「プレミアムシート」6



「くそっ…」
 舌打ちすると、静雄はゆらりと立ち上がった。


 前方の客席に向かうと、いきなり客の頭を引っ掴む。客は恐怖の余り、叫びもせず抗いもしない。
 軽々と持ち上がった男の体を、静雄はいきなり真っ二つにへし折った。枯れ木を折るような音が響く。
 マネキンの頭がゴツンと壁にぶつかる。マネキンの上体と下半身を繋ぐ太い金具が呆気ない程簡単にねじ切れた。
 静雄はマネキンを投げ捨て、数体繰り返した挙句、女のマネキンの上半身を臨也に向かって投げつける。
 床に座り、座席のクッション部分に背中を預けたまま、臨也は首をひょいと曲げた。
 マネキンの腕はナイフのように背凭れに突き刺さる。

「あらら…客席壊しちゃダメだろ、シズちゃん。せっかく今まで我慢してたくせに」
「うっせー。客なんか一人もいねぇじゃねーか! こんなつまんねー手で騙しやがって!」
「そのつまんない手にあっさり引っかかったのは誰かな?」
 肩を震わせて笑うと、また別の人形が飛んでくる。

「どうせ手前が借りてんだろ、ここ。なら、いくら壊したって俺の腹は痛まねぇよ!」
「どうかな? 余りひどいと、弁償金を払うだけじゃ済まなくなる。劇場側も被害届を出すと思うね」
 その言葉に静雄はマネキンを投げるのは止める。幽にだけは迷惑をかけたくない気持ちは揺るがない。

(ホントにシズちゃんて、梃子でも動かない部分を持ってるよねぇ。面倒臭い)

「次に会ったら、この人形みたいに真っ二つになるのは手前だからな」
「おっかなーい」
 臨也は笑いながら、女性のマネキンの腕に頬ずりした。
「そんな下半身だけむき出しで、ズボン履かずに仁王立ちされてもかっこ悪いよ、シズちゃん。
 まるで「探偵物語」のOPの松田優作みたいだ」
 そう言う臨也もほぼ全裸なのだが、ふてぶてしく笑ってまるで気にしていない。

「松田って誰だ? 同級生か?」
「ごめん、シズちゃん、ドラマ見ない人だったね」
「うっせーよ、生ゴミ」
 静雄は落ちていたズボンを引っ掴むと手早く履く。静雄は幽が出るドラマ以外ほぼ見ないし、見ようとしない。
 自分と同じく現実にしか目を向けないからだと臨也は思う。

(共通点はあるのに、何で俺達は重ならないんだろうね、シズちゃん)

「もうエンドロールじゃねぇか! 畜生、手前のおかげでラストがさっぱりだ。
 幽と彼女がくっついたのはいいとして、幽の友人が何でマフィアのボスとデキちまってんだよ。
 しかも男同士で、何で皆に祝福されてんだ。殺人事件は? 船のハイジャックはどーなったんだ。訳判んねー!」

 舌打ちしながら、静雄はドカッと椅子に座る。
「ノミ蟲、もう一回上映するよう、支配人に言ってこい」
「ハァ、何言ってんの? 最近の映画は客入れ替え制なんだよ? 第一、俺はシズちゃんのパシリなんかしないからね」
「うぜぇ、手前の事だから二回分以上契約してんだろ? さっさと行ってこい!」
 静雄は天井を睨んだまま、横柄に怒鳴った。

(…ったく、余計なカンはいいんだよね)
 臨也は呆れる。
 入れ替えで入る客にこの状況を見られても困るし、マネキンの事もあるから、確かに半日分は貸し切ってある。
 さすがに長年の付き合いか、その程度は読めるらしい。

「ハァ〜、抱いたらいきなり俺の嫁扱いで亭主関白な訳?」
「抱いてねぇ。強姦だ。そう手前が言ったろ。俺は好きな奴としかしねぇんだ。お前を抱いた訳じゃない」
「何、その欺瞞。確かに言ったけど、レイプ犯に大きな顔される筋合いはないよ。
 第一、行けって言うけど、服ビリビリに破いてくれちゃって、この格好で行けっていうの?」
 静雄は天井を睨んだままだ。

「知るか。手前にゃ似合いだ。目障りなんだよ、ノミ蟲」
「シズちゃんのせいで動けないんだけど」

 静雄はギロリと臨也を睨んだ。臨也の足の間から出血している。
 ケンカの血は見慣れているし、臨也が唆した結果なのだから、罪悪感は皆無の筈なのだが、少しだけもやついた。

 確かに欺瞞だ。俺は臨也とやった。臨也を拒否し、この部屋を出て行くという選択肢を選ばなかった。
 多分、それはこの結果を受けて幽を選ぶと、幽を汚すような気がしたからだ。


