「ごめん、待った?」


 「あ、あそこのお菓子屋さん、改装オープンしたんだ」
 アルが嬉しそうに首を向けた。エドはふ〜んと同じ方向を見た。
 が、アルの巨体が邪魔になっているのと、少し距離が遠いのかよく見えない。
 首を伸ばしたり、体を傾けていると、アルが自分を見下ろしているのに気付いて止めた。アルは別 に笑っている訳ではないのだが、こんな時、自分が小柄なのだと意識されて困る。
「…………何だよ」
「あ、うん。あそこのケーキとクッキー、おいしいんだよね。兄さん、好きでしょ?僕、買ってこようか?」
「いいよ。どうせ凄い人だろ?」
 エドはさっさと歩き出した。身長が絡むとどうしてもイライラする。アルの慌てたような声がそれに気付いていると解ったから、尚更だ。
「平気だよ。兄さん、これから大佐と打ち合わせでしょ? 書庫で時間を潰すのもいいけど、昨日も行ったばかりだし、お菓子買ってる方がいいや」
「いいよ、菓子なんて」
 確かに今日は機密絡みで、アルを同席させる訳にはいかない。ただ、今お菓子を欲しい気分ではなかったし、アルに気を遣わさせているのが面 白くなかった。望んで取った国家資格だが、壁一枚二人が隔てられてしまう事には何度経験しても馴れない。
「そんな事言って〜。どうせ夜中お腹が空くんだから、買ってきとくよ」
 アルはエドの返事を待たず、勝手に通りの向こうへ駆けていった。
 まだもやついた気分のまま、だが、何だか取り残されたような気分でエドはしばらく立ち尽くす。
(何だよ、俺、バカみたいじゃん)
 軽く舌打ちし、エドはようやく歩き出した。
 何であの程度の事で揺らいでしまうのだろう。辛酸を嘗めているつもりなのだが、どうもアルの器の方が大きいんじゃないかという気になる。自分は気分を顔に出しすぎてしまうのだ。だから、いつも大佐におもちゃ扱いされてしまう。それはいつもの事だから、仕方がないが、兄弟だと自己紹介した後でも、世間はアルの方が年上だと見ているような気がした。ばっちゃんもホークアイ中尉も、込み入った話はまずアルに振る。日常面 では余りエドは頼りにされていない。
(うちは年功序列なんだけどな!)
 兄の威厳が揺らぐのは問題だ。身長さえ伸びれば、少しは大人扱いされるだろうに。そうしたら少しは心に余裕も出来るし、アルに溜息なんかつかせずに済む。
「あ、エドワードさん。大佐は所用で少し時間がかかるそうですよ。待っていて戴けますか?」
 フェリー曹長がエドを見て笑った。彼も背が低い。自分と同じ悩みを持ってるんじゃないだろうか。何しろ軍部は体育会系でやたらデカくて無神経な奴が多い。機械系に強いとはいえ、気に障る事を言われたりはしなかったんだろうか。
「あのさ…」
「はい?」
 ニコニコと笑顔を向けられ、エドは気分を削がれた。
「いや…いい」
 肩をすくめて、ソファに座る。大佐に知られれば、自分の中身も身長と一緒で成長が止まったままだと笑われた事だろう。
(やっぱり、俺、バカみてぇ)
 大人になりたい。何を言われても、余裕でかわせるような大人に。





