「Fan psychology」 3

 

(信じられない…)


 臨也は思わず立ち上がる。静雄に見られるかも知れないという事も頭から消し飛んでいた。

(どうして…何で…?)

静雄が立っている。完全に手足の骨が折れた筈なのに。


『俺の幽に何すんだぁぁぁぁああああああああああああ!』

 静雄が叫ぶ。立ち上がる。目の前の光景が信じられない。
 ゾクゾクする。
 頭の中が真っ白になる。鳥肌が立つ。


(シズちゃん、シズちゃん、シズちゃん、シズちゃん、)


 頭の中が静雄の名前だけで一杯になる。ガンガン脈打っている。心臓がうるさい。まだ幼いあそこがキュッとなる。
 全身の細胞が快哉を挙げる。

(ああ、こんな人間がいるなんて!)

 静雄は誰にも目もくれない。ただ、幽へ。幽を救う為だけに突き進んでいく。
 折れていた脚が、伸びきった筋が、たわんでいた関節が、静雄の全身に併せて戻っていく。
 ギチバチブチと音を立てて。全身激痛に苛まれているだろうに、静雄はそれをおくびにも出さない。
 静雄にとっては、自分自身の痛みより弟の危急の方しか頭にないからだ。激痛など認識していない。
 凄まじい意志の力とそれを補う回復力が静雄を突き進ませる。

 ただ一人の弟の為に。

 自分のケガでなく、バイクを避けずに投げ飛ばした愚かな失態を誤魔化す為でもなく、ただ幽を救う為に。
 よろめいていた足取りが一歩ごとに揺らぎを失くしていく。
 背筋が伸び、次第にスピードを増していく。


 その姿に臨也は息をするのも忘れる。
 ボロボロな静雄の姿を美しいとすら思う。
 目を見開き、この光景の全てを焼き付けたいと思う。
 この奇跡。人間の起こす奇跡。
 彼が愛してやまない、彼が全身全霊をかけて追い求める全てがここにある。芳しい鮮烈な震えるような衝撃が。


『その臭い口を閉じやがれぇぇぇぇぇぇええええっ!』


 静雄が標識を不良に向かって、思い切り振り下ろす。
 その最後の瞬間まで、まるで世界は臨也と共に、息を潜めて蹲っていた。

 

―――凄いものを見た。

 臨也は軽くスキップしながら思った。
 全身が軽い。月までだって飛べる。楽しくて、嬉しくて、気が狂ってしまいそうだ。

(あんなものを見れるなんて! あんな者がいるなんて!)

 引退試合を見事に粉砕された事をこんなに忌々しく、快いと思うとは。
 静雄は人間だ。静雄は化物だ。鬩ぎ合う矛盾すら愛おしい。

(シズちゃん、サイコー!シズちゃん、サイコー!シズちゃん、サイコー!)

 心臓が一打ちごとに跳ね回っている。踊り出したい程、静雄で頭が一杯だ。


(ああ、シズちゃんが欲しい! シズちゃんが欲しいな!)


 人間を「道具」や「駒」としか思ってなかった臨也にとって、初めての衝動だった。
 静雄とずっと一緒にいたい。静雄を見ていたい。喋りたい。
 静雄を彼の片腕に出来たら、きっとこの世は無敵だ。
 あのケンカを、あの姿を、あの熱をいつも毎日24時間浴びていられたら。
 彼の間近で、彼と対峙していられたら。
 弟に向けるあの情熱と愛情を、自分に曲げる事が出来たら、それはどんなに幸せな事だろう。


(でも)

 校区は別々だ。静雄のいる校区にわざと転入するのはつまらない。
 自然に出会う方が、解きがたい繋がりになる。硬く硬く解きようのない繋がりに。
 それにあの真っ直ぐな視線は臨也の胸の内もたやすく見透かしてしまいそうだから。


 それに別にやらなければならない事もあった。
 池袋の闇の中に深く入ろうと本気で思うなら、もっと備えをしなくては。
 闇は子供だからといって手加減してくれない。むしろ、無智な者を喜んで噛み砕く。
 静雄にのぼせ過ぎてる今、両立でこなせると思えない。


 だから、臨也はグッと我慢した。それを遣り通せた頃、高校に上がるだろう。
 その時、出会えばいい。
 まるで初めて出会ったように、何食わぬ顔で挨拶すればいい。
 静雄など全く知りもしなかったって顔で。


