「空気力学と少年の詩」 9

 

 その意図する所を知って、匡平は真っ赤になった。
 いつだってこうだ。阿幾に優しくしてやりたい。孤独な彼の魂を癒したい。
 それなのに、乱暴な交わりに終始してしまう。
 煽られて、まんまと乗ってしまい、反省してるのに繰り返すのだ。
 だが、抗えない。解っているのに誘いを拒めなかった。

(欲しい)

 外面の人当たりのいい匡平ではなく、鎖で厳重に封じてる獣。
 無防備に野を歩く巫女に襲い掛かる狼のような衝動が首を擡げる。
 そして、恐らく阿幾が好きなのは、巫女を食らう人狼の方なのだ。
 何となく気に食わなくて、匡平は衝動を押さえ込む。

(お前こそ、俺も見ろよ。
 生ぬるくて、物足りないだろうが、それも俺なんだぜ、阿幾)

 手荒く阿幾の足の縄だけ解くと、匡平は壁に手をつけた。
 股間が阿幾の眼前に晒される。
 何となく気恥ずかしい。
 阿幾はいきなりそこに顔を埋めた。
 ジーンズ越しに匡平の匂いを一杯に吸い込む。
 犬ころのようにグリグリと顔を摺り寄せた。

「こ、こらっ!」

 くすぐったさと軽い快感が駆け上がってくる。匡平は慌てた。

「いいだろ? お前の匂い、久しぶりなんだから」
「だからって…!」

 匡平はうろたえたが、好きにさせた方が気持ちがいいので諦める。
 手が使えないので、阿幾はゆっくりと口でジッパーを引き下ろした。
 さっきより濃厚な青い匂いが立ち上る。
 半ば張り詰めたものが既に形をなして、布を押し上げていた。

「ほら、やっぱりこうなってるだろ?」
「お前がさっき触ったからだろ」
「大して擦っちゃいねぇぜ?やっぱお前は上より下の方が正直…うぐ…っ!」
「は、恥ずかしい事言うなって!」

 匡平に無理矢理股間に強く顔を押し付けられて、阿幾は噎せながら顔を上げる。

「がっつくなよ、匡平。俺が口に挿れてからにしろ。
 ちゃんと喉の奥まで飲み込んでやるから」
「バッ、バカ!」

 匡平は首まで赤くして俯いた。
 どうも精神的にも肉体的にも阿幾に一歩先んじられている気がする。
 だから、幾ら阿幾にお前は最強の隻だと言われても納得出来ない。
 今でも抱いているのに抱かれているようだ。 
 最初から阿幾の方が積極的だったから仕方ないかも知れないが。

 阿幾の唇が下着を銜えてずり下ろした。
 匡平の欲望が飛び出してきて、軽く頬を叩く。
 ぬらりとした体液が薄く筋を残した。

「あ、ごめっ!」
「匡平、やらしい」

 阿幾は薄く笑って、紅い舌でチロリとそれを嘗め取る。
 その妖艶な顔に匡平は思わずゴクリと喉を鳴らした。
 乱れた狩衣と縛られ穢れた姿にいつもより興奮しているのを感じる。
 阿幾にこびりついた他人の匂いや味を剥ぎ取りたい。
 他人のものが蹂躙したこの口に早く自分のものを押し込みたい。
 阿幾がいくら他人のものじゃ感じないと言っても、それで心が完全には納得しなかった。
 上書きして忘れさせたい。
 思う間もなく、阿幾の唇をなぞるように先端で擦っていた。

「…ふ」

 軽く擡げたものを阿幾の口が待ちわびたように含んだ。
 思わず息を飲む。
 温かくて眩暈がするほど快い。
 舌がザラザラして、頬は柔らかく、匡平の好きな場所を全部知っている。
 柔らかく吸われるたび、勝手に腰が動いてしまう。
 瞬く間に重量を増すそれを嫌がりもせず、阿幾は頬張った。
 一旦、口を放すと今度はその形を丹念に愛していく。
 舌でなぞり、口で含んで転がし、コリコリとくすぐった。

「あ、阿幾ぃぃ」

 鈴口から水滴がこぼれ、飲みきれない分が唾液と交わって顎に伝う。
 二人の激しい息遣いと、くちゅくちゅと卑猥な音だけが牢内に篭った。

(阿幾の口だけで犯している)

 身動きの取れない姿で奉仕し続ける阿幾がたまらなく支配欲を煽った。
 耳元を撫でてやると、気持ちいいのか阿幾の頬がひくりと震える。
 もっと撫でてやろうとしたが、透き通った銀髪に男の精液が半ば乾いてこびりついていた。
 胸がザラついて取ってやろうとすると『触んな』とばかり頭を振られた。
 その反動でギュウッと強く吸われる形になる。

「あぅ……っ!」

 反射的にイッた。
 凄まじい射精感に一瞬我を忘れて、阿幾の銀髪を一房掴んでしまった。
 腰がガクガクして崩れそうになるが、阿幾は放そうとしない。
 搾り取ろうと唇をすぼめて動く。
 それだけで感じる。また欲しくなる。

「だらしねぇの。奴等の方がまだ踏ん張りが効いたぜ」
「こいつ…!」

 比べられてカッとなった。
 秘部に埋め込まれたバイブを靴の先端でグリッと押す。

「うぁ…っ!」

 阿幾の体が魚のように跳ね上がった。
 その反応に気をよくしてグリグリと回す。
 一定の振動に馴染みかけていた体も不規則な衝撃には耐え切れない。
 しかも匡平にやられているのだ。
 それだけで阿幾の体はどうしようもなく敏感になる。

「あっ!あ…っ!あう! やめ…やめろ…って!キツ過ぎ…っ!」
「俺のじゃなくても気持ちいいんだろ、阿幾は」

 匡平は拗ねたように呟いた。
 明らかに嫉妬している。
 嬉しくて阿幾の口元がクッと上がった。
 奴等の反応が鈍いのは中年のオヤジだからだが、誤解を解く必要はない。
 靄子達や他の誰にも見せない顔が現れ始めている。
 匡平がどう忌み嫌おうが、隻としての本質はこちらなのだ。
 極めて好戦的で相手を完全に破壊し尽すまで攻撃をやめない鬼神。
 阿幾は天照素と出会って以来、あの時の熱に灼かれ続けている。
 炎の中に立っていた匡平のあの背中に振り向いて欲しいと望んでいる。
 だが、匡平は思考回路が切れないと、あの顔を見せてくれない。

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