「臨也とイザヤ」 11

 

「え、静雄? 
 いや〜、俺も居場所知らなくてさー。
 あいつ、血が昇ると勝手に消えちまうだろ。
 …ああ、すまんな。
 戻ってきたら、すぐ連絡するように伝えっから」

 トムは街角の自販機に寄りかかったまま、携帯を切った。
 その携帯にすまなそうに、手で一礼する。

「騙して悪ぃな、幽。でも、俺も詳しい事知らねぇから。
 お前さんを巻き込むと、きっと静雄の奴は嫌がると思うんだわ」

 呟いた後、天を仰ぐ。
「あのわんこ、なーにやってんだか。とっとと俺んとこ、帰ってこい」

 

 幽は切れた携帯を見下ろした。
 何となく朝から胸が騒いで止まない。

(兄に何か起こってる)

 理由なく、そう直感する。
 子供の頃、いつもその予感に急き立てられて兄を探した。
 大怪我して動けなくなっている兄を。


 兄がすっかり丈夫になり、幽のざわめきも鳴りを潜めていたのだが、朝から何故か落ち着かない。
 仕事がなければ、兄の安否を確認しに行くのだが、アイドルの仕事は分刻みだ。
 自分の都合だけで簡単に変更は出来ない。
 やっと休憩時間を縫って、ようやく兄へ連絡したのだが、携帯の受信外にいるらしく通じないし、メールの返信もない。
 トムに連絡を取った結果がこれだ。

(何か胸苦しい…)

 兄を愛してる。
 ずっと兄の為に生きてきた。
 兄を独りにしない為に。

 だけど、そうじゃなかった。
 依存しているのは自分の方だ。
 どんなに離れていても、兄が自分の世界の中心だった。
 どんなに沢山の役柄から心をもらっても、幽の表情が少しも戻らないように。

 それが揺らいでいる。
 何かの理由で。
 中心が音を立てて崩れ去る。
 足元がおぼつかない。
 この異変は子供の頃とは比べ物にならなかった。

 兄が危ない。
 兄の命が危ない。
 心臓が一拍ごとにそう告げる。

(吐き気がする)

 幽は思わず口を押さえた。
 眩暈がする。

「どうしたんです、幽平さん?」

 マネージャーの卯月が異変に気づいて、飛んできた。
 幽をすぐ椅子に座らせる。

「すいません…、ちょっと気分が…」
「仕事が立て込んでたから、疲れが出たのかな? 真っ青だ。楽屋で休憩しましょうか?」

 幽は頷く。
 卯月は幽の顔から流れ落ちる冷や汗を拭った。
 相当、体調が悪いらしい。
 今日の収録は、出来ればキャンセルしたくないのだが。

「ちょっとスタッフに説明してきます」

 卯月が傍を離れると、幽は俯いたまま、目を瞑った。
 まだ中心が揺らいで、心臓がざわめく。
 幽をせきたてる。
 絶対におかしい。
 静雄が怪我した程度では、こんな事は起こらなかった。
 無論、これが過労や体調不良でない事も解っている。

 不思議だが、自分の日頃の体調と、兄の異変による感覚の差が何となく解るのだ。
 自分が何処に行けばいいのか。
 何をすればいいのかも。
 ちょうど『何となく』バイクを投げ飛ばして骨折した兄を探しに行った時のように。

「どうです、幽さん。身体の方は?」

 卯月が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「…すいません。やっぱり動けなくて。
 今からここに車で送ってもらえますか? 兄が名医だと言ってるんで」

 幽は弱々しげに顔を上げると、岸谷新羅の住所を告げた。

 

 

「フン、静雄達がね。
 …ったく、何処までアヤシくなれば気が済むんだよ、ここは」

 門田はバンに寄りかかったまま、ネブラの研究所を見上げた。
 セルティの話に、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「そっスねー。現代版お化け屋敷。池袋のアンブレラ。
 いずれ、バイオハザードが席巻。
 デッドライジングや学園黙示録が俺達の日常に!
 俺は毒島先輩とピンクのツインテールのツンデレ軍師に囲まれて、街を駆け回りたいっスねー。
 あ、ビッチ無用で」

