「Sweet&Sweet」


「あれ、何やってんの?」
 ラビはドアから首を突っ込んだ。アレンが忙しそうに泡立て器を掻き回している。
「ええ、リナリーがお茶の時間用のケーキ作ってたんですが、バニラエッセンスがないとかで買いに行きました。その間、僕がちょっと代わりに手伝ってるんです」
「ふ〜ん」
 英国人は日に三度もお茶の時間がある。しかもケーキにクッキー、スコーン、バター付きトースト、サンドイッチ、ビスケット、生クリームにジャムにパイ。量 もたっぷりで、おいしいし、絶対満腹になる。だから、料理に力が入る訳がない。英国料理はことごとくマズイので有名である。ラビは教団以外のレストランでは絶対食事をしない。
 だが、現在、クロス元帥を捜して旅の空である。うまいマズイは言ってられない。
(なんだけどな)
 ラビはアレンの手慣れた手つきを眺めた。結構、堂に入っている。
「アレンさぁ、料理やった事あるの?」
「ええ、師匠が味にうるさい人だったんで、みっちり仕込まれました。養父と暮らしてた時もよく一緒に作ってたし。倹約するには自炊が一番ですから」
「へぇ」
 ラビは真っ白な生クリームを眺めた。真っ赤なエプロンと白い髪のコントラストが綺麗だ。横顔がまるで女の子みたいだなと思う。
(あれ、アレンて、結構睫長いじゃん)
 睫も白いせいで、余り気づかなかった。気づいたのはこんなに間近で見る事がなかったからだろう。長い睫 が白い肌に影を落としている。睫が動くたびに大きな碧瞳が濡れたように瞬いた。


(……あらら?)


 つい鮮やかな手つきでなく、アレンの顔に見惚れてしまった事に気づき、ラビは困惑した。彼の好みは色っぽい美人で、もちろんステキなおっぱいの持ち主に限る筈なのに、アレンに気を惹かれるなんて自分でも意外だった。
(でも、気が多いのは悪い事じゃないさぁ)
 自分の好みと、実際に好きになる相手が一緒とは一概に言えないからだ。運命の出会いなんて、それこそそこらにコロンと転がってるもので、探すと却って見つからない。しばらくたって恋に陥ってから気づく。想いから出られなくなってから、気づく。その相手が運命の人だって事を。
 勿論、ラビは運命論者ではない。
 ただ自分に正直にありたいと思っているだけだ。
 ふといつもの悪戯心が湧いた。
 ラビは素早く生クリームに指を突っ込んで嘗めた。アレンがイヤな顔をする。
「もう、ラビ〜」
「うん、甘いね」
「駄目ですよ、もう。みんなで食べるんですから」
「そだね」
 ラビは指をしゃぶったままアレンを見つめる。
「そういや、アレンとは会ってから1ヶ月だっけ」
「もうそんなになりましたっけ?」
「うん」
 ラビはまた素早くクリームをすくい取った。
「もう、駄目ですって、ラビ」
「うん、ごめん」
 ラビはアレンの頬に人差し指でクリームを擦り付けた。
「ちょ、ちょっと何するんですか」
「1ヶ月目のお祝い」
「何ですって?」
「うん、ケーキみたいで可愛い」
「可愛くないですよ、もう」
「ごめん、すぐ取るから」
 ラビは突然舌を伸ばして、アレンの頬をペロリと嘗める。
「ええっ、もう、ラビってば、何する…っ!」


 思わず横を向いたアレンの唇をラビは軽く塞いだ。


「………んっ!」
 アレンは真っ赤になってラビを見つめる。
「甘いね」
 ラビはにっこり笑った。
「な、何するんですか、いきなりっ!」
 アレンは慌てて唇を手で押さえた。
「いや、不可抗力。クリーム取ってたのに、アレン、急にこっち向くから」
「ふ、不可抗力って、急にあんな事する事ないでしょ!」
「だから、すぐ取るって言ったじゃん」
「いや、大体何でクリームつけるんですか!?」
「うん、だからお祝い。お祝いにはケーキでしょ」
「わ、訳が解らないですよっ、ラビは!!」
「うん、俺も訳が解らないから、頭冷やしてくる」
「はああぁぁっ!?」
 ラビはクルリと突然きびすを返した。
「ごちそうさま」
「ちょっ、ちょっと、ラビ!! もう!何なんですかっ!」



(怒ってるなぁ)



 他人事のように、ラビはアレンの声を聞きながら、キッチンを後にした。
 外に出る。何だか急に大きな溜息が出た。
(まずい)
 何度も瞬きする。今、キスしたばかりの唇を手で押さえる。
(まずいまずいまずいまずい)
 途中までは(多分、クリームを最初に味見した時点までは)正気だった。
 だが、『もう、駄目ですって、ラビ』と、アレンに流し目をされた瞬間、度を失った。何だか全て衝動的に動いてしまった気がする。何もかも。
 ただ、ちょっといたずらしたいなぁと、いつものようにちょっかいを出したい気になっただけなのに。
 いや、筈だったのに。


(参ったね、これは)


 こんな混乱した感情をラビは知っている。本当に滅多に感じた事のない始末に悪い混乱。
 それは恋だ。


 アレンが神田を好きだと知っている。神田もどうやらそうだと解っている。
(でも、キスしたかったんだよなぁ)
 男ってしょうがないさぁと、呟いて、ラビはポリポリと頭を掻いた。

エンド

友達以上恋人未満て感じのラビアレが好きです。
10万ヒットリク「ラビアレでキス」

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