春は名のみの(トム静)


「はぁ、どうして今日はこうなっちまうのかねぇ」
 田中トムは深々と溜息をついた。


 取立て業は危険と隣り合わせである。元々、不穏な商品の支払いを滞らせる連中だ。
『つい、ハマって自分の予想を超えて愉しんじゃったんですぅ』ならまだかわいい。最初から踏み倒す気満々の連中が大半だ。
 静雄の存在に渋々払う者が続く日もあるが、今日はあいにくハズレの日だったらしい。
 無謀にもいきなり実力行使に出る奴等ばかりで、延滞料から器物の弁償代として差っ引くか、静雄の過剰な正当防衛とみなすか決めかねる結末が続いている。

「しかし、あいつらも勝てっこねぇのに、何で無駄に足掻くかねぇ?」

 トムは肩をすくめた。静雄の事を全く知らないならまだしも、無駄に噂を知ってるものだから、やり過ぎな抵抗を試みる。
 最初に完全降伏するか、素直に一発静雄に殴られてれば、まだ事は簡単なのに、鉄パイプやチェーンを用意するわ、人を集めるわ、お決まりの反応で楯突いてくる。
 無論、静雄がキレる寸前でトムは遠くに避難するので、ケンカを止めたり、仲裁する気は全くない。
(そんだけ準備する金があるなら、とっとと延滞料払えば済む事なのに)
 例え、高額な必要経費がかかろうと、彼らには踏み倒す事こそジャスティスなのだろう。


「すんません…」

 トムの三歩後ろで静雄はうなだれている。ケンカに勝った後の静雄は大抵こうだ。
 静雄がいなければ、トムは大怪我するか、一円だって回収できないのに、静雄は結果に落ち込んでしまう。
『もっと、うまくやれてりゃ』と思う。暴力を使わずに穏便に済ませられた筈なのに、と思ってしまう。
 自分が『弱い』からケンカになると信じ込んでいる。仕掛けてくるのはいつも相手なのに。


「何で静雄が謝んだよ」
 トムは頭を掻いた。
「ハンマーでいきなり殴りかかってきたのは向こうじゃねぇか。普通なら、お前、即死してるぞ?」
「けど、俺が本当に強かったら、ケンカする前に済んでるんじゃ」

(ああ、こいつは本当に暴力が嫌いなんだな)
と、トムは苦笑する。

「まぁ、剣法の達人とか相手を睨むだけで動けなくするとかいうけどな」
 静雄は頷いた。
「そう、俺が言いたいのはそれっス。
 俺が弱ェから、キレてやり過ぎちまう。相手がビビればそれで終わるんじゃないかって」
「そりゃ、確かにかっこいいけどなぁ」
 トムは首を傾げた。

「池袋とか新宿とか、怖ェとか危ねぇと言われる奴ぁ多いし、俺も実際何人か知ってるけどよ。
 見ただけで相手が戦う気をなくすなんて、そりゃもうゴジラだろ。見るからにイッた目の2mの筋肉バカとか。
 けど、相手が人間なら一応、戦ってみようと思うのが人間だろ。
 お前は見た目大人しそうだし、奴等も仲間に腰抜けと言われたかねぇし、金払う気ねぇんじゃ難しいよなぁ」
「はぁ…」
 静雄の目は納得してないようだった。トムは静雄の胸をトンと拳で軽く叩く。

「いや、俺はお前がそのまんまでいいと思うけどな」
「え?」
「だって、お前がそんな達人になっちまったら、取立人の用心棒なんてバカらしくてやってくれなさそうだからな」
 静雄は意外そうな顔をする。
「俺はそんな事…」
「そしたら、俺は仕事の大事な相棒をなくしちまう。そりゃ、さすがにシンドイんでな」
「相棒…」
 照れたように頬を掻くトムを静雄は目を見開いて見つめる。

「第一、まだ23歳で、そこまで極められるのは早ェんじゃねぇかな。
 そんだけの力だからこそ、焦ってばっかいねぇで、もっと使いどころを考えて、悩んで、ジタバタやってる内にいつの間にか極めてる。
 お前はそんなんじゃねぇかな。
 ま、だからさ、何ちゅうか、もうちょっと俺の傍にいてくれや。
 さっさと飛び立っちまいたいのは解るけどさ」

「とんでもねぇ! 俺はずっとトムさんの傍にいるっス!」
 静雄は思わず叫んだ。のしかかるように必死な面持ちでトムを見つめる。
「こんなに世話になってるのに、俺はまだ何も返してねぇし、それに…」


