「電話」


「あ、俺〜。今日はもうちょっと遅くなりそう」

 外からエドワードが電話をしてくる。

「もう、ダメだよ。ちゃんと食べてる?」
「ああ、今日は居酒屋で食った」
「またそんな所で食べるー」


 僕は笑って、たしなめる。最近、エドワードは何してるんだろう。家に寄りつくのが少し足遠くなった気がする。でも、僕は気がつかない振りをする。
 戻ってきてくれるだけで充分だから。


「そりゃ、お前の料理の方がうまいけど、ちょっと色々忙しくてさ」
 エドワードは言い訳してる。彼は言い訳が多い。会った時から、何か色んな事に言い訳してる。
 僕と住んでいるのだって、父親がいなくなったとか、僕と共通の研究目的があったからとか、色々言い訳してたけど、本当は違うんだ。



 彼は僕を見る時、僕の後ろに誰か見てる。
 見つめ合う時は、僕の顔の中に誰か見てる。
 僕に抱かれる時は、僕以外の誰かの名前を声にならぬ声で呼んでる。


 でも、僕は知らない振りをする。
 だって、僕はエドワードの弟なんて知らないから。出会った事も、本当にいるとも思えないから。
 僕そっくりの、よりにもよって『アルフォンス』なんて名前の弟なんて。
 エドワードはきっとツライ過去があったというのだけは信じてる。彼の話す途方もない『向こう側』の事も笑顔で聞いてあげる事が出来る。
 彼の創り上げた『幻想の世界』での事件の顛末も。だから、僕から離れられない事も。
 僕はそれでエドワードを繋ぎ止められている事に安堵してる。



 だって、本当にそうなら、エドワードは実の弟に恋をしてる。考えられない程、激しい恋を。


 だから、エドワードは『現実』から逃げているのだ。
 そうとしか考えられない。
 どんなにエドワードの話がリアリティがあったって、錬金術はとっくに終焉した学問なんだから。
 手を合わせただけで錬成反応が起こるなんて、どんな科学者が納得できるだろうか。
 エドワード程の頭がいい人間がそんな話をすると、どんなにウソっぽく聞こえるか、エドワード自身は気づいているんだろうか。


 でも、そんな事はどうでもいい事だ。
 僕はエドワードとの生活が壊れてほしくない。
 このままずっと続けばいい。
 だから、だまされていてあげる。エドワードは話を聞いて欲しいだけなんだから。


 でも。
 でも、やっぱり僕はツライ。
 エドワードは僕を見ていない。僕を愛していない。
 彼が心から愛して、求めているのは、弟だけで、それ以外何もいらないのだ。
 何も見てないんだ。
 ただ仕方ないから、ここにいるんだ。
 僕なんか、弟の影でしかないんだ。
 僕がどんなにエドワードを思っても、彼はいつか現実と向き合う為に何処かの街に帰っていくんだろう。


 だから、僕は電話が好きだ。
 僕と弟の唯一違うのは『声』なんだって。
 声だけは、僕と弟は似ても似つかないんだって。
 だから、エドワードは電話を通してだけは、僕と向き合わざるを得ない。僕という人間と話さないといけない。
 この揺るぎない僕という現実と。
 この時だけはエドワードは僕を見つめてくれるんだ。


「全くエドワードはすぐそれなんだから。好きなものばっかり食べてるんだろ? 栄養のバランスを考えなくちゃ駄 目だよ」
「もうお前はいつもそう言うんだな、アルゥ。ちゃんと食べてるって。ホントにガキの頃から、お前はかあさんよりうるさ…」


 ハッとエドワードが受話器の向こうで息を飲む声がした。僕も受話器を握りしめる。
 僕らは同時に感じたんだ。
 この瞬間、エドが一体誰に向かって喋ってしまったかって事を。

 砦の壁が一瞬、崩れた気がした。
『声』だけがもはや、僕と弟を隔てるものとはならなくなってるって事を。
 僕の性格や心すら、弟と同じものだってエドワードも、そして僕も知ってしまった事を。



「……とにかくどんなに遅くなっても、うちに戻ってきてよ」
 声が震えるのを必死でこらえた。
「…あ、ああ。でも、お前も早いんだろ? 先に寝てていいぞ」
「待ってるから。絶対帰っておいでよ。僕らのうちに!」


 居たたまれなくて、エドワードの返事が聞きたくなくて、僕は先に電話を切った。
 受話器を降ろすと、しんと静粛が部屋に満ちる。
 刺々しい程の冷たい静寂が。

(僕らのうち)

 僕は部屋を見回した。妙に他人のようなよそよそしい雰囲気の部屋を。


 エドワードはここを『うち』と思っていない。
 僕はそれを解ってしまってる。
 咳が喉を突いた。
 今年に入ってから、妙な咳が胸を焼いている。僕はその正体を知っている。
 それでも、僕は窓辺にランプを灯した。
 エドワードが迷わず、ここに戻ってくるように。
 ここしかないんだと、エドワードが気づくように。
 僕が終わってしまうまで、ここにいてもらいたくて。
 僕は窓辺に腰を下ろす。
 エドワードを待っている。



 ふと、その弟もこうやって、同じ想いでいるのだろうかとぼんやりと思った。

エンド

ハイデリヒが好きなんですよ。
やっぱり、あの映画はエクセレント!なんて思えないですが(笑)
ハイデリヒだけは行ってよかったなと、思います。

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