「仕事」
昔から器用で、人よりも何でもうまくこなす方だった。
だから、普通の人間では到底なるのが不可能なブックマンだけじゃなく、神の使徒たるエクソシストもこなせてしまう。
ついでに科学班の手伝いも軽々出来てしまう程、俺は頭がいい。
『まぁ、スゴイ!』
って、言われそうだけど、俺にしてみれば任務から疲れて帰ってきたのに
「おっ、ラビ!! いい所に来た! もう人手が足りなくてよ〜(泣)」
「よかったー! あ、これと、これと、これも頼むよ〜」
と、コムイへの報告が終わるや否や、白衣を着せられ、書類を両腕に積み上げられてしまうんだ。
これって、結局、便利に使われてる事なんだよね。
「悪ィなぁ、今度おごるから」
いつもの取って付けたような感謝の言葉。
(今度っていつだよ)
俺は内心ふて腐れる。一応申し訳なさそうな顔されるけど、ロクに休暇どころか日曜日すらもらえないのに、俺におごってもらえる余裕なんてある訳ないから。
まぁ、いつも顔色が紫色の連中を見てたら気の毒になって『ちょっと手伝おうか?』が慣例化になってんだよね。
最初は頭を地べたに擦りつける程、感謝されたけど、今はもう当たり前みたいな雰囲気になってるし。
それはそれでいいんだけど、ちょっとつまんねぇよな。
自分の器用貧乏を呪っても仕方がない。
俺のおかげで、彼らの仕事がはかどるし、俺の知識も磨かれるし、一挙両得だもんな。
けど、最近、それがちょっと変わってきた。
俺にアレンという恋人が出来たからだ。
コムイへの報告が済んだら、俺はすぐにでもアレンの元に駆けつけたい。
任務で擦れ違って滅多に逢えないから、一緒の時間を出来るだけ確保したい。
アレンと喋って、笑って、食事して、そしてまぁ、その、色んな恋人同士がやるような事をしたい。
なのに、回りはそう思ってはいない。
思ってはくれているかもしれないが、まずは人間目先の事だ。
山積みの仕事を片づけてくれる方が優先だ。
凄腕の仕事人が帰ってきたんだから、是非手伝ってもらいたいという目で、報告してる俺の背中をギラギラした目で見てるし、片手には俺専用の白衣(トホホ)を持って、俺が『フリー』になるのを待ち構えている。逃がしてなるかという気迫満々だ。
俺は手伝ってやりたい気持ちもあるが、まずはアレンに逢いたいからソワソワ逃げの体勢になっている。ここは科学班のまっただ中というのも俺に不利だ。俺は何処でも忍び込める特技はあるんだけど、何処からでも逃げられるという特技はないんだよね。
かわいそうだと思うし。
科学班は彼女を作る暇もないし、仮に出来てもつき合う暇もなくなって、結局、破局ばっかりだもんな。
でも、やっぱり俺はアレンに逢いたい!!
逢って、抱きしめて、一杯キスして、愛して、笑って、チューしたい!
ゴメン、ゴメンさ、みんな!!
その思いが背中から滲み出てるといいと祈るが、科学班はやっぱりそうは受け取ってくれない。
コムイは元科学班だから、そういう点では知らぬ振りだ。俺の顔を面白そうに見てるけど、何も言わない。そうだよな、大人は恋愛より、まずは仕事優先だから。
仕事が終わったら、いくらでも恋愛していいよって、相談したらコムイはすげなく言うだろう。
でも、永遠に終わらない仕事だって解ってるのに、ここで同情したら、俺はおしまいだ。
最後まで仕事どっぷりで、アレンに逢えなくて、そのまま任務へお出かけのフルコースになるんだろう。
冗談じゃない!!
滅べ、ワーカホリック(仕事中毒)。
俺は愛に生きるんだ!!
しかし、こういう時だけ神様は余り手助けしてくんない。
俺は泣く泣く白衣を着て、仕事を手伝う羽目になっていた。
「ごめんなぁ、疲れてんのに。出来るだけ早く上がっていいから」
出来るだけって、この書類何枚あるんだよ!?
どうして俺の目を見て話さないんだよ!?
あーあ、切ねぇ。
アレン、元気してるさー?
