「ドッペルゲンガー」 2

 

(…?)

 静雄は首を傾げる。空想の弾が天に穴を開けたというのか。
 その穴は最初、点でしかなかった。

 が、見る見る広がり、大きくなっていく。夜空でも解る位黒々と深い真円だった。
 円の周囲に雷光がいくつも取り巻いている。見間違いでも、幻覚とも思えない。

(何だ? どうなってんだ?)
 思った瞬間、地響きを立てて、激しく雷鳴が轟いた。目を焼く閃光が視界を眩ませる。

(やべ、近くに雷落っこったか?)
 反射的に静雄が首をすくめた時、

(…は?)

 穴から何か落ちてくる。地上に向かって落下してくる。
小さな白いもの。細い手足。黒い頭。人間だ。


(えええええっ?)


 考える間もなく、静雄は落下地点に駆け出していた。
 子供だ。小さな子供が天から落ちてくる。
 まるでうさぎ穴からアリスのように放り出されて、真っ逆さまに落ちてくる。
 そんな訳がない。何かの見間違いだ。
 何処かのビルの屋上から、何処かのベランダから転落したに決まってる。

「うわっ! ととっ!」

 子供が地面に叩きつけられる前に、静雄は落下地点に滑り込んだ。
 何とか両手でキャッチする。
 あの高さから落下したのだ。
 静雄が普通の人間だったら、子供と一緒にもんどり打ってアスファルトに激突し、大怪我をしただろう。
 だが、静雄はドッジボールのように子供を難なく両腕に収める。

「ふぅ〜、危っぶねぇなぁ!」

 静雄は安堵して、子供を見下ろした。
 十歳ほどの少年だ。サラリとした美しい黒髪。繊細で綺麗な顔をしている。天使のように愛らしい。
 黒いTシャツと短パン。フード付のパーカー。
 短パンから覗く足は細くて、長身の静雄から見ると子猫のように頼りない。
 完全に気を失ってぐったりしている。

「やべぇな、大丈夫か?」

 まず、病院に連れていった方がいいだろうか。
 しかし、何となく何処かで見た顔だった。
 しかも、ごくごく最近見た気がする。
 非常にムカつくザワザワしたムカデのような嫌なデジャブを感じる。
 コンビニのゴミ箱が自然に目に入る。
 ゴミを拾ったらくずかごへという標語が同時に思い浮かぶ。

(いや、しかし、まさかな…)

 

「おーい、静雄! 今、凄ぇの落ちなかったかー?」

 頭上からトムの声がした。静雄は顔を上げる。
 トムの顔を見ると、静雄を襲っていた不快感が霧散した。

「トムさ〜ん! 今、空から男の子が降ってきたんですけどー?」
「はぁ? お前、それってラピュタの見過ぎだろー?」
「えっ、ラピュタって何スか? この子、どう見ても日本人ですけど?」
「ああっ、マジかよっ!」

 静雄が抱いている少年を見て、トムの顔が驚きで一変した。窓から引っ込む。
 すぐ凄い勢いで玄関から飛び出してきた。

「おいおい、大丈夫かよ?」
 トムは心配そうな顔で少年を覗き込んだ。

「ええ、うまく受け止められましたんで」
「そっか。でも、一応医者に診せた方がいいかもな。
 しかし、一体どっから落ちたんだ? 

 ここらはテナントビルばっかで、子供がいるようなマンションはねぇ筈だが。
 ホステスの連れてきたガキが遊んでる内に手摺から足を踏み外したってとこか? 
 となると今度は該当先があり過ぎて、探すのが骨だなぁ。
 ま、落ちたあたりのビルのどっちかだろ」

 トムは困ったように頭をポリポリ掻く。


「新羅に診せようと思ったんスけど、やっぱり親御さんを探した方がいいでしょうか?」
「そうだな。俺らが勝手に子供を連れ回したらマズイだろう。
 子供は事務所の仮眠室に寝かせればいい。
 で、医者は事務所へ往診してもらって、その間に俺らがここらを当たってみるのはどうだ?」
「そうですね」

 静雄はチラリと空を見上げた。もう穴は何処にもない。
 ビルの手摺からでなく、明らかに空中に出来たあの穴から落ちてきたように見えたが、やはり気のせいだろうか。
 さすがにトムにそれを言うのは躊躇われる。

 自分が指鉄砲を空に打ったら、穴が出来て、そこから男の子が、なんて言って誰が信じる?
 そういえば、もう雷光は嘘のように収まっていた。
 嵐は回避されたらしい。

(嵐の代わりに、こいつが来たんじゃねぇだろうな)

 静雄は少年を見下ろした。
 そう思いたくはなかったが。
 少年に罪はない。
 だが、少年を見てるとイラつくのはどうにもならない。

 静雄の腕の中の少年は臨也と瓜二つだった。


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