「うちゃやとしずお」1

 

(クソッ)
 書類が頭に入らない。

『逢イタイ…』
 自分の中で、自分と別の魂のかけらが騒いでいる。
『逢イタイ…。シズチャンニ、逢イタイ』


「うるさい!」
 臨也は苛立ちながら壁を殴った。


 毎日こうだ。
 どんなにののしっても、押し込めようとしても、体の奥底からざわめいてくる。

 イザヤのせいだ。

 先日、森厳の罠にハマり、静雄の実験の被験者として拉致されてしまった。
 その時ネブラを裏で操っていたのが、もう一人の彼―イザヤだった。
 イザヤは未来でシズオを殺しており、自責の念の余り、過去に戻って全てをやり直そうとした。
 臨也を殺して、すり替わろうとしたのだ。

 が、世界は別の選択肢を既に選んでしまった人間の望みをかなえはしない。
 臨也と静雄はその時結ばれ、望みを断たれたイザヤは静雄をかばって散り、この世界から去ってしまった。

 が、このまま世界が続けば、また臨也は静雄を殺してしまう。
 そう危惧し、イザヤは自分のかけらを臨也の中に残していった。
 静雄を守り続ける為に。

(コンピューターから転送された、ただのデータのクセに。
 馬鹿馬鹿しい。ホントは自分がシズちゃんの傍にいたいからだけじゃないか)

 イザヤは静雄を愛していた。
 狂ったように愛していた。
 あの小さな体でどんな想いを秘めていたか、魂のかけらを得て始めて解る。
『シズちゃん、シズちゃん』言い通しだ。
 園原杏里がよく罪歌の呪いで狂わないもんだと思う。

(つけっ放しのTVか街宣車みたいに、スルーしちゃえば楽なんだろうけどさ)

 罪歌は臨也と同じく人ラブの何でもござれだが、平和島静雄一人に固執している訳ではない。
 一度こっぴどくフラれて、諦めはしていないものの、彼女の子孫を残すに足るなら静雄でなくてもいいからだ。



 だが、イザヤは徹底している。

『シズちゃんが好き…大好き!愛してる。一緒にいたい。逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい!シズちゃん、シズ…』

 これだけ叫ばれたら、臨也もどうでも意識せざるを得ない。
 ぼーっとしてると、いつの間にか静雄の事を考えてる。
 彼が今何をしているか気になって仕方がない。
「静雄注意報」をついチェックしてしまう。
 彼の仕草を、手の動きを、声を頭の中でリピートしてる。
 静雄のDVDをエンドレスで流してしまう。
 明日出会ったら一番に何を言うか考える。
 平和島の駅を通過するだけでドキドキしてしまう。 
  
 眠っても夢を見る。
 学生時代。池袋の街角。場面は違えど、いつも最後は愛し合ってる。
 他に誰もいないみたいにむさぼり合う。まるで盛りのついた猫のようだ。


 おかげで仕事まで手につかない。
 池袋の事すらどうでもよくなる。
 まるで熱病のようだ。
 静雄の事が一杯で自分を見失いそうになる。

 それが嫌だった。
 自分の心は自分のものだ。
 例え、もう一人の自分だろうと、イザヤの心に振り回されるのは気に食わない。
 静雄への気持ちは自分で決める。
 抱かれてるのだって、自分の意志だ。
 イザヤが欲しがるから与えているのではない。


 静雄の事は今でも大嫌いだ。
 計画に邪魔になるし、何をやっても死なない。

 臨也は書類にチェックを入れるのを諦めて、ボールペンを机に放り出した。
 椅子の背凭れに頭を乗せ、顔を腕で覆う。
(今だって、仕事を邪魔してくれてるしさ)

『ほら、隙だらけだ』
 昨夜も別れしな、四木に耳たぶを軽く噛まれながら囁かれた。
『何に気を取られてんだか、お前らしくない。
 気を抜くと、足元すくわれるよ』

 四木は嗤っていた。
 確かに仕事にも情事にも浮ついた所を見抜かれてるのだろう。
 静雄以外の事に気が入ってないのは事実だ。

 解ってる。
 最初から住んでる世界が違う。
 静雄は臨也の世界に墜ちて事は決してない。

(あんなデリカシーのない、ルール無視のシズちゃんなんか死ねばいいのに)

 だから、以前のように振舞えばいい。
 気まぐれに静雄の心をかき乱し、掴みどころのないまま、翻弄し続けるのだ。
 静雄も、自分の心も見えぬ迷路の中でいい。

 確かに静雄が完全に死んだと思った時はうろたえた。
 あらぬ言葉を口走った。
 あんな事は百年に一度の例外だ。
 だから、気にしなければいい。


 だが

『化物で…いてくれて…よかった』

 臨也は目を瞑った。
 あの時の心臓をギュッと握り締められたような切なさ。苦しい程の愛おしさ。むせるような歓喜。
 忘れられない。
 どうしても。

(チク…ショー)

 いざとなると、静雄に死んで欲しくない自分がいるなんて。

 駄目だ。
 認められない。
 なりふり構わず静雄を助けようとした事なんて忘れなければ。
 黒歴史として闇に葬ってしまわなければ。



 なのに
『俺は好きな奴としかやらねぇ』
 という静雄に身を委ねた。
 ギリギリまで静雄をコントロールして、自分の支配下に置きたかったのに出来なかった。

 全く忌々しい男だ。
 他の人間は手玉に取れるのに、何故あの男だけ出来ないのか。
 あの時、静雄に抱かれたくて気が狂いそうだったのは、森厳から与えられた媚薬のせいだ。
 静雄に発情したんじゃない。

 だが、新羅はそれをあっさり否定した。

『父さんが他の被験者と別に、君にだけ媚薬を飲ませたなんてないと思うな。
 静雄に飲ませてないなら、比較実験の意味がないしさ。
 むしろ、それは偽薬効果(プラセボ)じゃないかな。
 君が父さんの薬のせいだと思い込みたいだけさ』

(…嘘だ。
 あの悪戯好きの森厳ならやりかねない。
 第一、俺が静雄を好きで好きでたまらないというのか? 
 生き返った事が嬉しくて、シズちゃんを確かめたくて、あんなに身体が火照ったっていうのか?
 冗談じゃない!)


 絶対認められない。
 あの事件のせいで、自分の秘めていたもの、あえて目を逸らしていた事実が、全部白日の下に曝されてしまったなんて。
 黒幕気質の人間にとっては最悪ではないか。
 だから、さっさと忘れてしまいたかった。
 静雄と元の関係に戻りたかった。
 憎しみと快楽が高波のように往復する嵐のような関係に。

 だが、イザヤの囁きはそれを許してくれない。
 臨也は溜息をついた。
 心も身体ももやもやする。このままでは収まりそうもない。

『シズちゃんに逢いたい…』

 イザヤに釣られたとは思いたくない。
 でも、静雄の顔は見たい。
 臨也はコートを掴んだ。

(からかうだけだ。ちょっと顔を見るだけ。
 シズちゃんと軽く鬼ごっこやって身体をほぐしたら、気分だって晴れる)

 でも、決してそれだけで済まない事は解っていた。

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スパーク新刊本。
連載しないとエンジンかからないので、毎日集中で。
出だしがシリアスなのに、タイトルがふざけてるのは、エロとギャグだけの本だからです(笑)

タイトル通り、臨也がうさぎさんになっちゃう話。
いつまでたっても素直になれない臨也をいじめたい、仔イザヤの逆襲。
シズちゃんが巻き込まれるのはディフォルトで(笑)

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