俺、せっかく帰ってきたのにごめんなぁ。
すぐ飛んで行きたいさ。
資料を探す為に俺は立ち上がった。資料室にはなかったんで、図書館への通路を曲がる。
(あ………)
アレンが目の前に立っていた。
俺は目を見張る。アレンは色素が薄くて、白髪も銀灰色の瞳も淡い、白黒だけの存在なのに、何故か鮮やかな色彩 が目に突き刺さった気がした。輝いてるものに突然巡り会ったように思える。
「あ、ラビ……」
アレンの声も掠れていた。
片手に本を抱えている。
怪我もない。元気そうだ。それだけがまず嬉しかった。
「やぁ、アレン…」
俺も不意を突かれて、言いたかった言葉が全部吹っ飛んでいた。
ただ逢えて、嬉しい。
その感情に揺すぶられていた。
「帰って…たんですか?」
「あ? ああ、ちょっと科学班に手伝いを頼まれちまって」
「そう…」
何か申し訳なくて、俺は顔を伏せる。アレンも顔を伏せたままだった。それがひどく淋しそうに見える。俺は溜息をついた。
行き交う団員や研究者達が俺達を好奇心ありげに見ながら行き交っていく。アレンはちょっと目だけ上げて、居心地悪げに彼らを見返した。
「けど………ゴメン、すぐ逢いに行けなくて。俺は」
(俺は)
俺は顔を上げて、驚いた。アレンがいない。慌てて振り返るとアレンが角を曲がっていく所だった。
俺は慌てて追いかける。
「ア、アレン。ゴメン、怒ったさー? ゴメン! 俺だってすぐ逢いたかったんだけど、捕まってしまって逃げられなくて。
でも、ホントさ、ホントにアレンに一番に逢いたかったさ!」
アレンは足早になっている。
何でだろう。何でそんなに逃げるんさ。俺が帰ってきたのに、すぐ戻らなかったから、それで遅れる理由を伝言しなかったから怒ってるんさ?
でも、何でそんなに逃げるんさ?
人気がなくなると、アレンの足取りがようやく鈍った。
「アレン!」
俺は太い柱の多い回廊でやっとアレンを捕まえた。アレンも耳まで真っ赤になっている。
「逃げないでくれよ。俺が悪かったさ、ホント」
アレンの唇が僅かに動いた。聞こえなくて、俺は思わず耳をそばだてる。
「何?」
「…………か、かっこよかったから」
「は?」
「その格好……」
「え?」
俺は白衣を見下ろした。
「初めてだったから…ラビの白衣姿…」
「そうだったっけ」
「逢えて、凄く嬉しくて…思わず抱きしめたかったけど…あそこ、ジロジロ見てるでしょ、みんな。
そんな事を考えたのが恥ずかしくて、思わず…」
俺は思わず笑った。
「人目を気にするんさー、アレンは」
「しますよ! だって…」
まぁね、アレンはコンプレックスの塊だもんな。そんなアレンも俺は気に入ってるんだけど。
「でも、ここなら…」
「ここならいいんだ?」
アレンは小さく頷く。俺は肩をすくめた。
「安心したさー。アレンに嫌われちゃったかと思ったさ」
「まさか。僕がラビを嫌うなんて」
「安心したー」
俺は思わずアレンを抱きしめた。アレンは抗わない。俺の背中に手を回す。
ああー、柔らかい。いい匂い。アレンの匂いだ。久しぶりのアレンの香り。
俺はアレンのうなじに顔を埋めて、久々に胸一杯吸い込んだ。
アレンは本を手放さないから、胸元だけが堅かった。俺はそれを見下ろす。
「あ、その本」
「ええ、ラビが面白いからって言ってたでしょ? だから、ラビが帰ってくるまで読んでようと借りてきたんですけど」
いじらしいよね、全く。
「アレンてば、かわいいさー、ホント」
「ラビだって、かっこいいですよ? 白衣がそんなに似合うなんて思わなかったな」
「そう?」
俺はチラリと回廊の奥にある部屋の扉を見た。警備兵の仮眠室だ。普段、誰も使っていない。
「じゃ、資料集めにつき合っちゃってもらおうかな」
「…………時間、大丈夫なんですか?」
そういいながらも、アレンも俺の背中から手を放そうとはしない。
「大丈夫さ、資料探すのって、手間がかかるもんだもん」
「でも、あの部屋に何の資料があるんです?」
「恋人の資料。いくらあっても足らないし、どれだけあっても探求しきれません」
アレンは思わず俺の肩口で笑った。俺もクスクス笑う。
「おつき合いしますよ。ラビの仕事に」
「サンキュウ」
俺はアレンを抱き上げる。
片足でドアを開け、片足でバタンと閉めた。
エンドかわいい二人が書きたかったのですv
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