 だが、それだけなら何故俺は臨也を見ると、こうもイライラするのだろう。あの血を見るのが嫌なのだ?
 暴力も暴行も相手を破損させる点では同じ事ではないか。

 物事は単純がいい。臨也など大嫌いだ。
 なのに、臨也は事態を複雑にしてしまう。感情をかき回す。
 臨也の胸に溜め込んでいる歪みは底なしに黒く、禍々しい。まるで池袋の闇を凝縮して歩いてるようだ。
 時折、罪歌のように瞳が紅く見える程、殺意を抱いた瞬間の臨也は静雄ですら目を奪われる。
 ナイフだけで静雄とやり合えるのは臨也だけだ。

 
 だから、こんな曲がった方法でしか抱き合う事も出来ない。
 人に触れられるとも思っていないし、考えようともしない。
 確かに臨也自身の罪の報いだ。こういう性格だから仕方がない。若さや経験不足は言い訳にならない。

 街の闇はどんな悪も育む代わりに、その闇も容赦なく噛み砕いてしまう。
 だが、街の真の闇はそれをも取り込んでそ知らぬ顔が出来るほど、禍禍しくおぞましい。


「うぜぇ、うぜぇ、うぜぇ!」
 静雄は荒々しく立ち上がった。臨也の傍らに立って見下ろす。

「欲求不満で俺に八つ当たりすんのは止めろ、ノミ蟲。
 手前の反吐を俺にぶちまけといて、まだそんな甘えた口を利きやがるのか!」

 臨也はじっと静雄を見上げた。苦い笑みがゆるりと浮かぶ。
「悪いね、シズちゃん。他に当たる人がいなくてさ」


 胸の中の理由の知れないもやついた塊にカッと火花が散る。寝たから情が移った訳では決してない。
 だが、静雄は衝動的に荒々しく臨也の口を塞いでいた。
 臨也のそんな笑みなど見たくはなかった。
 激しく舌を絡め合った後、臨也をそのまま抱き上げる。

「え、ちょっ…、シズちゃん?」
 驚く臨也も無視して、静雄は劇場の扉を開いた。そのまま紅い絨毯の上に臨也を投げ下ろす。
「わっ! シズちゃん、何を…!」
 それ以上言わせず、静雄は臨也の頭にファー付のコートを投げつけた。

「二度と俺に絡むんじゃねぇ、ノミ蟲! それからさっさと映画を始めろ!」

 返事も待たずに静雄はドアを閉めた。消音設備の整ったドアにも関わらず、凄まじい勢いでバウン!と締まる。
 静雄の怒りが伝わるようだった。



「ったく、キスなんて。殴られた方がマシだったかな」

 臨也は唇に指で触れた。

 八つ当たり、か。まぁ、そういう事にしておくか。
 俺は過去の事で傷ついてなんかいないし、誰が上を通ろうがその顔も思い出せない。
 あれも人間観察の一種。俺が傷つけた人間と同じ。

 意味のあったのは、数人だけ。首なしライダーや帝人達だけ。
 そして、平和島静雄だけ。


 静雄をどうしても手のひらの上で踊らせてみたかった。彼とダンスしてみたかった。
 だから、お膳立てし、見事うまくいった。
 あんなシズちゃんの顔は見たことない。あの怒りも激しさも全部体に焼き付けた。
 ほとぼりが冷めたら、またからかいに行こう。
 きっかけは作った。道も出来た。
 シズちゃんはもう俺から目をそらせない。俺を拒めない。
 一度知ってしまったら、続けてしまう。性行為はそういうものだ。

「ふふ…」
 誰もいないロビーにひそやかな笑いが響いた。
 笑いながら、臨也はもう一度唇に触れる。


 シズちゃんは何故、今キスなんかしたんだろう。
 俺の事をホントに八つ裂きにしたかったろうに。
 嫌がらせなどする男ではない。その前に殴るからだ。
 静雄が自分に対し、憎しみ以外の感情など抱く筈がない。

 答えが判らなかった。静雄の行動の理由など、そんなに難しくない筈なのに。
 解らない事に、臨也は初めて微かな苦さを感じた。

エンド


3話放映直後に思いついた話。
当時はまだ原作を読んでおらず、幽を知らなかったので、最初はもっと短かった。
甘々のシズイザも好きなんですが、やはり臨也は悪であって欲しい。
悪意のない臨也は物足りない。

ただ、それだと淋しいので、反動でこの次の話で仔イザヤを出してしまった(笑)
おかげでシズちゃんは体が幾つあっても足りない事に(^_^;)
まさにHeavy Rotationだね。

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