「臨也とイザヤ」 13
「…………っ」
動かなければならない。
それは解っていた。
立ち止まり、思考を止めれば、相手にしてやられる。
食い尽くされ、溺れ、泥の底へと引き擦り込まれる。
誰も容赦してくれない。
生き馬の目を抜く闇の世界に長年生きていれば、嫌でも学ぶ。
だから、助かりたければ、前に進まなければ。
こんな闇の底で静雄を抱き締めていても仕方がない。
あいつらが憎くはないのか。
だが、どんな感情も浮かんでこない。
悔しいとも許せないとも形になってくれない。
ただ、真っ白な霧の中を漂っているようだ。
臨也は頭の回転が速い。
それは自分でも自負している。
それが停止するなどありえない。
だが、今は錆びついたかのように脳髄は沈黙している。
まるで痺れてるかのように全てが心もとない。
静雄が生命活動を停止した。
それがこんなにショックだったなんて。
静雄の暴力に一度でも触れれば解る。
まさに衝撃だ。
自販機を投げ、車を横転させ、信号機を振り回す。
その圧倒的な強さはデュラハンすら畏怖させる。
屈服するのが、むしろ快いほど、静雄は他者と絶対的な差があるのだ。
子供の頃、初めて静雄を見た時から、その衝撃と陶酔は今も続いている。
臨也は歪んでいるから、そこから発生した感情を認めることも出来ないでいるが、
それでもあの頃、スキップしながら抱えた感動を手放した事はない。
だが、静雄の命は吹き消えた。
自分のせいで。
それが臨也にはたまらない。
静雄が死んでくれたらいいと思っていたが、こんな形じゃない。
あくまで自分の策にハマってだ。
ただ、事件の連鎖や偶然で死ぬのも有りだとも思っていた。
だから、静雄が自分をかばって死んだのを、普通に喜べばいいのだ。
いつものように甘いとか、バカだとか嘲ればいいのだ。
それが常の二人の関係だった筈だ。
(いや、俺は底の底では、シズちゃんには勝てないと思ってるんだ、永遠に。
それが俺のコンプレックスだ。
サイモンの言う通り)
男として、そんな男がいるのを認められる訳がない。
並び立つどころか、聳え立つだと?
ふざけるな。
しかも、そいつが自分の為に死んだなんて許せるか。
自分を守る為に身を投げたなんて。
それでは一生、自分はその十字架を背負っていかなければならなくなるじゃないか。
ダメだ。
認められない。
許せない。
その事実が苦しくて、辛くて、受け入れたくなくて、だから思考を止めてしまう。
そんな事があっちゃいけないんだ。
そう思うほど、激しい身を捩るような喪失感に襲われる。
臨也はゆらゆらと首を振った。
ああ、それすらも建前だ。
静雄が倒れたあの瞬間、全てが吹っ飛んだ。
いつもの打算も毒ガスの脅威も頭になかった。
なりふり構わず、死に物狂いで助けようとした。
静雄を助けたくて。死んで欲しくなくて。
あれが本当の自分の姿だ。
(俺はシズちゃんが…シズちゃんの事が…)
静雄の頭をギュッと抱き締める。彼の柔らかな猫毛を握り締める。
「…痛…てェ…」
胸元で掠れた声がした。
心臓がドクンと跳ねる。
静雄の呼吸が臨也の胸元を熱くくすぐっている。
身体が震える。彼の声をもっと聞きたいと思う。
「髪の毛…引っ…ぱんじゃ…ねぇ…ノミ蟲」
静雄のくぐもった声がTシャツと胸の皮膚を振るわせる。
「退け。苦しい。息が出来…ねぇ」
本当だろうか。
離したら、全てが嘘になりそうで、怖くて、もっと強く頭を抱き締める。
「ぐぅぅぅ〜、殺す気か、クソ蟲?」
(本物だ…)
服を強く引っ張られて、臨也はようやく静雄の顔からゆっくりゆっくり胸を離す。
だが、頭をかき抱いた手だけは離さない。
彼の戻ってきた命を繋ぎ止めたくて。
やっと、静雄を見下ろした。
静雄も臨也を見返してる。
困惑したような苦笑を浮かべて。
「何で…生きてんのさ」
自分でもかわいげがないと思う言葉が滑り出た。
「死んでねぇからに…決まってんだろ」
全身安堵感で気が遠くなりそうになりながら
「残念」
と、呟く。
「勝手に殺すな」
「勝手に死んだくせに。心臓止まってたよ」
静雄は怪訝な顔をする。
「…嘘つけ」
「ホント、ありえない」
臨也はゆるゆると首を振る。
「化物」
「うっせぇ…呼ぶなよ」
静雄はほんの少し眉を顰める。
「呼ばせて」
臨也の唇が囁く。
「今だけ呼ばせて」
どうしようもなく身体が震える。
いつも彼を形作ってる理性の砦は陥落寸前だ。
どうにもならない。
「化物」
臨也は呟き続ける。
が、その声音にいつもの嫌味は感じられない。
自分を抱く手の熱さと俯いた顔から漏れる震えた声に、静雄はただ沈黙する。
「化物」
感情に押し流される。
歯止めが効かない。
あれ程疎み、嫌った力が、静雄の再生力がこんなにも愛しい。
「化物で…いてくれて、よかった」
掠れた声が静雄の耳朶をくすぐる。
「…臨也」
かける言葉が見つからない。
まるで何かに言葉を取り上げられたようだ。
静雄は臨也の頬に手で触れ、引き寄せる。
臨也が崩れるように彼の上に身を投げる。
後は、ただ互いに舌を激しく絡め合った。12へ デュラ部屋に戻る
え〜、残念ながら見本掲載はここまでです。
ちょうど、半分なのでキリもいいですし。
ちょっとでも面白いと思って戴けたら嬉しいな\(* ̄▽ ̄*)/
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