「HERO」 その5

 

「…ちゃん…兄ちゃん…」

 幽が泣いている。
 静雄はぼんやり思った。


 止めてやらなきゃ。泣くなよって。
 ホントはいつだって、俺はお前に笑って欲しかったんだ。
 ケンカして、怒って、仲直りして、そしていつも笑ってて欲しかったんだ。
 普通の兄弟みたいにさ。

 なのに、俺が全部それを取り上げちまった。
 ごめん、ごめんな、幽。
 あやまるのは俺の方なのに。
 だから、泣くなよ。
 どうしたら、お前に感情を返してやれるのかな。


 夢の中で手を伸ばしたら、柔らかな感触がした。
 両手が静雄の手を包み込む。優しく頬ずりされる。
 静雄は微笑んだ。
 よかった…守れたんだ。

(あれ…?)
 静雄はパチクリと瞬きした。
(コレ、夢じゃねぇ)


 傍らには幽が彼の手を握って座っていた。驚いて天井を見上げると、いつもの見慣れた病院のものだ。
(あ〜、またフリダシか)
 内心、溜息をつきつつも、泣いてる幽の涙を指で拭ってやる。

「ごめんな〜。心配かけちまって」

 幽はブンブンと首を振る。いつもの幽にしては表情が出てるなと、妙に静雄は嬉しくなった。
 弟を守れた。それだけで満足だった。

「お前が救急車呼んでくれたのか、ありがとな」
 が、幽は首を振る。
「兄ちゃんがあの後、突然ぶっ倒れて慌ててたら、すぐ救急車が来てくれたんだ」
「そっか。誰か電話してくれたんかな」

 誰もいないと思っていたが、騒ぎの様子をやはり見てた者がいたのだろう。

「3台」
「え?」
「3台来たんだ、いっぺんに」
「フ〜ン?」

 何か不協和音を感じたが、深く考える事はしなかった。もう不良の事などどうでもいい。幽が無事な事が心から嬉かった。


「ごめんな、幽」
「何?」
「怖かったろ?」
「全然」


 幽はまたブンブンと大きく首を振る。静雄は苦笑した。

「俺が言ってるのはさ、俺のせいで危ない思いをさせちまったって事だ。髪引っ張られたり…」

 その場面を思い出し、静雄の眉間にシワが寄る。シーツをギュッと握り締め、それでも笑顔を幽に向けた。


「だからさ、もういいんだ」
「何を?」
「もうあんまり俺に関わるな。迎えに来てくれなくてもいいんだよ。俺は平気だから、さ。
 お前はお前の事だけ考えてりゃ…」
「嘘つき!」

 いつになく激しい剣幕で幽が遮った。

「兄ちゃんは僕がキライ?」
「んな訳ねぇだろ」
「だったら、何で寄るなって言うの?」
「だから、お前が危ねぇから…」
「危なくなんかないよ。兄ちゃんは僕を守ってくれたじゃないか!」
「そうだけどよ。次はひょっとしたら…」
「もしもなんかないよ」

 幽はギュッと静雄の手を握り締めた。縋るように兄を見つめる。

「今日だって、兄ちゃん、骨折して倒れてたじゃないか」
「けど…」
「僕が来て、泣いてたくせに」
「う…」

 言葉で弟に勝てた例がない。だから、つい手が出るのだが、今日は全身ギプスでさすがに動けない。

「けど、またお前があいつらに捕まったら…」
「じゃあさ、関わらなくなったら、僕と兄ちゃんは兄弟じゃなくなるの?」
「あ? んな訳ないだろ。俺達はずっと兄弟だ」
「だったら、一緒だよ。ずっと変わんないよ。一緒だもん。危なくなんかないもん! 怖くなんかない! だから…だから…っ」

 幽の静雄の手を握る手が震えている。



「幽…」

 弟の感情の意外な爆発に、静雄は気落とされた。
 泣いてる弟の頭を腕を回して抱いてやる。

 弟が感情を露わにするなど、随分久しぶりだ。やはりあんな暴力沙汰を間近で経験して興奮したのだろう。
  ほろ苦い思いがこみ上げる。

「俺は怖いんだよ。俺は俺が怖いんだ…。皆、壊しちゃいそうで怖いんだ」
「大丈夫だよ」

 幽は小さく微笑む。

「兄ちゃんの体ね、とても治りが早いんだって。お医者さんが驚いてたよ。
 骨もね、もう殆どくっついてるんだって。すぐ歩けるようになるよ。
 だから、大丈夫なんだよ。絶対、大丈夫なんだ…」