 恩義を感じているのはこちらの方だ。
 冤罪とはいえ、警察の厄介になった者を誰も雇いたがらない。まして、静雄は仕事を解雇されてばかりいる。
 その彼に傘を差しかけてくれたのが、トムだった。
 中学の先輩だった時から変わらない笑顔で、冤罪の件を「ただの濡れ衣だろ?」と一笑に付した。しかも自分の仕事を手伝わないかと言ってくれた。
 それは静雄のようなニトログリセリンと、一日の大半を過ごす事である。静雄の扱い方を心得てるとはいえ、半端な肝の据わり方ではない。
 借金の取立屋というかたぎとかけ離れた仕事を請けたのも、続けていられるのも、トムという理解者のおかげだ。
 暴力という静雄の表面だけ見て、関わりを持とうとしない者が大半なだけに、たじろぎもせず、静雄の内面に目を据えられるトムの観察眼と度量の広さの方が、静雄は自分より余程強いと思う。

(ああ、だからこそ、俺はこの人の言う事なら聞くんだな)

 トムが傘を差しかけてくれた。
 あの日から、静雄の人生は光が差したのだ。常に降り続いていた雨脚が止んだ。
 それをどんなに感謝してるか伝えたいか。


「ハハ、まぁ、興奮すんなって」
 トムは苦笑いして、静雄をなだめた。静雄は渋々ながら、口ごもる。
 臨也のように口達者だったら、自分の言いたい事もちゃんと言えるのに、こういう時もどかしい。
 でも、トムは全て解ってるという風に笑う。だから、静雄は何もいえない。

「はぁ、でも…」
「でもも、けどもなしだ。あんま俺達の間は難しい事なしで行こうや。
 そうでなくても、面倒臭ぇ相手と遣り合ってばっかだからさ」

 トムはよしよしと犬をなだめるように、静雄の頭を軽く撫でる。静雄を知ってる他の人間にはできない芸当だ。
 でも、静雄は怒りもせず、トムを見つめている。トムの軽くいなす仕草やしなやかな強さが心地いい。

(俺は不器用だけど、いつかこの人みたいに軽やかに歩けるようになりてぇ)
 自分はまだ色んな事でがんじがらめで、全然余裕がないけれど。


「ああ、いつの間にか春も終わりかぁ」

 トムは公園の殆ど散ってしまった葉桜を見上げた。
 もう風が吹かなくても、花びらはりらりらと散り零れていく。
 毎日、街を歩きながらも、桜を愛でている余裕も気持ちも、仕事に追われて忘れてしまっている。
 見たいと思う時にはいつもこうだ。

「すっかり散ってしまったなぁ。今年も全然見てねぇや」
「そっスね」

 その花びらの一枚が静雄の金髪にひらりと落ちた。
(ああ、綺麗だな)
 トムは思う。

 静雄と一緒にいつまでも歩けたら。
 静雄は恩義だ何だと重たく考えてるようだが、トム自身の気持ちはもっと単純で明快だ。
 でも、それを敢えて殊更強調しないのが、彼のやり方だった。静雄に気持ちを押し付けたくない。
 
 その瞬間、ザァッと風が強く吹いた。
 風が桜を散らし、地面の花びらも舞い上げ、まるで幻想のような風景が彼らを包み込む。
 まるで池袋が行く春を惜しんでいるかのように。

「春は名のみの俺達でも」
 トムは手を伸ばし、静雄の髪から花びらを拾った。一瞬、花びらに唇を寄せたい衝動をゆるやかに払いのける。
「ちゃんと春は来るんだなぁ」
 花びらを指から逃がし、トムはそう言ってまた密やかに笑った。

エンド

コピー誌から再録。
トム静はいいッスヨね! トムさんに足蹴にされたいこの頃(笑)
DVDのおまけSSのトムさんもよかった。俺も寿司おごられたい。
何故、トムさんに女がいないのか!? 凄く彼女を大事にすると思うんだけどなぁ。
彼女を募集してない訳でもないのに、池袋にはそんなに見る目のある女がいないのか?
大変不思議。何でも出来そうなのに、何故、取立屋なんかやってるのかも不思議。
個人的にデュラララ随一の謎多き人(笑)
家庭の事情って、大変あっさりした理由かもね。
親が交通事故で人死なせたとか、母子家庭で借金あって、早く世間に出ないといけなかったとか。

男女含め、シズちゃんラブ!連中の中で唯一、執着・偏執系でないトムさん(笑)
トム静が一番ノーマルに幸せかもしんない。
デュラ中、唯一のリーマン物だしなぁ。
(取立屋をサラリーマンと呼んでいいのか? でも、歩合じゃなく給料制みたいだし 笑)

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