「Fan psychology」 2

 

 臨也はその後も続々と静雄に刺客を送り込んだ。
 最初はもっとよく見たかっただけだが、標識を折り、彼らをなぎ倒す姿に、誰一人近寄らせない背中にたまらなく魅せられていった。

(凄い、凄い)

 静雄はいつも臨也の期待を裏切らなかった。
 人間が好きだ。大好きだ。
 人間の内面のおぞましさを引き摺り出すのも大好きだったが、底知れぬ可能性を見るのも好きだった。楽しかった。
 意表を突かれると臨也の背筋はゾクゾクする。
 少年がスポーツ選手の超絶プレイを見て興奮するのと同じかも知れない。

 ただ、臨也の場合、平和島静雄という「現実」が対象だった。
 静雄は臨也の思惑を超えて、凄い結果を見せてくれる。TVなどでなく、目の前で確実にだ。
 気づかれないように、出来るだけギリギリの高い場所から息を潜めて静雄を見守る。
 ああ、今日はどんな結果を見せてくれるのか、期待で胸が膨らむ。

 静雄がどんな顔をして怒るのか。
 どんな動きで、その細い細いしなやかな体から、凄まじい凶神の如き力を行使し、人間達をまるで野球のバッターのように弾き返すのか。
 どんな破壊行為に及ぶのか、考えるだけでワクワクする。
 そこには年齢の格差もルールもない。真のリアル。
 しかもそれは自分がお膳立てしてる事が、オーナーになったようで面白かった。
 しかも、やられた奴が別の奴を引き込む連鎖を呼んで、思わぬ対外試合まで見せてくれる。
 自分という一人の観客の為にだ。

 静雄は負けない。退かない。逃げる選択肢を持ってない。何処までも続く連勝記録。常に想像を超える勝利を見せてくれる。
(凄いなぁ、シズちゃんは)
 この上ない幸せに臨也は酔っていた。平和島静雄というダイヤの原石を研き込んでいく喜びに。

(シズちゃんの強さは何処まで行くんだろう)
 自分だけの、自分一人の為の不敗神話。
 それだけで浸って満足していたら、けしかけられる静雄にとっては迷惑だが、まだマシだったろう。


 でも、臨也はどこまでも臨也だった。


(ふと)
 思う。
(俺の為の不敗神話)


 それを崩してみたい。壊してみたい。
 負けて、這い蹲る静雄を見てみたい。
 その時、静雄はどんな顔をするだろう。
 微かな誘惑だった。


 だが、思いつくと胸が疼いた。負けた静雄にきっと落胆し、興味を失くす事は解っている。
 
静雄に厭きた訳ではないが、その甘美な誘惑に抗えなかった。臨也は快楽に弱いから。
 歪んだ執着のイバラが育っていく。やってごらんと心が囁き、喚いて止まらなくなる。混沌が臨也の本性だ。
 静雄への関心と陶酔が泥にまみれようが、一旦生まれた胸糞悪い悪戯心は消えない。

(どうしたらいいか?)
 平和島静雄を倒すには。
(ああ、そんなの簡単だ)

 ずっと静雄を追っていた。ずっと静雄を見つめ続け、観察し、観賞し、全試合を見守ってきた。
 だから、解る。簡単な事実。

(ケンカの後、シズちゃんは大体骨折するか、怪我をする。
 だから、追い討ちをかければいいのだ。
 相手がバイクなら確実だろう。そこを狩ってしまえばいい)

 平和島静雄の終わり。
 それを観るのは本当に残念だった。毎日、本当に楽しかったから。
 一度くらい、この事と離れて彼と喋ってみたかったから。
 これまで友達など欲しいと思った事などなかったが、静雄は一年近く臨也の全てだった。
 縁が切れるのは淋しいと初めて思う相手だった。


 でも、仕方ない。
 臨也が観たいと思ってしまったのだ。だから、ここで試合終了。静雄は臨也の中では永遠に引退する。
 心から悲しい。せめて花くらい贈ってあげよう。無記名で。

(かわいそうなシズちゃん)

 最後の静雄の引退戦の準備を着々と進めながら、臨也は静雄を悼む。
 間抜けなリーゼントの不良の背中にバイバイと手を振りながら、臨也は思った。

(その時は一度くらい心からの涙を流してもいいかもね)
 世界一の平和島静雄ファンとして。

 

 バイクはきちんと仕事をこなしてくれた。
 常の人間相手ではない。
 さすがにやり過ぎかと思い、轢かれたら轢かれたで構わなかったが、静雄は突進してくるバイクを投げ飛ばし、予定通り骨折してくれた。

(でも、まさかバイクを投げ飛ばしちゃうなんてね。さすが、俺のシズちゃん)

 引退試合にふさわしい幕開けだ。こんな番狂わせをしてくれるから、静雄ファンは辞められない。

(けど、やっぱりもう無理だよね)

 腕だけ骨折なら勝機もあったろうが、手足共では立ち上がる事すら出来まい。
 普通のハンデでも重過ぎる。臨也は肩をすくめた。


 が、そこに不確定要素が入った。
 平和島幽。静雄の弟。
 静雄と一緒に歩いていた唯一の人間。


 低学年のせいか、最近滅多に共に下校しなかったので、臨也もすっかり忘れていた。今日になって突然現れるとは。
 そういえば、静雄が大怪我をする災厄に見舞われた時は、いつも兄の危機を察したように姿を見せる。

(兄弟愛か、美しいねぇ)

 臨也は鼻で嗤う。むしろ好都合だ。
 動けない静雄を襲う不良は二人。幽が救急車を呼ぶ前に押さえる。
 幽を人質にとれば、静雄はもう何も出来ない筈。


 が、それがまさか逆効果になると思わなかった。

 

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