 そして、最高の三年間にしよう。
 最上の出会いにしよう。
 忘れがたい、俺と君の永遠の始まりにしよう。

(それにはまず、中学で静雄と繋がりのある奴とお近づきにならないとな)

 新羅の顔が浮かんだ。静雄の限られた交友関係は知っている。
 あの静雄と友達とは、新羅もなかなか歯応えのある子供かも知れない。むしろ、その方が楽しみだった。
 臨也はニッコリした。
 出会おう、出会おう、君に出会おう。
 スキップする足が歌っている。
 臨也はトントンと軽やかに初夏の空の下を駆けた。

 

(浮かれてたよねぇ、あの頃は…)

 臨也は懐かしげに白い天井を仰いだ。
 さりげなく、囚われている部屋を調べてみたが、ドアは電子ロックだし、通風孔などなく脱出できそうもない。
 携帯も電波妨害で使えなかった。実験開始の時間が来るまでここで待つしかないだろう。

 
 高校生になってから、余りの嬉しさと楽しさに昼夜を問わず、静雄を構い倒し、追いかけて追いかけて、気づいたら静雄は完全な化物になってしまっていた。
 心だけはそこらの人間より余程普通だったが、身体だけは別次元だった。
 その特異な身体に臨也だけでなく、ネブラまでが着目する結果になるのは自然の流れだったかも知れない。

(おかげで俺までシズちゃんの実験に付き合わされるハメになっちゃったんだよね。迷惑だよ。こっちも色々忙しいのにさ)

 臨也は他人事のように思った。
 今は平和島静雄という人間を調べ上げる為の比較実験の被験者の一人に選ばれ、このネブラの研究所に囚われた状態だ。
 新羅の父親である森厳にハメられたからだが、あの子供、臨也そっくりのドッペルゲンガーも関わっている気がしてならなかった。


『君を、必ず、殺してやる』


(とか、言ってたもんなぁ)
 臨也はフンと鼻を鳴らす。自分自身に殺されたくはない。
 例え、過去や未来に何をしようが、自己憐憫や罪悪感など持ち合わせてもいなかった。
 そんなものがあれば、最初から人間で遊んだりしない。

(そういや、ネブラの連中も俺と同じでシズちゃんと遊ぼうと思ってんだよな。
 確かにいじりたくなるよね、シズちゃんは。本当に遊び甲斐があるもの)

 臨也は苦笑した。
 今までこれだけ噂になっていながら、実験対象にしなかったのが不思議な位だ。
 だが、矢切製薬は人体実験の人間狩りの時、静雄を捕らえなかった。
 噂とはいえ、静雄の危険性を感じていたのかも知れない。

 外資系のネブラは資料と映像だけで静雄に飛びついた。
 確かに静雄の真の恐ろしさは直接接してみないと解るまい。
 ネブラは静雄を徹底的に弄り回すつもりだ。それがどんな結果を生むか知りもしないで。
 だが、ネブラは国際的な武器商人としても知られた企業だ。
 一介の情報屋には出来ない方法で、静雄という化物を解体できるかも知れない。



(ま、お手並み拝見だね)

 臨也は微笑んだ。ずっと静雄を見てきた。彼を殺そうと真剣に何度も画策した。
 捕まえたくて、ひれ伏させてやりたくて、彼を追い続けた。彼の関心を一身に浴びたかった。


 そして、今もどうしても静雄を跪かせる事は出来ない。
 静雄は軽々と彼の思惑を超えてしまう。何の意識もなく。

(憎ったらしい。ああ、ホントシズちゃんが嫌いだ)

 もし、ネブラにそれが出来るなら、やってみるがいい。
 俺より徹底的にやれるのなら。
 どうせ被験体として駆り出されるならそれもいい。
 静雄のその姿を見れるのなら、喜んで参加する。


 その瞬間、鋭いサイレンが三度室内に響き渡った。
 静雄が研究所内に入ったのだ。
 何も知らずに、囮を追いかけて。


 臨也は微笑んだ。
 その顔は恋人の到着を知った表情と限りなく似ていた。

エンド

夏発行予定「Heavy Rotation 2nd」の序章です。
「HERO」の臨也サイドもかねて。

静雄はともかく、あの臨也が理由なく静雄に執着する訳ないやと思って。超一方的。ホントに迷惑(笑)
中2病を通り越して、小2病ですね(笑)
永遠の23歳児だし(^_^;)
しかし、どー考えても長くなるなぁ。最低2回はヤリたいし。頭痛ぁ…。

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