「導火線」(シズイザと新セル)

 

(もう、毎日毎日やんなっちゃうんだよね)

 新羅は溜息をついた。
 闇医者と運び屋。
 この業界なりの相場はあるのだが、基本的に言い値に近い。
 状況や事情によって、大幅な変動を余儀なくされる事が非常に多いからだ。
 しかも税金や控除や医療事務の点数計算などわずらわしい事抜きで、オール手取りである。

 だから、あくせく働く必要がない。

 セルティが自分の生活にけじめをつけてるので、危険な運び屋を辞めないのは致し方ないとは思ってる。
 そういう彼女もまた魅力的でしみじみと愛おしい。

 だからこそ、それ以外の二人だけの時間はイチャイチャしていたいのだ。
 セルティの膝枕で耳掃除とか、セルティとお風呂でドッキリとかしてもらった事はないけど、まぁいつかそうなると夢想したって許されるだろう。
 最近、新羅の為に料理を作るまで進歩したのだ。
 いずれ、セーターを編んでくれたり、腕組んでネズミーランドへデートとかステップアップだって出来るかも知れない。


 なのに、そういう時に限って臨也の奴が
「やぁ、お邪魔だったかな?」
 と、怪我の治療にやってくる。

 自分は静雄と毎日毎日池袋中を
『アハハ、捕まえてごら〜んw』『待てよ、こいつぅ』
 と、好き放題キャッキャウフフしまくってるくせに、新羅の事情はちっとも考えてくれない。
 KYじゃなく、恐らくわざとタイミング悪く現れるから腹が立つ。

(せっかく、今だってセルティがけんちん汁と肉じゃがチャレンジしようとしてたのにさ。
 分量通りに作ればどうにか形になるようにはなったけど、隣に立って味見しながらってシュチュエーションがおいしいんじゃないか〜)

『どうだ、また味が濃ゆ過ぎたりしてないか?』
『いやー、セルティの作るものは独創的で何でもおいしいよ〜』

 と、言っちゃうと、セルティはお気に召さないけど、それでも作る事は諦めたりしない。
 でも、照れ屋だから臨也にからかわれるのがイヤで料理自体中止になってしまう。
 臨也が帰った後、またその気になってくれればいいのだが。
 時間が時間だから、仕事の電話が入ってしまえばおしまいだ。
 セルティの食事で悦楽の夢はまた遠くなる。

(自分ばっかり、静雄と楽しんでズルイよ、臨也は)

 そう内心愚痴も出ようというものだ。
 この腕の傷だって、医者に罹るギリギリという感じだし、派手なキスマークだって襟元から見え隠れしてる。
 反対に以前みたいな暴行みたいな痣はないから、あの静雄が相当気を遣って臨也を抱いてるんだって解る。
 じゃあ、ついでにこんな命ギリギリ街破壊のパルクールも、街の為にも僕らの為にもやめてくれりゃいいんだが、それは彼らの恋愛のスパイスだから辞める気はないらしい。

(臨也は口では絶対静雄への気持ちを認めようとしないしさ。ホントに捻くれ者なんだから)

 でも、こうやってわざわざ新羅の所にやってくるのは、要するに見せびらかしたい訳で、のろけ一杯なのだ。


(友達が僕しかいないって解るけどさー。
友達の恋を応援するどころか邪魔するってどうなの。ホントにわがままで人が悪いよねー)

 臨也は金払いはいいし、これも医者の仕事と割り切りたいが、友達価格なのだから、友達らしく嫌味の一つも言ってやっていいだろう。

「あのさー、臨也。また池袋で悪い事企んでる?」
「さぁ、どうかな?」

 臨也はニヤニヤしている。
 黒幕気質は彼の本性だから仕方ない。

「じゃさ、いっそ新宿引き払ってさ。こっち(池袋)戻っておいでよ」
「え?」

 臨也はさすがに度肝を抜かれたようだった。
 新羅からいつもセルティにだけは手を出すなとか、文句か皮肉を叩かれた事しかないから無理もない。

「おかしな事を言うね。ここに俺がいない方がいいんじゃない? 
 俺が新宿に移ったから、ここは落ち着いたんだろ?」
「ああ、君がここにいた頃は荒れてたもんねぇ。
 粟楠会から睨まれたり、警察からしょっちゅう僕も仲間じゃないかって、事情聴取受けたのもいい思い出さ」

