の隻になったばかりだ。恐ろしく不安定で見てられない。
指導する者が必要なのに傍にいてやれないのが辛かった。
「だから、何度も説明したろ。お爺様の命令なんだ。
大丈夫、週末には戻ってくるさ。隣町なんだし」
「けどー、けどー!隣町って山を三つも四つも越えた向こうじゃない」
「これ、詩緒。わがまま言っちゃいけません。
お兄ちゃん、成績いいからお爺様に見込まれたの。父さんの子ですもの。
私もここの中学じゃ勿体無いって思ってたわ」
母はお社の説明を鵜呑みにしている。
父は小難しいが生気のない顔で匡平を見ているだけだった。
恐らくお社から話は父だけには伝わっているのだろう。
「戻ってくるよね!こないだの夜みたいに急にいなくなったりしないよね!
神隠しなんて会わないよね?」
詩緒はギューッと匡平の腕に抱きつくと、恨めしげに睨んでくる。
「あれは友人の家に泊まっただけだから。大袈裟な」
「大袈裟じゃありませんよ。
お前がちゃんと連絡を入れないから、皆様にもご迷惑をおかけしたんですからね」
「はぁ、すいません…」
「そうだよ。お兄ちゃんの気配が消えちゃったんだもん。びっくりしたよ!
ねぇ、何処のお友達の所にいたの?」
「か、風邪気味だったからなー。それでじゃないか?」
匡平はへらへらと誤魔化した。
封印してあっても、万が一にも暗密刀と感応しないよう、阿幾の牢には結界が張られている。
それで詩緒が騒いだのだろう。
「もう!風邪なら余計家に帰ってこなきゃ!」
「ごめん、詩緒。心配かけて。
僕は勉強しに行くだけだから。週末にはちゃんと戻るって。
ああ、ごめん。もう行かないと」
別れがグダグダになりそうだったので、匡平は振り返る。
そこにはお社から手配された車がアイドリングしていた。
父親に向き直る。
「すいません。母さんと詩緒を頼みます」
父は頷く。それだけだった。
苦いものを匡平は必死に飲み下す。
車が走り出した。
詩緒が玖吼理に乗って追いかけようとしたが、玖吼理が方向を間違えて、物置に突っ込んだのでそれきりだった。
「うわぁ…ホント、大丈夫かよ、あいつ」
頭痛がする。
詩緒に玖吼理を押し付けてしまったのは間違いだったかも知れない。
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