「花束がいいな」
春になると花屋の店頭に花が満ちあふれる。
スイートピー。ガーベラ。チューリップ。ミモザ。パンジー。マーガレット。
家々の出窓やベランダも手塩にかけた花カゴが競うように下げられ、道行く人の目を楽しませる。
僕はこの季節が大好きで、いつか家の花壇を花で一杯にしたいとか話すんだけど、兄さんはまるで園芸に興味がない。
「切った花なんか枯れるだけじゃないか。道端の草花の方が何倍も綺麗だよ」
本当は花を切るのがイヤなんだと思う。命あるものを断つような気がして嫌いなんだと思う。
「じゃ、今まで見た中で一番きれいなのは?」
と、僕が聞くと
「リゼンブールで見た…名前は知らないけど、あの花が一番きれいだったな」
と答えるあたり、僕が聞いてもおかしいと思う。
でも、僕にとってもっともっとこの世で一番きれいな花束は、僕の腕の中にいる時の兄さんだ。
金と赤と黒。
どんな花より兄さんはふんわりと柔らかくて、お日様を凝縮したたんぽぽの一滴みたいに笑って、僕の魂を包んでくれる。それは世界中の花を全部集めたってかなわない。
僕はもう匂いは解らないけれど、昔の兄さんの匂いは鮮明に覚えてる。
ほっこりしたひなたの匂い。草っぱらの匂い。近道して、藪をくぐり抜ける時についた沈丁花やライラックの匂い。
ああ、そうだね。
兄さんが言う「名前も覚えてないけど、一番きれいな花」の意味が何となく解る。
昔、二人で村中、色んな所を遊び回って、ふと目についた草花。腰を下ろした岩陰。冷たい泉のほとり。夏の日差しを避けて涼んだ大木の脇。おこずかいなんかなくて、母さんに誕生日のプレゼントとして、二人で描いた絵と一緒に添えた草花。
あの一瞬一瞬の花の色の方が、ずっと鮮明なイメージで思い出せる。
解るよ、兄さん。
でもね、僕の一番の花は兄さんなんだ。兄さんがいるから、世界中に色がつく。精神だけの世界が色彩 にあふれる。
僕は花屋の花が、出窓の花を見るのが好きだ。
でも、買おうとは思わない。部屋に飾ろうとも思わない。
一番きれいな花はもう手に入れているから。エンド
ウェブ拍手用の小品。
アル版「世界で一つだけの花」とか拍手もらいました。
ありがとうございます!
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