「うちゃやとしずお」 6

 

「もー、子供殴るなんてサイテー! 児童相談所に密告してやる!」
「うるせー! 中身は23の男を殴って何が悪い?」
「先生、暴力はいけないと思います!」
「害虫駆除は法律で禁止されてないだろうがっ!」

 ケンカしながら、静雄は押入れの奥を引っ掻き回していた。
 臨也の着替えを考えないといけない。
 今は臨也の長Tシャツだけ着せてるが、一緒に買いに行くとしてもこの格好のままでは無理だ。
 確か実家から引っ越してきてしばらく経ってから、何処かで見た覚えがあるのだが。

(しかし、これもイザヤのせいか。
 ノミ蟲の奴、何にも言わねぇから、あいつが中にいるとかちっとも知らなかったぜ)

 簡単な経緯を聞いたが、気持ちは複雑だった。
 臨也が自分を好きという気持ちに、イザヤの影響は少なからずあるのか。
 それとも、臨也自身はどうなのか。

 静雄はイザヤが好きだ。
 自分を愛してると言ってくれたあの子供はかわいい。

 でも、自分が一番愛してるのは臨也だと思う。
 今更、この気持ちは変えられない。
 ただ、臨也が素直に自分を出しきれないのは、イザヤの影響を嫌ってるせいではないかと思うと不安になるのだ。
 臨也はいつまでも態度を「保留」し続ける。
 自分の気持ちに正直な静雄には、その理由がよく解らない。

「何も履いてないと、裾がスースーしてイヤだなぁ。
 せめて、パンツくらい買ってきてよ、シズちゃん」

 臨也はベッドの上で片膝立てて座っていた。
 Tシャツが大きすぎて、肩からずり落ちかけている。
 10歳くらいの年齢は幼児期を脱ぎ捨てる少年の境目だ。
 そのせいか、臨也には神秘的で清潔な色香が漂っていた。
 Tシャツから覗く細い肩は滑らかで触れてみたくなる。
 何も着てないTシャツの片足を挙げた暗がりに目を凝らしたい。

(バカ…俺、今日もう散々こいつとやったじゃんかよ)

 だから、静雄は衣装探しに没頭した。
「クッソー。何で俺がノミ蟲のパンツなんか…あっ、あった。
 おい、これ着てろ」
 静雄は衣装ケースから子供服を引っ張り出した。

「何、これ。何で持ってんの? 
 ま、まさか、シズちゃんは禁断の児童愛好者…っ」
「人聞きの悪い事を言うなぁっ! 
 俺がガキん時、着てた奴だ。引越ん時、紛れてたんだな」
「えー、シズちゃんの服ぅ? うわぁ、ナフタリン臭ぁ」
「幽のだったら、あっても着せねぇけどな。
 贅沢言ってないで着てろ。目のやり場に困…」
 言いかけて慌てて口を塞いだ。臨也はニヤニヤ笑う。
「そうだね〜。俺、今、何も履いてないもんね〜。
 シズちゃんのエッチ〜w」

 臨也はTシャツの裾を摘んで、見えるか見えそうでない位置までちょっとめくる。
 静雄は一瞬ドキッとしたが、動揺を隠す為、臨也の頭をはたいた。

「あたっ、もう暴力反対!」
「うるせー! ガキのチンコなんかで勃つかぁ!」
「やだ。結構そそられてる癖に」
「ガキのお前に手ェ出す訳ねぇだろ!?」
「そうだねぇ。シズちゃんはおっきいから裂けたら困るもん。
 じゃ、当分セックスはお預けだねっ。もしかして…永遠?」

 静雄は青くなった。
 子供の臨也はかわいい。ずっと、ギュッとしていたい。一緒にお風呂に入りたい。

 が、それとこれとは話が別だ。
 セックスの悦びに目覚めたばかりなのに出来ないとは。
 欠かさず毎日やってきた上に、恋人と一緒でお預けは大変ツライ。

 臨也も言ってしまってから気づいた。動転する。
 静雄と出来ない。
 こんなに好きなのに。肌が合ってるのに。欲求不満で死んでしまう!

「…………」
「…………」

 気まずい沈黙が続いた。


(でも、明日になったら、ボン!と戻っちまうかも知れねぇし)

(子供だから発情しないとか、淡い期待はしない方がいいな。
 何とか、この体でやる方法って…アレ以外にないかな)

 両者とも背を向けてグルグル考える。
 人生こんなに危機感感じて、必死になったのは初めてだ。

「お、ピッタリじゃねぇか。よかったな!」
 臨也が服を着たのを見て、静雄は必要以上に声を上げる。
 この嫌な空気を晴らしてしまいたかった。
 臨也は洗いざらしのTシャツとジーパンに触った。

「…安物だなぁ。
 今は仕方なく着てあげるけど、早くちゃんとしたの買ってよね。
 あ、俺指定のブランドでないとイヤ!だから」
「安物で悪かったな!」

 臨也は笑う。
「ありがと」

 腕にギュウッとしがみ付いてニコッと微笑むと、
 静雄は照れたように「おぅ」と言った。
 他人なら(チョロイな…)と思うところだが、今は別だ。

 本当は少しドキドキしていた。

(シズちゃんの子供の時の服)

 初めて人を投げ飛ばす静雄を見た時の興奮は今も胸に焼きついている。
 あのときめきだけはこんなにも汚れた大人になってからでも色褪せない。
 純粋でピカピカ光ってる。

「あ、いけねー。待ち合わせの時間に遅れるっ。
 くそ、シャワー浴び損なったな。
 臨也、お前、留守番しとけ」
 静雄は時計を見て、慌てて立ち上がった。

「やだ。こんなTVも新聞もない部屋。
 いいや、俺も仕事あるから一緒に出る」

(さっきは散々、一緒に仲良くを嫌がった癖に…。
 かわいいじゃねぇか)

 静雄は内心おかしかったが、臨也がへそを曲げるといけないので口にしない。

「…あれ、ホントだったのか」
「俺、シズちゃんよりずっと高給取りなんだけど。
 労働時間もきっとシズちゃんよか多いよ」
「お前、昔っからマメだもんなぁ。好きな事には。
 けど、どーすんだよ。そのナリ。
 商談なんか行けないだろ。
 街、歩くのもヤバいんじゃねぇか?」
「そうなんだよね」

 臨也はうさぎ耳を引っ張って溜息をついた。
 ウサギに興味はなかったが、相当耳の長い種類らしい。
 臨也の腰まで垂れ下がっている。
 せめて猫耳なら帽子で隠せるのに、ここまでハデだとどうにもならない。


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