「戦う大義」



 破壊者といっても、エクソシストも聖職者である。
 柄ではないといっても一応、聖句は唱えられるし、教義にも通じている。任務を遂行する必要上、聖職者としての階位 はかなり上級者の位置にあるだろう。
 だから、一応、式典を執り行う資格も持っている。
 黒の教団が戦闘専門の特務機関であるとはいえ、礼拝堂もあった。ヴァチカンの使者が訪れれば、仕事とは別 にミサが行われるし、参加もせねばならない。本部にいるエクソシストは待機中という事になっている。『休むのも仕事』という方便は許されない。
 問題はその使者がエクソシストより階位が低い場合だ。



「……………チッ」
 神田は聖職者に相応しくない舌打ちをしながら、白い聖衣に袖を通した。普段、黒の聖職者である事を示す為、黒い団服を着ているが、ミサには白色で臨む。これは黒が破壊を現し、白が再生や救済を現しているからだそうだ。
 昔から色彩は政治や宗教に重要であり、服の色も階位毎に違う。因みに、教皇は白、枢機卿が赤、司教が真紅、司祭が黒である。エクソシストが逆なのは黒の教団の発足が、過去に秘密結社の流れを汲んでいる名残らしい。



「何をぶすくれてるさぁ。俺ら聖職者なんだから、ミサはやだ〜なんて顔しちゃダメさ」
「そうですよ。これだってちゃんと僕らの仕事でしょ?」


 ラビとアレンが後ろで笑っている。彼らも神田と同じ聖衣を着ていた。少し違うのが神田が、式典の主催を現す法衣を肩から掛けている事だけだ。
「だったら、代われ。俺はああいう高い所に立って説教なんかしたくない!」
 神田は振り返って眉を吊り上げた。
「しょうがないじゃん。ユウが俺達の中で一番『お兄ちゃん』なんだから。俺ら階位 が同じなんだから、この場合年功序列だろ?」
「そうですよ。神田は聖堂の絵みたいな顔してるし、声も張りがあって綺麗なんですから、きっと厳かな、いいミサが出来ますよ。
 神田は黒い服もいいけど、白も似合いますよね。よかった。僕は神田の説教って一回聞いてみたかったんです」
「………冗談じゃねぇ」
 神田は苦虫を噛み潰したような顔で首を振った。


 自分は破壊者だ。
 神田は心から思っている。武器を取り、アクマを打ち倒す、それだけの存在だ。任務の為なら、犠牲者も見捨て、心すら切り捨てる生活を送っている。その自分がどんな説法をしろというのだろう。
 神を語り、人を導き、救済するのは、教会の司祭がやればいい。血塗られた剣を握る手で聖書を捲り、説法台で臆面 もなく神の言葉を語る、これからの自分の姿を想像し、神田は総毛立った。


「…………………出来ねぇ……」


 神田は立ち尽くした。

「は?」
「はい?」
「やっぱり俺は降りた! お前らがやれ!」


 神田は法衣を肩から外して、机に放った。窓から外に逃げだそうとするのを、ラビとアレンは慌ててしがみつく。
「放せ! 俺はこんな恥ずかしい事出来るか! 降りた! 絶対降りた!」
「降りたって、もう後十分でミサは始まるんですよ!?」
「しょうがないじゃないさぁ、ユウ! 今日は大元帥もいないんだから、お前がやるしかねぇだろ!」
「嫌だ! 俺には出来ねぇ!」
「ダメですって!」
 神田が頑張っても、二人がかりでは逃げられない。神田は諦めて窓枠に寄りかかる。