 新羅は感慨深げに笑った。

「でもさ、それは警察にとってであって、僕の生活は一向に当時と変わってないんだよね。
 だってさー、君は相変わらず僕のとこに治療に来るし、この街は何かしら不穏だし、静雄はイライラして自販機投げ飛ばしてるしさ。
 何も変わらないなら、新宿じゃなくて池袋だっていいだろ?」

 臨也は肩をすくめた。

「冗談じゃないよ。
 俺、シズちゃんに殺されちゃうじゃん。警察にもマークされてるし」
「静雄は君の家を知ってるじゃないか。
 君は君で、結局新宿より池袋をウロウロしてるしさ。

 大体、何で池袋に執着してんの?
 君が新宿に行ったのは、とりあえず静雄と距離を置きたかった。
 たったそれだけじゃないか。警察とは関係なくね。

 最初、僕はこっちで遊ぶのに飽きて、新宿を次の火薬庫にするんだとばかり思ってたよ。
 何せ、池袋とは比べ物にならない街だしね。

 ところが、新宿での君は大人しいもんだ。あの街で導火線を弄ってる気配すらない。
 結局、こっちに帰ってきて皆を弄くって遊んでる。
 何か追っ払われた野良猫が、構って欲しくてゴミ箱ひっくり返してるみたいだ」

「ひどいな」
 臨也は苦笑した。

「新宿で事を起こさないのは、自分の足元は綺麗にしておけって学んだからさ。
 拠点にするのにいい場所だから汚したくないんだよ。簡単に手放すには惜しいしね。

 それに新宿は確かに巨大な街で人間の坩堝なんだけど、それだけなんだよねぇ。
 君の愛する運び屋さんのせいかな? 
 池袋は他にない嬲り甲斐のあるコマが揃ってる。
 きっとセルティの発する何かに惹かれて、集まってきちゃうのかな。
 こんな楽しいゲーム盤を見逃す手はないだろ?」

「僕の大事なセルティのせいにしないでくれないか」

 新羅はニッコリ笑って、包帯の上から傷口をギリッと引っかいた。
 臨也は眉を顰めつつ、笑みを口元から消さない。


「でも、だったらさ、失望したね、臨也」
「何が?」

「だってさ、そんだけ人間が好きで、黒幕体質で、僕ですらその手並みには惚れ惚れしちゃう時があるのにさー。
 やってる事がちっさいよね。
 かわいそうな小学生の女の子を騙したり、世間知らずの中学生を陥れたり、頭に血の上ったギャング同士を弄んだりしてさ。
 高校生の時だったらともかく、社会人になってまで何やってんのって感じ。
 大人げないって言うかさ。
 その程度で遊んで満足してるって、マジしょぼ過ぎ。出来て当たり前。

 ま、君の厨二病は不治の病はいいけど、普通ならもーーーっと大きい事を目指さない?
 君が池袋捨てて新宿に船出してったのは、そういう意味だと僕は思ってたんだけど、凄い肩透かし食らって幻滅したよ。
 やっぱり池袋でセコセコ遊んでるって、馴染みのゲーセンでないと点数取れない奴見てるみたいでさー」

「…それだけ、遊び甲斐のある街なんだよ、ここは」

 プライドを思い切り傷つけられて、臨也は不愉快そうに、それでもまだ言い返す。
 新羅はニコニコ笑って手を広げた。

「セルティがいるんだもの。そりゃ、僕にとって何にも変えがたい素敵な街さ。それは認めるよ。
 でもさ、僕から見ると、品川とか渋谷とか、いや、それこそ霞ヶ関とか魅力的な街があるじゃない。
 なのに、一向に興味を示さず、池袋に固執してる君が不思議でたまんないね。
 世界中を引っ掻き回せるだけの才能があるってのにさ。
 粟楠会の四木さんにとって、君がいつまでたっても『情報屋の若僧』にしか見えないのは、つまりそのせいもあるんじゃないかなぁ」

