「笑顔 2」

 

「何だよ、相変わらず東部はゴタついてんなあ」
 ヒューズはグラスを片手に笑った。イシュヴァールの内乱以来、傭兵崩れの過激派や暴動で、東部の治安は乱れる一方だ。検死、監査でセントラルからヒューズがわざわざ調査に訪れねばならない事件も頻発している。「青の団」だけでなく、線路爆破など公共施設は狙われる頻度が高く、最近ダイヤはあってなきがごとしだ。
 その日、出発予定だったヒューズやエド達は結局、足止めを喰らい、この司令部で小さな夜更かしパーティを開いていた。
「そう言うな、ヒューズ。これを捌いてみせれば、セントラルへの足がかりになる」
「所詮、いたちごっこだぜ?」
「…戦さでの昇進より、マシだ」
 小さく苦く呟くロイの横顔をヒューズは見るともなく見つめ、苦い息を酒の中に隠した。
「いいぜ、またお供しましょ。イシュヴァールで砲煙かいくぐった仲だ。まあ、お前が早くセントラルに来てくれた方が俺も嬉しいしな」
「ヒューズ…」
 ロイは友の顔を見た。
「グレイシアの友達でさぁ、まだ独身の美人がいるの!グレイシア程じゃないけど、その子と見合いしない? 料理がうまくて、ピアノうまくてねえ、父親は銀行家だし、いい話だろ。
 お前もそろそろ落ち着いてさぁ、二人で娘の自慢し合いっこしようよぁ?お前の娘ならきっと美人だぜぇ?」
「ヒューズ!」
 怒るロイをヒューズはケラケラと笑った。
「そう言う話に興味はない」
「そう言う話にいつになったら、耳を傾けんだよ、黒豆」
 ロイは横目でギロリと元学友を見据えた。
「そのあだ名は好かんと、何度言ったら解る?」
「いくつになっても、お前に余裕が出ない限り、何度だって言ってやるさ、ロイ。
 戦争は終わったんだ、前に目を向けろ。自分の幸せを考えたってバチは当たらん」
 ロイはしばし黙ると、吐き捨てるように囁いた。
「……まだ、何も終わってない、あの日々は。……それにこれが俺の前の進み方だ」
 ヒューズはいつも通り肩をすくめた。根気よく話し続ける。それが彼の口説き方だ。グレイシアにもそうだった。内乱で何を見、何をしたか、つぶさに知っているだけにヒューズはそれ以上何も言わない。ただ未来を提示する。
 道は一つではないと。
 脇道があってもいいのではないのかと。
「ま、いいがね。ともかく、きな臭いのは東部だけじゃない。この国全体が歪んでる。お前さんのセントラル復帰は近いぞ、ロイ」
 ロイはチラと不敵な笑みを浮かべた。ヒューズはそれを満足げに見つめる。
「私室にいい酒をとってあるんだが」
「へぇ、司令部なら、役得でいい酒を接収できるんだろうな」
「ちゃんと自費だ。情報部にしっぽを掴まれてたまるか」
「へーへー、謹んでお供します」
 ヒューズはニヤニヤ笑う。ロイも釣られて笑いながら、ふと視線に気づいた。エドワードが自分を見つめている。相変わらず、鎧の弟と一緒だ。夜食を平らげて、弟やリザと子犬を挟んで、はしゃいでいたのは知っていたが、今まで自分を見ていたのには気づかなかった。
 いつものあの敵意と挑戦に満ちた視線とは違う。何となく不快げな、そこはかとなく眉を寄せた顔。あんな目で見られるのは初めてだ。
(何だろう?)
 見返すと、ふいと目をそらした。子犬に目を落とし、撫でている。弟が話しかけたのだろう。顔を上げ、アルに向かってこぼれるような笑みで、何か答え返している。
 何となく、ムッとした。
(私にはあんな顔で笑った事はないくせに)
「ロイ」
 そう思いながら、ヒューズの声に誘われるように身を翻した。
 エドワードの心の向こう半分は、常に弟の事で占められている。そんな事は百も承知なのに、ヒューズの側にいるのに、何故それが苦々しいのか解らない。
 解らないまま、それを扉の向こうに閉め出した。

 


(何だよ、大佐は。ヒューズ中佐の前だとあんな顔しやがるのかよ)
 エドワードは初めて見る大佐の、軍人ではない普通の男の笑顔に驚いていた。
 自分を常に下に見る男の、見た事もない普通の顔だった。あんな顔をするとは思わなかった。常に高飛車で、嘲笑う顔しかエドは知らない。
 あんな大佐は知らない。
 それが何故か、ひどく悔しかった。あんな顔をまた見たいと思った。ごく普通に仕事や任務抜きで。
「兄さん、子犬は成長が早いねえ」
 アルの声がエドを振り返らせた。
「ああ。初めて見た時はまだ目が開いたばっかりだったのにな!」
 ほんの一瞬、ざわつく心をアルに見せたくないとエドは思った。何故、見せたくないか解らないが、それを振り切るようにエドは子犬を撫でた。
 アルもそっと犬を撫でている。そういえば、アルはデンといい、犬や猫が大好きだ。修行で島にいた時も狐の子をいつの間にかなつかせていたっけ。
「なあ、アル。元の身体に戻ったらさ、犬や猫を飼おうぜ」
「え、本当、兄さん?」
「その代わり、鎧の中で野良猫や子犬飼うの禁止! ノミが俺に移って困るんだ」
「えー、そんな! 兄さんの人でなし!いいじゃない、だって…」
「駄目、絶対駄目!」
「あら、じゃね、今日、一晩、ブラックハヤテ号を貸してあげてもいいわよ? ちゃんと洗ってるから大丈夫。本当は一緒に寝てみたいでしょ?」
 リザが笑った。
「え、本当?」
「やった、へへ。本当はいっぺん犬と寝てみたかったんだ!」
「兄さんたら」
 エドとアルは顔を見合わせて笑った。
 さっそく寝床を作ろうと、部屋に戻って駆けていく。

 

(しかし、解りやすい人達ね)
 残されたリザは苦笑交じりに溜息をついた。視線、気配。場の雰囲気。それを読めないようでは副官は務まらない。しかし、それを安易に表に出さぬ のも副官の務めだ。
 釘は効果的な時に刺してこそ、釘の意味があるのだから。
(さて、いつ刺して差し上げようかな)
 リザはほんの少し人の悪い顔で笑った。

エンド

掲示板1発書きSS。
四角関係の男ども。これはアルエド、ヒューロイ前提のロイエド。なので、そんなに二人ともギラギラしていない。どっちかっていうと、ロイエドはこういう感じの方が好き。
やっぱり、軍部を仕切ってるのはリザさん、て事で。

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