鬼ごっこ

 

 アレンは子供達と遊んでいた。
 それは彼としては珍しい事だったから、とても楽しかった。
 孤児院時代から、今に至るまで子供達は彼に冷たかった。子供は大人より余程動物に近い。異質な物を排除する本能を残酷なほど、振りかざす。
 だから、アレンは同年代の子供達と殆どまともにつき合った事がなかった。
 マナと暮らすようになって、孤独は癒えたけれど、旅から旅の暮らしは余り人々と深くつき合う事も出来なかった。彼らはアレン達の芸を喜んでくれるが、出し物が終われば散り散りに帰ってしまう。
 宿に帰って食堂で幾らかお客さん達と会話するのが関の山だ。

『遊んでおいで』

 たまに余暇ができると、マナはそう言ってくれるのだが、よそ者が近づくと、子供らは不審な顔を剥き出しにしてジロジロ眺めるだけだ。
 ごく稀に無邪気な子供がアレンと分け隔てなく接してくれるのだが、その子の親が現れるともう駄 目だ。アレンの左手を見るなり、その子を引っ張って連れていってしまう。まるで穢れが移るとでもいうように。
 元々、流れ者や旅芸人は『胡散臭い』とか『こそ泥』など敬遠されたり、卑下された時代だ。お互い近づかなければ問題も起きないという暗黙の了解が出来ていた。
 子供同士は時にそんな大人の慣習を飛び越えてしまうものだが、左手がある限り、それは難しい事なのだろう。
 だから

『鬼ごっこしようぜ』

 と、珍しく誘われた時は嬉しかった。みんなの仲間に加わるという事が、こんなに楽しいとは思わなかった。
 鬼が追いかけ、触ったものが鬼になる。それだけのルールの遊びがこんなに夢中になれるなんて、みんなと笑い合える事が、こんなに胸が弾むなんて知らなかった。
 触った!触ってない!と、小さなケンカが起きるのをみんなで楽しんだり、二人を諫めてまた続けるのが、ただただ楽しかった。ずっとこの時間が続けばいいと思った。

「わー、捕まっちゃった!」
「よし、今度はアレンが鬼だぞ!」

 アレンはみんなの背を追いかけた。
 だが、捕まらない。みんな、急に足が速くなって、どんどん街の向こうに駆けていく。

 待って。

 アレンは夢中で追いかけた。どうして急にみんな向こうに行くの? 今まで固まって遊んでいたのに、突然僕を置いていくの? 僕に触らせてくれないの?

「やーい、鬼っこ!」
「ここまでおいで〜だ」

『笑い』が『嗤い』に変わっているのに、気づくのに時間はかからなかった。最初にアレンを誘った彼らのリーダーが、嘲笑いながら、子供達を連れ去っていくのを、アレンは信じられない思いで見守っていた。

(家なし野郎が二度とこの街の子供に近づこうなんて思うなよ)

 リーダーはそんな顔で、一度だけアレンを睨み付けた。  

 幼い子供の足ではどんなに走っても、もう追いつけない。
 アレンは立ち尽くした。彼らの悪意がアレンの走る気力を根こそぎに削いだ。
 子供達は通りの果てで、もう一度アレンを囃し立て、嗤いながら消えていった。もう誰もアレンを振り返ろうとしなかった。

「…………」

 アレンはぼんやりした。独りの悲しみは慣れていたのに、胸を突く痛みは激しかった。
 アレンは拳をギュッと握った。何とか追いついて報復する事も一瞬だけ考えた。だけど、それより悲しみの方が深すぎて、動けなかった。
 グルリときびすを返す。泣くまいと歯を食いしばり、顔を真っ赤にしながら、宿に向かって歩き出した。石畳に噛みつくような早足で。

 

 

「おかえり、アレン」
 マナは衣装の繕いをやめて、窓辺から振り返った。
「…………」
 ただいまという気力はなかった。ここに戻るまでに怒りも悲しみも、どろどろと腹の底であぶくを立てている苦い沼に変わっていた。それに腰までつかって、アレンはしょんぼりと立ち尽くしていた。
「………どうしたんだい?」
 マナは笑って、アレンを見下ろしていた。
「…………」
 アレンは言いたくなかった。言えば、この淀んだ沼をもう一度掻き回す事になる。自分が辛いだけだ。そして、マナの顔が歪む事がもっとイヤだった。
「…………」
 マナはアレンをじっと見下ろしていた。やがて、小さな笑みを口元に浮かべる。

 

「アレン、両手を出して」
「…………?」
 アレンは不思議そうにマナを見返した。何かくれるんだろうか? 
 黙って、両手を差し出す。
 マナはその手をポンと触れて笑った。


「これで僕が鬼だよ」

 


 アレンは飛び起きた。傍らで羽を休めていたティムがその反動でベッドから転げ落ちる。
(…………マナ)
 アレンは茫然として、部屋の天井を見つめた。左目を押さえる。
 今、思えば、あの宿から子供らの顛末は見えなかった筈なのに、どうして彼はアレンの表情だけでそれを読みとれたのだろう。
(……不思議な人だったな)  
 アレンは両手を見下ろした。マナのポンと軽く叩いた感触が夢なのに、何故か残っていた。

エンド

 

 マジでこんな夢を見た。しかも文章付き!何て便利!
 アレンと一緒にびっくりして目が醒めたもんなぁ。
 マナはこんな人だったんだなぁと、夢なのに感心しちゃったよ。  
 ただ惜しいのは原作と同じで「下半身だけ」しか夢に出てこなくて、マナの顔が解らない事だよ。ちくしょう。見たかった!(声は少し低めのいい声でした〜v)

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