 静雄は困惑した。静雄が怖いのは他者を、全てを傷つける自分だ。
 暴力を止める事も出来ず、怒りに引き摺られてしまう情けない自分なのだ。
 だらしない臆病な自分自身なのだ。
 だから、せめて愛する者を遠ざけ、我慢しようとしてるのに。
 幽を二度とあんな目に合わせたくないのに。


 なのに、幽は大丈夫だという。
 ただ静雄の体さえ無事ならそれでいいと。
 自分への危機感は全く感じていないのだろうか。
 幽の幼い言葉はつたなくて、本意がよく解らない。


 けれど、静雄はあえて議論しない事にした。
 あんな目にあったのに、弟が慕ってくれている。自分だって、本心は幽と離れたくはない。
 そして、幽を守れた。
 それが純粋に嬉しかった。それだけでよかった。
 この大嫌いな力もたまにはいいものだと思えた。
 彼を孤独にはするけれど、弟を、誰かを守れる力ならば、完全に悪いものではないかも知れない。


 幽の体温があたたかい。初夏の風が快い。
 静雄は目を瞑る。
 こんな自分にも、神様はたまに天国をくれるらしい。
 幽がまだ手を握っていてくれる感触が嬉しかった。



 おだやかな兄の寝顔を見ながら、幽は微笑んだ。

「俺の幽に何しやがんだぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」

 そう叫んで、不良達に突き進んできた兄は最高にかっこよかった。
 どんなマンガよりアニメより輝いて見えた。


 兄を化物呼ばわりする不良達がおかしいのだ。
 ヒーローだってどんなにやられても立ち上がるではないか。ピンチを跳ね返してしまうじゃないか。
 でも、大ピンチってマンガで言う程、ヒーローが本当にピンチだったのは見たことない。


 兄は幽が息を飲むほどひどい目にあったのに、不死身の超人みたいに立ち上がって、悪者を天高く吹っ飛ばしてしまった。
 偉そうだった悪人はギャアギャア悲鳴を上げて、ホントにかっこ悪かった。
  交通標識を片手にした兄はまるで伝説の勇者みたいだ。
 どんなヒーローも兄にはかなわない。


 幽は目を細めて、兄を見つめる。

「兄ちゃんは僕のヒーローだ」

 女顔でよくいじめられた時、兄はいつも飛んできてくれた。
 俺の弟に何すんだって怒ってくれた。
 世界中で兄より好きな人間はいない。

(だから、手を離さないで)

 兄と手を繋いでいたい。兄といたい。独りで何処かに行って欲しくない。

(怯えてるのは、怖いのは僕の方なのに)

 兄は感情を高ぶらせた後、いつも悲しそうな顔をする。破壊と残骸の跡で後悔して立ちすくんでいる。
 だから、幽は感情を伏せる癖がついた。兄に悲しんで欲しくなかった。
 兄といられるなら、感情なんか失っても構わない。

 自分も兄のように感情を迸るままにしたら、兄のような身体になるのだろうか。
 だが、幽は兄の為に感情を捨てる道を選んだ。だから、そんな可能性などどうでもいい。
 ヒーローは一人で充分だ。


 幽は微笑み、眠ってる静雄の傍らに潜り込んだ。ネコのように丸くなる。
 看護師に見つかって、叱られるまでちょっとだけ。
 兄の傍らはあたたかだった。幽はやっと安心する。

『幽はホントにお兄ちゃん子ね』

 母に何度も笑われた。そうだと思う。ここが僕の居場所。
 白いカーテンがゆっくり揺れる。
 いつしか、二つの寝息が小さく小さく響き始めた。

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子供時代捏造話(笑)
スパコミ用シズイザシズの長編に入りきれそうにないエピソードなので、こちらに。
7話見て以来、平和島ブラザーズラーヴです。アニメ、ありがとう、アニメw
そう言いながら、やっぱり仔臨也が暗躍してます。ごめんなさい。すいません。

仔臨也と仔静雄の学区は違うんだけど、やっぱり噂は入ってるだろうし、好奇心旺盛な仔臨也がシズちゃん見てみたい、イジってみたいと思わない訳がない!!
臨也が中学で新羅と仲良くなったのも、きっと高校の出会いの為の布石だと思う!(笑)
どんだけー(^_^;)
なので、この話には当然、仔臨也視点バージョンがありますが、面倒くさ…時間があれば。

しかし、文章がもたついてるなぁ。なれてないの丸解り。エンジンかけないとスパコミに間に合わないぞ、DRRRR!!

 

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