キスキスキス 2

「…………」

 幽は感情のこもらない目でじっと彼を見つめている。眠ってるとばかり思ってたので、静雄はギョッとした。

「すまん、起こしたか」
「どうしたの?」

 同時に声がハモり、思わず小さく二人で笑う。


「何かもぞもぞしたり、溜息ついたりしてるから」
「いや、ちょっとトイレに行きたいんだけど」
「行ってくれば?」
「あ、うん、そうなんだけど、お前ら起こしちゃ悪いと思って」


 苦笑した唇に小さくキスされた。軽い羽のようなフレンチキス。
 空気のように自然に幽は静雄にキスをする。そして、また静雄の肩に頭をもたせ掛けた。
 少しうろたえている静雄を置き去りにして。


『兄さん、俺、女の子と付き合った事ないんだ。
キスシーンの練習、付き合ってくれないかな?』

あの日、ただ『キスの真似』をするだけと、勝手に勘違いした自分を呪っても始まらない。
あれから、幽は頻繁に静雄にキスをする。
まるで日常の一部みたいに。
 余りにさりげないので、いつも怒る機を逸してしまう。

『だって、兄さんを見てるとしたくなるんだ。気持ちいいし』

 幽は全く気にしていないようだ。
 二人きりの時しかしないし、ほんの軽いものだから、頭ごなしに怒れないのだが、
(兄弟なのにいいんだろうか)
 と、されるたび思う。



 それに幽は最初にベッドシーンに臨んだ時に比べれば、こんなキスなど大した事はない。

『練習相手がいないから』

 と、幽は以前のように静雄に頼んできた。無論、最初は断った。キスでもこんなに大変なのに、ベッドシーンなんて想像もした事がない。
 幽も初めてだろうが、こっちも女っ気など全くない。いつも臨也が連れ去ってしまったからだ。
 それでも、女が欲しいとは思わなかった。

『俺が愛すと、相手をケガさせる』

 幾度も痛い思いをして学んでいる。だから、いいなと思っても遠目で見るだけで十分だった。臨也が送り込んでくる刺客を退けるだけで一日が終わってしまったし。
 そのツケをまさか弟によって支払う事になるとは思ってもみなかった。
 弟とベッドシーンを演じるなんてとんでもない。


 でも『じゃあ、他の人に頼んでみる』と言われたら、何だか凄く嫌で、爆発しそうになったので、結局同意してしまった。

『じゃ、俺が上で、兄さんは女性の役だから』

心の準備をしようとしたが、無表情にのしかかられて本気でビビった。内心泣きそうになった。自分よりずっと小柄な幽がひどく大きく見えて、別人のようだった。
あの時の熱い濃厚なひと時はまだ記憶に…。



(うわっ、思い出しちまった…っ!)

 静雄は慌てて打ち消す。
 もちろん、演技だ。映画のように本番ではない。
ただ、体を密着させて、足を絡め合い、恋人同士のように舌を絡め合うのは別問題だった。
男の体は刺激に弱い。どうしたって反応してしまう。
 練習が終わった後、放心状態になった静雄に

「ありがと…」

と一言だけ耳に囁いて、幽は離れた。
 さすがにあんな大人のキスはあれ以来幽もしないし、静雄も出来る限り忘れるように努めてきた。
 なのに、今になって思い出すとは。

(イカン、忘れるんだ。ただ、演技の稽古に付き合っただけなんだから!)



 そう思った瞬間、仔猫が身じろぎした。

(……!)

 記憶のせいで敏感になってる肌が刺激されて、静雄はビクリと震える。
 横に寝ているせいで、幽が気づいたらしく、また目を開けた。

(うわっ、寝ててくれっ!)

 静雄は必死に願った。幽の瞳は黒曜石のようで、あの時の激しさを余計に呼び起こす。
 が、静雄が跳ねたせいで、仔猫も寝心地が悪くなったせいか、しきりに伸びをしたり、動き出した。

(うわっ、止めろって!)

 仔猫の柔らかな肉球が、あそこに触れている。揉まれている。   
 しかもジッと幽に見られている。
 顔に出すまいとしたが、どうしても紅くなる。目を背けようとしたが、どうしても出来ない。
 仔猫の刺激はまだろっこしいが、決定的でない分、中途半端に煽られて気がおかしくなりそうだ。
 さんざん、グリグリ刺激されて、仔猫がまた大人しくなった頃、


「どうしたの、兄さん?」
 ようやく、幽が呟いた。
「い、いや…何でもねぇ…」
 声が掠れた。

「そんなにトイレに行きたいの?気にしないで行けばいいのに」
「へ、平気だ…」

 とにかく見ないで欲しい、目を閉じて欲しいと心から思う。
 幽に見つめられていると、身体があの時を思い出して勝手に反応してしまう。

(俺、おかしいのかな)
 ともさすがに言えない。弟に反応してるなんて。

「ん…?」
 幽は静雄の涙目を見つめ、布団をいきなり軽く捲った。
静雄の股間の上に頭をもたせ掛けて眠ってる独尊丸を見つける。
「何だ、お前のせいか」
 幽は仔猫の首を摘んだ。仔猫が暖かい場所から連れ出されて、にーと抗議の声も上げるのも構わず、引き寄せて抱き上げる。

「もう、ダメだろ。独尊丸は。おいたしちゃ」

 刺激がなくなった事で、静雄はようやく安堵した。別に性的ないたずらをされた訳ではないのだが、何かひどく疲れる。
 幽は半立ちになってる静雄のものをいきなり掴んだ。


「これは俺のものなんだからさ」


「え……?」
 静雄は一瞬、完全にフリーズした。何だか失神してしまったようだ。何か記憶しておくのも、おぞましいセリフを聞いてしまった気がする。


「起っきして、ご飯にしちゃおうか。おいで、独尊丸」

 幽は何もなかったような顔でベッドから降りる。
「お、おい、幽…」
「あ、兄さん。今日の朝ごはん、何にする? フレンチトーストとポーチドエッグにしようか?」


 いや、そんなものはどーでもいいんだ。お前、今さりげなく何やった? 俺に何やった? 俺のものって何? 俺ってお前から見ると一体どう思われてる訳? 聞きたいが聞きたくない。
 何か俺達が兄弟として築き上げてきたものが一瞬で瓦解しそうな気がして。
 静雄の頭はグルグル回転したが、幽は仔猫を引き連れてスタスタと出て行ってしまった。


(…か、からかわれたのか?)

 仔猫に刺激されて、情けなく反応してる兄を。
(い、いいんだか、悪いんだか…)
 怒る気も失って、すっかり静雄は脱力した。 

エンド



ヤフードーム参加しないので、コピー誌より。
仕事が多忙な幽が目論見なくて、仔猫なんか飼わないと思うので(笑)

ホント、他のアイドルとかどーしてるのかな?

この続きは帰宅してから載せます。

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