「うちゃやとしずお あふたー」 2 (シズイザ)


「…何だ、その格好は」
 ボロボロで半死半生の有様で、家に辿り着いた臨也を静雄は呆れ返って出迎えた。

(凄ぇ…でも、何かかわいいかも…)

「うるさい。ちょっとでも笑ったら殺す。絶対殺す」

 臨也は唸りながら、ピョンピョン跳ねた。
 全身でブンブン振ると、カニが背中で踊る。

「それよりこれ取って! シズちゃん、これ取ってってば!」
「凄ぇ! これ、タラバガニじゃねぇか! まさか盗ってきたとか」
「潰れる! 重い! 早く紐切って!」
「っるせぇな。動くなって。紐が切れねぇだろ」

 静雄は指先でプチンと固いピアノ線を切る。
 カニを大皿に持ってテーブルに置いた。デカ過ぎて、この部屋に場違いだ。

「あー、気色悪かった! シズちゃん、お風呂、お風呂!」
「もう沸かしてあるから勝手に入れ。
 全く何処行ってたんだ、今まで。それにこのカニは?」
「ご祝儀兼嫌がらせ」
「はぁ?」

「食べたいんでしょ? だったら、脱ぎ脱ぎしてよぉ」
「ったく、自分で脱げねぇのか、臨也」
「カニのせいで濡れてんの!
 それにあいつらがベタベタ触りまくるから、カニ臭くって」
「あー、そういや門田達のバンが来てたな。
 送ってもらったなら、早く言えよ。礼言っておかねぇと」

 誰かに触られたという言葉が引っかかっていたが、狩沢達なら気にならない。
 だが、臨也は盛大に眉を顰めた。

「うぇぇ、思い出させないで!
 たった十五分の道程がこんなにおぞましくて長かったの初めてなんだから!
 ドタチンも少しは止めてくれたらいいのにぃ」

 基本的にドタチンは命の危険がなければ、後部座席で何があろうと止める気はないらしい。
 バンの中で日がな一日彼らのおたく談義に付き合ってるのだ。無の境地にもなるだろう。

「ほら、バンザイしろ」

 身震いしている臨也に、静雄は促した。黒のカットソーがスポンと首から抜ける。

「あー、もう早く元に戻りたいな。まともな生活が出来やしない」

 体からカニ臭さを取る為、全身を洗ってもらった後、臨也は風呂の中でぼやいた。
 この姿だとどうも勝手が狂う。
 街は至って平和だし、人をいじるより、いじられてばかりだ。
 しかも静雄と過ごすこのぬるま湯のような生活に馴染んでいくばかりなのが恨めしい。
 こうやって一緒に風呂に入ってるのに、何も色っぽい事が起こらないのも物足りない。
 以前は一分だって我慢できなかったのに。

「いいじゃねぇか、そのままで」

 静雄は臨也を抱っこしたまま呟いた。
 元に戻ったら、臨也はきっと出て行く。
 また殺し合いみたいな刹那の関係に戻る。

 静雄は嫌だった。
 臨也が戻りたがる気持ちは解らないでもない。
 だが、戻っても今のまま続けられないのは何故なのだ。
 うさぎのままだって、静雄は全然構わないのに。

「シズちゃんはこんな姿になった事がないから、俺の気持ちなんか解らないんだよ!」
「解んねぇよ。なりようもねぇしな」
「ふーん、じゃ解ったらどうする?」

 臨也は静雄を見上げる。

「ああ? 解る訳ねぇだろ。こんな耳どーやって生やすんだ?」
 静雄は臨也の耳を軽く噛んだ。

「あん…っ! もうくすぐったいから止めてってば! そこダメ!」
「ちょっと位いいだろ?」
「後で、ね」
 臨也は焦らすように笑う。

「ねぇ、解ったらどうするの、シズちゃん?」
「そりゃ、まぁ。協力してやんねぇ事もねぇけどよ。元に戻るの」

(でも、出来る訳ねぇじゃねぇか。どうやって未来からのチョッカイ止めさせられるんだよ)

「よっし、その言葉忘れないでね、シズちゃん」

 臨也は風呂からザブッと上がる。

「じゃ、髪洗って、洗って」
「あのよー、シャンプーハットがあんだから、自分で洗え」
「洗ってぇぇええ!」
「あー、うぜぇぇえ」

 

 翌日。

「臨也ぁぁああああああ!!」

 狭いアパートに静雄の怒声が響き渡った。
 臨也は布団の上で携帯を弄りながらニコニコ笑う。

「俺の服、どーした!? 幽にもらったバーテン服全部!?」
「捨てちゃった」
「捨てたじゃねぇええ!! 俺はこれから仕事だぞ! 何着ていけってんだ!?」

「だから用意してあるでしょ? 着ぐるみ。
 まずはカンガルーから行ってみようかな。
 その後は牛とかトナカイとか、俺が元に戻るまで一週間ごとにバリエーション変えてみようね、シズちゃん」

「こんなもん着ていけるかぁぁーっ!幽にもらった大事な服を手前ぇぇええ!」
「いい加減、弟離れしなよ、シズちゃんはぁ。
 俺と同じ気持ちを解りたいって言ったじゃない。
 それにバーテン服だってコスプレみたいなものじゃんか。今更だよ」
「コスプレと一緒にすんな! あれは決意の表れと感謝って言うか…」
「昨晩言ったじゃない。解ったら俺に協力してくれるって。
 男に二言はない、でしょ?」

 静雄は思わずグッと詰まった。

「手前〜〜〜っ。
 …クソッ、いいか?
 その代わり、俺が仕事から帰ってくる前に幽の服全部残らず元に戻せ。
 一枚でも足りなかったら、手前、ぶっ殺す!」
「…数、数えてるんだ、ブラコン」
「るせー。いいか、絶対だぞ!」
「いいよ。その代わりこっちも絶対ね」

 臨也はニコニコして、静雄に軽くキスする。うさぎの耳がピョコンと揺れた。

 


「…静雄?」

 トムは待ち合わせ先に現れたカンガルーに絶句した。
 直立不動のカンガルーはこの世の終わりのような声で呟く。

「…何も云わないで下さい、トムさん。今日の俺はただのカンガルーです」

(無心だ、ただ無心になるんだ、俺。
 家族、友人関係、いつもの自分。そういうことから全部切り離して、自分を忘れろ。
 俺はカンガルーだ。池袋のカンガルーなんだ)


 だが、やはり現実は非情だった。
 その夜から、池袋に新たなカンガルー伝説が始まる…。


 終り。

ウェブ拍手お礼より。
俺はうちゃやより、カンガルーシズちゃんが書きたかったのかも知れない。
早くDRR新刊が読みたいよ。

デュラ部屋へ

55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット