「臨也とイザヤ」 4

 

 シズオを本気で殺そうと思った。


 今に始まった事ではない。思うだけでなく、何度も実行に移した。
 でも、毒も薬も殆ど効かない特異体質だ。
 集団暴行、交通事故、拳銃、罪歌、殺しのプロに至るまで試したが、徒労に終わった。
 元々の素質をイザヤが磨きこんだ結果だから、シャレにならない。

 池袋最強。

 いや、他の何処を探してもいないかも知れない。シズオを殺せる奴なんて。
 だけど、どうしても殺したい。自分の限界をまざまざと見せ付けられている気がするからだ。
 全ての人間は掌の上で踊らせられる筈だが、実際はままならないと。

 時に人間は彼の想像を遥かに越え、凌駕し、覆せる。
 ああ、だからこそ、人間は素晴らしい。美しい。
 そして、何て忌々しい。憎らしい。
 いくら遊んでも飽きない玩具だ。


 けれど、シズオはその範疇ではない。だって、彼は化物だからだ。
 人間なら、こうもイザヤの掌から零れ落ち、逆らう筈がない。
 あんなにバカで単純な癖に、勝てない理由が見つからないのは人間じゃないからだ。

 そう思おうとした。そうでなくてはならなかった。
 だから、シズオ中心で計画を立てるのは懲りた。殺す時も物のついでだった。
 肝心な目的の達成を優先し、運よくついでに死んでくれればいい。撃たれて、斬られて、感電死すればいい。
 何処かの誰かの手によって。

 これなら、チェス盤の他の駒は自由に動かせる。
 それで済ませてきた。池袋の混沌の為に。


 だが、ある日、イザヤは知ってしまった。

(シズちゃんはカスカを愛してる)

 寝てるのだ。実の弟と。
 知った時、血が逆流した。
 学生時代、シズオが女生徒と笑いながら話してるのを見た時とは比べ物にならぬ強さで。
 イザヤ自身に道徳観念などかけらもない。
 人ラブだから、誰とでも寝て、誰とでも愛し合える。


 でも、シズオとだけは寝なかった。

 シズオは化物だからだ。人間と認める訳にはいかなかった。
 彼を認めると、イザヤのプライドとアイデンティティーが崩壊してしまう。
 でも、シズオを無視する事など何故か出来ない。
 自分の存在を彼に刻み付けたくて仕方がない。
 常に考えていて欲しかった。誰よりも。

 自分の内側を巣くってる矛盾が忌々しくて仕方がなかった。その分、他の人間を意味なく誘った。
 情報屋をやってると誘う相手は事欠かない。
 ケンカの延長とか、悪ふざけとか、酒の上の不埒とか色んな理由をつけた。
 体内に燻ぶってる苛立ちをセックスで紛らわせようとする、ただそれだけの行為だ。

 へたにその感情に名前をつけたら、笑ってしまって、取り返しがつかなくなりそうだったから、あえて目を背けていた。
 心の中に溜まっていく澱は、その場での快楽と引き換えに出来るような気がしてた。

 その匂いを纏いつかせたまま、シズオの前にこれ見よがしに現れた。
 自分と同じ位苛立ってる彼の顔を見るのが、たまらない快感だった。
 それで何とかお互いの中にある感情と折り合えるような気がしたのだ。
 破綻してる、と感じながら、毎日をそうやってやり過ごしていた。
 その澱がすえた匂いを放ち始めるまで。


 カスカの事は何となく無視していた。
 彼だけがシズオを真正面から見つめていたのを知っていたのにだ。
 トムもシズオをかわいがってはいたが、内面まで踏み込む事はしなかった。それが大人の付き合い方というものだ。
 カスカだけが、シズオに恐怖を感じていなかった。

(あんな化物を兄に持ったら、普通嫌うか怯えるのにね。
 どうして尊敬してるなんてインタビューで臆面もなく言えるんだか)

 気持ち悪い。反吐が出る。
 カスカが表情をなくしたのも兄のせいだろう。何を考えてるのか掴めないのも気味が悪い。
 その為か、芸能人としては大変な人気だが、プライベートは友人もなく、閑散としている。
 兄と同様に弟も孤独なのだ。
 自分をそうした兄を何故恨まないのだろう。笑う事も出来なくした兄を。

(だけど、人を愛する心は持ってた訳だ) 
 
 イザヤは嘲笑した。愛されてはいけないと、自分に足枷を掛け、その上、割と常識的なシズオが弟に手を出したとは考えにくい。  
 
弟が積極的だったのだろう。愛に飢え切ってるシズオは弟を拒めなかった訳だ。


 化物が化物同士つがった。自然の成り行きではある。
 あんな非常識な存在のくせに、シズオの内面は至って古風で貞操観念が高い。
 一度愛した相手を生涯変える事はあるまい。
 例え、それが弟だろうと。

(意外とそういう動物って多いんだよね。狼とか海鳥とかさ)

 それが解ってるから嫌だ。
 カスカの事などどうでもいい。
 許せないのは、シズオがイザヤを選ばなかった事だ。


 カスカよりずっと自分の方がシズオの心を占めていると思っていた。
 四六時中、彼の心を独占してるつもりだった。

 愛情よりも憎悪の方がずっと強い。強く意識してしまう。避けようとしても何故か出会ってしまう。
 目に入るのも嫌なのに、引き寄せられる。
 その反動で、相手をどうにかしたくなる。いじめ、拒絶、無視。
 方法は様々だが、イザヤは人間のそんな負のベクトルをよく知っている。
 嫌いすぎて、シズオもイザヤも互いの事しか考えられない事も。

 ただ、シズオは平和な日常に埋没したがるから、忘れないようにアピールしてやらないといけなかったが。
 儚い愛情より、一生憎んで、心に刻み付けて、忘れられない存在になればいい。
 そう思っていたのに。

(シズちゃんは孤独じゃなくなった)

 強烈な憎しみに縛られた歪んだ執着より、歪んではいても、癒してくれるぬくもりを拒めなかったのだ、シズオは。
 その時、気づいたのだ。
 一番孤独だったのは自分だったという事に。


 それまで、ただの一度も一人ぼっちという事は痛くも痒くもなかった。
 他の皆がつるんで楽しそうにしていても、嫉妬は感じても、根に持っても、心臓を掴まれるような痛さは感じなかったのに。
 なのに、シズオがイザヤに背を向けた事がこんなに苦しいなんて。別の場所が出来てしまった事がこんなにツライなんて。


 だから、殺そうと思った。

 シズオは最後まで自分だけ見てればいい。
 イザヤへの憎しみに殉じてしまえばいい。
 カスカの入る隙間なんかなくしてしまえばいい。


 同時に手段も思いついた。
 シズオは人間には殺せない。

 だけど、デュラハンなら。伝説の化物なら。
 セルティなら彼を殺せる、と。

 
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 未来編。
 あくまでパラレルワールドなので、現在と未来の設定を若干変えています。

 現在の臨也と静雄はデキてますが、臨也は自分の目的にかまけて、自分の気持ちに気づいてません。
 静雄と幽は普通の兄弟関係。幽は肉体的に兄を愛してますが、兄は普通の家族愛。

 未来のイザヤとシズオはデキておらず、シズオとカスカが恋人同士です。
 イザヤがシズオへの気持ちに気づくのは全てが終わった後です。

 同じ未来しか巡ってこないって、可能性を閉じるようなもんだしさー(笑)
 

 

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