「うちゃやとしずお」 7
「いいさ。子供だったらコスプレで通るでしょ、きっと。ここ池袋だし。
それに今夜の商談は別に直に会う必要はないんだよね。
ただ、パソコンはどうしてもいるんだ。ここじゃ、メールチェックも出来ないし」
臨也は静雄を振り仰いだ。小さな手でキュッとズボンを掴む。
「だから、行こ」
「何処へ?」
「新宿」
「はぁ? 冗談じゃねぇ! 俺も仕事だ」
「俺の仕事だって大事だもん。この世界信用が大事だから」
「俺のトムさんからの信用はどうなる!?」
「あの人、シズちゃんに甘いから大丈夫じゃないかな?
俺の仕事相手は言い訳しても、コンクリートの靴を履かせて海水浴に連れてく人ばっかなんだよ。
俺をかわいそうだと思わないの?」
「トムさんの事を勝手に決めるな。大体、お前がそういう海の家を好きなだけだろう」
「別にこの仕事は好きじゃないさ。向いてるだけ。
じゃ、シズちゃんはいたいけな俺に一人で電車に乗れって?
ちっちゃな俺に一人でパソコン運べって?
人でなし。悪魔」
静雄が手を上げると、臨也はサッと両手で頭をかばった。その仕草がかわいい。
静雄は渋々手を下ろす。
子供相手だと忍耐力が養われるというのは本当らしい。
「まぁ、電車はともかく、俺んちにPC運び込むつもりか?置くとこねぇぞ」
「そうだねぇ。
配線工事やってる暇ないし、PC三台だとこんなボロアパートで電圧足りるかな?」
「いい加減にしろ。そんなナリなんだから、子供らしく留守番してろ。
メシはカップラーメンとクッキーがあったから、今夜はそれで済ませとけ。
あ、俺のプリン食うなよ」
身支度を整える静雄に臨也は抗議する。
「何その献立。カップ麺も冷凍食品も人間の食べるもんじゃないよ!
何か自分で作るから食材ないの?」
「帰って寝るだけだから、飯は殆ど外で済ますんだよ」
「もう一人暮らしの貧乏人の借金持ちのクセに、よくもそんな不経済な事してるよね。
…うわ、ホントにからっぽ。
プリンと牛乳と梅酒とつまみしか入ってない! やだもう、この家」
冷蔵庫の貧弱な中身に臨也は絶句する。
「とにかく、うるせー。ウゼェ。いろったらいろ!」
「行くったら行く!」
臨也は静雄の腰にギュッとしがみついた。
「もし、連れて行かなかったら、俺、泣くからね。喚くからね!
窓全開にして、アパートや近所中に響き渡る程、叫び続けるからね」
臨也はフゥッと深呼吸した。絶叫する。
「ギャーッ? 痛いよぉ! お父さ〜ん、やめてぇぇえええ!
ごめんなさい! 痛いよ! 謝るから!
もうしません! だから、ぶたないで!
蹴らないで! ごめんなさい!
痛いっ!痛いっよぉぉ!
やだぁぁああ、お父さーんっ?」
「やめろぉぉおお! 体裁の悪いっ!」
静雄は慌てて臨也の口を塞いだ。
「もがが…」
「大体、誰がお父さんだっ!?」
「俺がここに住むようになって、ベランダに子供服干したら、近所の人はそう考えると思うけど」
「この野郎〜〜〜っ」
静雄はギリギリと歯軋りした。
「解った。ただし、俺の仕事が終わってからだ。
それまでは携帯とかネットカフェとか、そういうので何とかしてろ!」
臨也はニコッと笑った。
「いいよ。俺も仕事をシズちゃんに見られたくないしね。
でさ、シズちゃん?」
「何だ」
アパートの鍵を締めながら、静雄は臨也を見下ろした。
「これを機会に一緒に住まない?」
「え?」
「新宿に来ないかって言ってるんだ」
トントンと音を立てて、臨也は階段を下りていく。
「でも、お前…」
「うん、俺はずっとシズちゃんと距離を置こうとしてた。
今だってやっぱりそうしたい。
けど、こんな体になっちゃって、シズちゃんに頼るしかないからさ。
一緒に暮らした方がいいと思うんだ。
だけど、俺の仕事はここじゃ無理だ。
俺は仕事を辞めたくないし、シズちゃんの知ってる事務所は色々ヤバイんでね。
セーフティハウスのどれかを考えてるんだけど」
静雄は髪の毛を軽く掻き回した。
「…ったく、もっとロマンティックな誘い方をしろよ。
お前の都合ばっかじゃねぇか。
俺は池袋を気に入ってる。俺の都合はどうなんだよ」
「俺は夢を見ないんだよ、シズちゃん。至って現実的さ。
けど、シズちゃんは新宿からでも通えるでしょ?
俺も仕事をセーブしなきゃいけないし。
これでもさ、譲歩してるんだ、随分。
かわいく子供子供してあげたいんだけどさ」
(俺は自分の心に誰かを踏み込ませるのが苦手だ。
誰かと住むのが、リズムを狂わされるのが嫌いだ。
俺がシズちゃんを嫌いなのは、そういう人間の筆頭だからだけど。
でも、好きになっちゃったから、俺も何処かで折れないとね)
こんな体にならなかったら、絶対言わなかった。
そう思うとイザヤが憎らしくて、でも一歩踏み出した事に感謝すべきなのだろうか。
|