「別に年功序列である必要ねぇだろ? やりたい奴がやればいい。ラビ、お前やれ。朗読得意だろうが」
「やーだ。俺、裏の本専門だもん。それに眼帯に赤毛だしさぁ。したり顔のユウの方が、ミサ向きの顔じゃん」
「誰がしたり顔だと!?」
「ま、まぁ、ケンカはやめて下さいよ。二人ともすぐこれなんだから。時間ないんだから、ダメですよ、神田も」
 思わず険悪な顔になった神田を見かねて、アレンが両者の間に入る。神田はギロリをアレンを見やった。
「じゃ、お前がやればいいだろう、モヤシ。この中じゃ、お前が一番将来神父になりそうだしな。いい機会だろ?」
「出来ませんよ」
 アレンはブンブンと手を振った。
「僕、余り教義とか知らないから」
「知らない訳ないだろう。お前、師匠に習ったんじゃねぇのか?」
「ほら、あんな人ですから……」
 アレンは苦笑した。
「イカサマも僕、自力で覚えた位ですもん。それに養父は全然教会に行かない人だったんで」
「へぇ、意外〜。お前が一番この手が詳しいと思ってたさ。でも、大体は知ってるさ?」
「まぁ、ちょっとは。でも、説法なんてとてもとても…」
「う〜ん」
 ラビはちょっと考え込み、ニコと笑った。
「じゃ、ここは、じゃんけんしかないさ」
「そうですね、恨みっこなし」
 アレンもニッコリ笑ったが、神田だけが尚もごねる。

「…………イヤだ。そんなんで大事な事を決めるのは非常識だろう」
「何言ってるさ、ユウ。ミサの直前に逃げようとして、非常識なのは何処の誰さ」
「そうですよ、問答無用です」
「…………いや、しかしな…」


「男らしくないさ!」
「男らしくして下さい!」


 二人いっぺんに言われて、神田は覚悟を決めた。男らしくないと言われては、サムライの道義に悖る。三人は構える。



「最初はグー! じゃんけん……」





「………お前ってホントここ一番が弱いさ、ユウ」


 ラビはニコと笑って、法衣をがっくり落ち込んでいる神田の肩にかけた。勝負は一回で終わった。神田はチョキを出したまま、まだ固まっている。
「やっぱり今日は神田がやるって運命だったと思って諦めて下さい」
 アレンはにっこり神田の顔を覗き込む。
「いいじゃないですか。こんな仕事ばっかりなら、僕もエクソシストやるのが楽しいんですけど。誰も武器を握らないですむ日があるなんていいでしょ?
 僕らの存在意義が破壊者でなくて、救済者である事を僕はやっぱり願いますから」
「抜かせ」
 神田はアレンを少し睨んで、仕方なく法衣を整える。アレンは乱れた神田の黒髪を結び尚しながら、呟く。
「でも、神田、また髪が伸びましたね。願をかけてるんですか?」
「……別に。俺は何かに託したり、祈ったりするのが嫌いなんだよ。自力で掴まないと価値がねぇだろ?」
 アレンはクスっと笑った。
「神田ってホントに自分の足で立たないと気が済まないんですねぇ」
「そうさ、こいつって怪我しても肩に縋るのイヤがるんさ。強情もん」
「僕らをもっと頼ってくれればいいのに」
「うるせぇな。そーは言う癖に、これは代わってくれねぇじゃねぇか」
「じゃんけん負けたからダメー」
「そーそー」

 笑いながら、アレンは改めて神田を眺めた。白の聖衣に金と紫の肩かけ。長い黒髪を一つに束ね、聖書を片手にロザリオを下げた姿は一幅の絵のようだ。



「いってらっしゃい、僕の神父様」


「バッ、バカ! お前はなぁ、モヤシ! ……ああ、もういい!」
 神田は真っ赤になってそっぽを向いた。ラビとアレンは顔を見合わせて笑う。


 パイプオルガンの音が聖堂に満ち、香油が焚かれ、賛美歌が鳴り響く。
 ミサが始まった。

エンド

たまにはこういう日があると思います。
神父姿の神田を落書きしてたら、発生した話(笑)
そういえば、彼らの洗礼名って何だろう?

神田お題へ
 

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