「…若僧」

 臨也は小さな声で呟いた。
 新羅は昔から臨也が四木を意識しているのを知っている。
 静雄と並んで、臨也の心に食い込んだ小さな、だが決して抜けない棘だ。
 新羅は腰に手を当てて、臨也を覗き込んだ。

「だから、結局、君は静雄が好きで好きでたまんなくて、この街を見返したくて、いつまでも執着してるんじゃないかな?
 それが終わるまで、この街を卒業なんか出来やしないよ。
 君が静雄のせいにして、高校の卒業式をすっぽかしたようにね。

 だから、もうここに帰ってくればいいじゃないか。
 静雄とお互い行き来する手間も省けるしね。
 ここで人生終わっちゃうのもありだと思うなー。
 人間て、やっぱり掴めるものはタカが知れてるよ。
 身の程を知って遊んでるのが一番いいと、僕は思うね」


 臨也はジッと新羅を睨んだ。
「お前にイチイチ指図されたくはないよ」
 コートを掴んで急に立ち上がる。

「ありゃ、怒った? 図星だったらゴメンね〜」
 新羅はニヤニヤ笑った。

「俺の人生は俺が決める。
 それに俺はシズちゃんなんか好きじゃない。大嫌いなんだ」
「知ってるよ」

 新羅はソファの肘掛に腰を下ろした。

(嫌いで嫌いで忘れられないんだよね。
 それすら認められないのが臨也らしい。
 君は人から枠に嵌められるのも、分析されるのも大嫌いなんだ。
 だから、認める事からいつも逃げ出しちゃう。
 相手を好きになる気持ちからすら。

 静雄はそれを許さない性質だから、追いかけっこばっかりしてるんだよなー。
 子供みたいにいつまでも。

 でも、とうとう最近、捕まっちゃったみたいだけど。
 今度は君が鬼になって、静雄を追い掛け回す番になったりするのかな?)

 

 臨也がコートを纏って出て行った後、新羅は晴れ晴れと両手を広げた。

「さぁ、セルティ。これで当分、池袋も僕達も安泰だよー。
 あの負けず嫌いの臨也の事だから、意地でも他の街を潰すまで帰ってこないさ!」

『街一つで済めばいいんだがな…』
 今まで二人の会話に口を挟まず、ずっと聞いていたセルティはPDAを突き出した。

『お前、今、日本滅亡のスイッチを押したぞ』

「えー、そっかな? 臨也の奴はアレ位言ってやんないと解んないんだよ。
 第一、そう簡単に街が潰せる訳ないし。結構しぶといもんだよ、どの街も。

 まぁ、僕は彼のお手並みがちょっと興味があるけどね。
 とにかく、僕は君との生活さえ幸せならオッケーさ!」

『あのなー…』
 新羅がニコニコ顔で抱きついてくるのを、セルティはスルリと身をかわして溜息をついた。

『今まで二人が友達と聞いて、ずっと不思議だったが、今やっと解ったよ。
 お前達、すっごい似た者同士だったんだな』

 人に何か仕掛けて、それを楽しげに見守る観察者。
 それが研究者の本質だ。

「えー、臨也なんかと一緒にしないでよ」
 新羅はむくれる。

(でも、悪気はないんだよな、新羅。それがこいつの欠点なんだが)

『取り返しのつかない内に臨也に謝ってくる』
「えー、セルティが何で謝るのさ。僕らの時間を台無しにする臨也の方が悪いだろ」
『ホントにやりかねないだろ、あいつなら! 私達の為に他の街の人達が泣くのはゴメンだ。
 私が帰ってくるまで腕立て伏せ100回!!』
「えええっ、そんな!僕は肉体労働なんて…セルティ!?」

 新羅の懇願を無視して、セルティはシューターに飛び乗る。
 ホントにこの街の人間の愛情のベクトルは何処か歪んでると思いながら。

エンド

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「Heavy Rotation」の後日談の一つ。
特に本にする予定がないので。

煽ってるが悪気はない。
悪気がないから、怒られても理由が解らない。 
研究者という生き物の欠点だと思う(笑)

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