 遊馬崎が想像して、胸を熱くする。

「ゆまっち〜、銃撃てんのー?」
「俺は火炎瓶とか、火炎系とかの技術がありますから〜。
 ゾンビが火に弱いのはディフォルト。
 極めれば、俺が最強系のキャラになると思うんです。
 チームの主戦力の一人っスよー。

 ヒラコーの隣で火炎放射器を縦横無尽に発射する! 
 これで孝はもうエアー主人公っスよ〜。
 おたくバンザイ! HOTDサイコー!」

「えー、ゆまっちは狂家より道化ってキャラ顔じゃん」
「あ、漂白のギン? いいっスよねーw あの卍解〜w 
 あんな風にズバッと摩天楼斬ったらスカッとするでしょうねぇ〜」


「お前ら遠く行ってないで、いい加減帰ってこい」

 門田は呆れて、二人を嗜める。
 狩沢は座席に両腕を組んで笑った。

「けどさー、シズシズって心配しなくても大丈夫なんじゃな〜い? 
 その必要もない位強いっていうかー。
 イザイザもいるし、研究所の方が壊れちゃわないといいけど」
「ですよね〜〜〜」

「バカ。臨也だけじゃねぇ。他の被験者達もいるだろ。
 ちったぁ、そっちの事も考えろ。特に外資系はヤベェんだよ。

 それに静雄はお前らよか普通の人間だよ、心はな。
 身体が無事ならいいって訳じゃねぇ」

 門田はバンダナを脱いで、髪を掻き回した。

『門田君は静雄の理解者なんだな』

 セルティのPDAを見て、門田は苦笑した。

「高校時代からの腐れ縁だからな。
 俺はどっちも心配だよ。
 あいつらは一部分だけ人より異常に特化しやがって、おかげで人に頼るって事知らねぇからな。

 静雄も繊細なとこあるが、臨也も根は臆病もんだからな。
 素の部分を晒すと負けと思ってやがる。
 本音で人と向き合えない。
 だから、相手を煙に巻きたがる。
 あいつなりの護身術なんだろうが、静雄はそういうの嫌うからな」

『そういうものなのか?』

 臨也をそういう風に見た事がなかったので、セルティは驚く。
 ただ、悪意しか人に向かないのかと思っていた。

「さぁ、俺も臨也とは深い付き合いじゃないからな。
 いつも本気でふざけてるのは、あいつ自身の趣味だろうし。

 ただ、心に傷がある人間で、たまにあんなのがいるよ。
 臨也とはまたタイプが違うけどな。
 傷つく前に相手を傷つけるみたいな。

 臨也は傷つく前に、相手を支配下に置きたがるんだ。
 だから、静雄が気に入らない」

 セルティは感心した。
 まだ若いのに門田は人間をよく見ているらしい。
 臨也の人間観察とはまた違う。それを弄ぶのではなく、包み込むように理解する。
 だから、臨也は何処か門田に一目置いているのだろうか。

「ま、狩沢達の言う通り、研究所壊されたらシャレにならないからな。
 協力するよ」
『助かる。でも、この人数で出来るのか?』

 セルティは小首を傾げた。
 門田は肩をすくめる。
 人狩りに関して集めた情報量はまだ心許ない。
 内部に協力者がいてくれれば道も開けるのだが、街のギャングとネブラの研究者とでは繋がりもなかなか作れない。
 彼らは池袋で夜や余暇を過ごさず、遠距離の何処かに車で帰宅していくのだ。

「オーダー通りは難しいだろうな。
 でも、ま、やるしかねぇか」
『悪いな。でも、ヤバくなったら逃げてくれ』

 門田は苦笑して、バンダナをかぶり直す。

「心配するな。相手が誰だろうと関係ねぇよ。
 ったく、あいつらと付き合ってると、こういうの自然と慣れちまってな」


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