「光のない瞳」
朝。
回廊には快い風が吹き、清々しい空気を吹き込んでくる。
「あ〜、よく寝た」
アレンは大きく伸びをした。久しぶりの本部での朝だ。ティム・キャンピーの飛び方も心なしか嬉しそうである。
(やっぱりここはいいよね)
マナとの野宿ばかりの生活や、師匠とのインドでの熱帯夜に比べれば、ふかふかの柔らかいベッドは身体に贅沢すぎて勿体ない程だ。
(今日は何食べようかな〜)
食生活が豪勢なのも、今までの人生にない暮らしである。食べ盛りのアレンにとれば、それだけでも幸せだった。
クロスはワインを嗜む。
のはいいのだが、酒を飲む人間にとって、食事は二の次だ。自然と用意する量が少なくなる。酒の肴ばかりではアレンの胃の腑は満たされない。朝からふんだんに食事を摂れる本部は天国のようだった。 広い食堂は光が射し込んで爽やかだった。
日によって人の増減が激しいのは、仕事や任務の関係で人の出入りが多いからだろう。
アレンはメニューをザッと眺め、コックを泣かせるほど注文すると、予約札を取ってから、食堂内を見渡した。
アレンがエクソシストだと周囲は知っているから、世間ほど左手の事を特に注視する人間はいないのだが、特異な者に目がどうしても引かれるのは避けられない。リーバー達科学班や探索部隊などはまだいいが、一般 兵士だと『神の奇跡』の詳細を知らない分だけ、視線が民間人に近くなる。
アレンはそれが少しうっとおしかった。食事はやはり気兼ねせずおいしく戴きたい。
だから、目が自然と知り合いを捜した。リナリーか誰か知っている人間がいればいいのだが。
だが、時間帯が悪いのか、コムイにつき合って徹夜なのか、アレンの知っている人間は特にいない。
いや。
(あ………)
いた。
神田だ。
相変わらず盆と仏滅と葬式が一緒に来たような顔をして、蕎麦を啜っている。食べたくないが、仕方なく突っ込んでいるという感じだ。そういえば、任務で一緒の時も神田は小食だった。イノセンスを使うには結構体力がいる為、腹が空く。だが、六幻を使った後も彼の食欲は変わらなかった。寄生タイプの自分とやはり違うのだろうか。
育ち盛りのアレンにとれば、いずれにしても『よく足りるなぁ』と思う。小食なのが、少し師匠を連想させた。足が自然と神田にと向く。
任務で仲が改善されたとはいかないが、瀕死の身体ながら、神田はアレンをかばってくれた。ぶっきらぼうで人を拒絶するような刺々しい態度しか取らない癖に、それだからこそ彼の柔らかい部分が見え隠れしているような気がする。
食事もそうだ。あんなに激しい感情に揺さぶられて生きているように見えるのに、彼の食事の乏しさは彼が生に辛うじて引っかかっているだけのような危うさを感じる。
だけど、彼が戦っている時はあんなに熱い。
(彼のあの熱は何処からくるのだろう)
それを感じてみたくなる。
近づけば多分、また神田から嫌われるのは解っていた。でも、どうしても彼に近づきたい。
『エクソシストってのはな、エクソシストとしかつき合えなくなるんだ。相手を好むと好まざるに関わらずな』
師匠が時折、口にしていた意味をアレンはまだよく解らない。
旅芸人は接客業だ。人当たりがよくなければ勤まらない。内面を隠す事も、感情をコントロールする事も、積極的に人と接する事も、どんな相手も受け容れる事も彼の元職業の側面 だった。
だから、アレンはエクソシストに閉鎖的な一面がある事がまだよく理解できていなかった。師匠は自信家だし、偏屈だが、その気になればいくらでも愛想よく、他人から情報を引き出す事に長けていた。その彼でもあんな言葉を言う事が不思議だった。
でも、神田を見ると無性に惹かれるのは、そういう意味なのだろうか。
イノセンス同志が引き合う磁力のようなものがあるからなのだろうか。
「あの…前、いいですか?」
声をかけると、光のない瞳が彼を見た。アレンはギクリとする。拒絶されるかと思ったが、神田は特に興味のない顔をして食事に戻った。何となく嬉しいような、物足りないような曖昧な気分でアレンは席に座る。
「…爽やかな顔してるな」
神田がボソッと言った。とりあえず声をかけられた事にアレンの顔は輝く。
「え、ええ。やっぱり本部はいいですね。ゆっくり眠れて。神田はどうですか?」
「夢を見た」
「はい?」
「気がつくとな、回り一面がペンキ塗りたてなんだ」
「……………………」
「そういう夢をよく見る」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
それっきり会話は弾まなかった。
(明日からまた任務なんだろうな)
アレンは食事を終えて去っていく神田の背を見ながら思った。
(ああいう人間と『共存』していくにはどうしたらいいだろう)
『仲良く』以前に、そんな事を考えてしまうアレンだった。エンド
ラブラブにはまだ程遠いうちの神アレ(^^; 精進、精進。
|