(あ〜〜〜〜あ、そう思ってるのに、何でこう俺は……)
 エドは舌打ちしながら、お菓子屋の側に立っていた。
 決意など三分も持たなかった。大佐の言葉遊びにいいように翻弄されて、爆発して、笑われて、大佐の机を機械鎧の拳で粉砕し、帰りは引きつった泣き顔のフェリー曹長に見送られた。
 湯沸かし器はシュンシュンに煮えたぎったが、今は気分もすっきりしている。何だか軽いスポーツをしてきた後のようだ。二人とも自分の中に溜まる鬱憤は重くて、他人に向けられない。ストレス発散。大佐の笑いは他人に向けるものと違って、いつも腹の底からのように聞こえる。
 それが気に喰わなくても、エドが大佐の所に出かけていく理由の一つなのだろう。
(にしても)
 エドはチラリとお菓子屋を見やった。凄い行列だ。おいしいとは思っていたが、こんな人気があるとは思わなかった。狭い店舗は人であふれ、行列はかなり果 てまである。
 相当、待たせたから書庫かホテルにいるだろうと思ったが、アルはどちらにもいなかった。一人はつまらなくて、戻ってみると、店内に巨体が見える。お菓子はどれもおいしそうだったし、決めるのに悩む方だから、まだ当分かかるだろう。
 出てくるまでずっと見ていたいと思ったが、客は若い女の子が多い。ショウウィンドー越しにキョロキョロしている彼を見てクスクス笑っている。それが恥ずかしいのと、アルが振り返って気付いたら何だかバツが悪い気がして、エドは少し離れた所で電灯に背中をもたせかけた。ここならアルが出てくればすぐ解る。
(あ〜あ、腹減ったぁ)
 エドは空を見上げた。通りの向こうには変わらぬ年齢の少年達がふざけ合いながら走っていく。いいなぁとふと思った。
 大人とばかりつき合っているが、だから自分が大人になった、成長したという事は余りない。ほんの少しボタンを掛け間違えただけだ。気分的には、あの少年達と自分はいくらも変わらない。アルが生身なら同じ様な顔で、大人には一つも重要ではないが、十代に大問題な色んな事を話したり、笑ったりしていた事だろう。
 でも、今、生身に戻ったからといって、二人があの少年達と同じように過ごせるかどうか、エドには解らない。村でも二人は異質だった。埋もれてしまうには才能が大きすぎた。二人の興味は他の少年達とは一線を画していた。
 母の錬成をしなくても、平凡な少年時代はなかっただろう。多分。
 それでも、あの通りの向こうの少年達から見れば、自分は同類なのだ。弟とお菓子を待っている何処にでもいるガキだ。
(チェッ)
 エドは苦笑した。そのままでいる事を、自分自身を認めて、受け容れるのは難しい。現状に不満があるから、こんな旅をしているのだ。でも、少しずつそんな自分を許せる時間が出来始めている。
 それはそれで悪くはない。それが大人になるという事なのか、エドにはよく解らないが。
「ニャー」
 小さな声にエドは目を落とした。小さな毛玉が彼の黒い靴にじゃれている。毛皮が少し汚い。
「何だよ、捨て猫か?」
 常にアルに『捨ててこい!』と言ってる手前、猫と遊ぶのは気が引ける。だが、アルは当分まだ出てこないし、エドは実は猫が大好きだ。好きだからこそ、手放す事が出来なくなるのを恐れている。何度ツライ思いをしても拾ってくるアルがエドには理解出来ない。自分が好きになったものに異常に入れ込む事をエドは知っている。アルだってそうなのに、どうして繰り返してしまうのか。
(でも、今はアルはいないし…な)
 しゃがんだエドが子猫の喉や耳の後ろを掻いてやると、猫は喉を鳴らしてじゃれついてきた。遊び盛りで、小さい牙でエドの指を軽く噛む。
「こら……おい、もう……お前、どっから来たんだ〜?」
 夢中になってきた。やっぱりかわいい。猫はかわいい。
 お菓子を買った少女達がクスクス笑って通り過ぎるのも、気にならない。
 だから、背後に影が差したのも気にならなかった。
「わ〜、かわいいね」
「ああ、まだ目が開いたばっかかなぁ。…ああ、こら噛むなって…おい」
「ちょっと目やにが多いね。洗ってやらないと」
「え?…いや……俺んじゃねぇよ」
 俺はアルを待ってるだけだから、と振り向いたエドはギョッとした。現行犯という言葉が脳裏をよぎる。
「…ア、アル…」
「うん。ごめん、待った?」
「いや、今来たとこ……って、あの…」
「かっわいいなぁ。早くホテルに連れて帰ろうよ、兄さん。ミルクもあげようね」
「あ、あのな……」
 アルはクスクス笑った。
「拾っちゃ駄目、でしょ? でも、僕見ちゃったもん」
「いや、俺は暇つぶしで、だな」
「嘘ばっかり。兄さんが猫好きなんてお見通しだよ」
「だから、拾えないじゃねえか」
「いいよ、それで」
 アルは仔猫の細い背中を撫でた。
「灰色で青い目をしてるし、器量よしだから、綺麗にすれば絶対誰かにもらってもらえるよ。一晩くらいいいよね、兄さん」
「あ〜、もう! いいぜ、アル」
 エドは苦笑すると、仔猫を見下ろした。遊び疲れたのか、仔猫はもうエドの赤いコートの中で寝息をたてている。
「よかった」
 アルは袋を開けて、クッキーをエドの口に放り込んだ。香ばしくて甘い。
「お礼」
 アルは笑った。
「これだけじゃ、ヤダ」
 エドも笑う。
「ホテルでね」
 アルは小さく笑った。
「子猫と一緒に洗ってあげる」

 エンド

「前に進む」というのは、成長することだと思う。
ごくごく平凡な日々でもちょっとづつ。

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