ひな祭り

 

「あー、やってらんないわよ、もう」
 ウィンリィは銚子を傾けて、白酒を煽った。東方の国から来た女性や子供向けの飲み物とあって、ワインとは全く違う味がする。甘くて濁っていて飲み口が優しい。これを旅の土産だと言ってくれた祖母の知人はノンアルコールだから、ウィンリィちゃんでも大丈夫だと笑っていたが、やっぱり少し酒の香りがする。まあ、いいかとウィンリィは構わずあおった。今日はお祭りだし、飲まずにはやっていられない。
 久しぶりにアルとエドが帰ってきたのはいいが、理由が言わずもがな、またまたまた機械鎧の修復依頼である。前回修理してから、3週間しかたっていない。微調整だって、そんな短期間にするものか。全くエドときたら、私の大事で素敵な傑作をどう思っているんだろう。自分の腕をぎったぎたに傷つけて、ネジを飛ばして、動かなくして。
 しかも修理が終われば、じゃーなと片手を上げて出ていってしまう。壊した理由もそこに至った経緯も涼しい顔して話さない。普段、電話一本、手紙一枚よこさず、私を何だと思ってるのか。エドならともかく、筆まめなアルまでが、何一つ連絡をよこさない。
 ヒューズさんはウィンリィに心配させたくないからと言ったが、そんなに話す事のできない内容なのか。嘘でも誇張でも話がききたい。女は騙されてあげる事が出来る生きものなのに。
「全く…」
 不機嫌な顔が杯に写った。
「毎日、何をやってんのかしら、あの連中…」
 これでも、整備士だ。一目見れば、転んだのぶつけたのという傷でない事くらい解る。明らかに戦闘だ。しかも普通 の格闘による傷ではない。
 元に戻る為の旅。
 ウィンリィが知っているのは、これだけだ。何を探そうとしているのか、何が必要なのか、錬金術に疎い彼女には解らない。だが、兄弟が探しているのは、どうもまともなものでないのだけは解る。軍部に所属し、任務にも携わり、それでも尚、こんなに傷ついてまで見つからないものなのか。
「バカ」
 ウィンリィは思わず呟いた。
「バカバカバカ」
 ここにいればいいのだ。リゼンブールは誰も拒まない。何もないからこそ、ありのままでいられる。何も家を焼かなくても、鎧のままでもいいじゃないか。そのままだって、前には進める。立ち直る事は出来た筈だ。
 それでも、兄弟は選んだ。ボロボロに傷つく為に、笑って、いつも彼女の前から去っていく。
「バカ」
 でも、だから、助けてあげたい。それしか出来ないのなら。彼女はここにいる。いなくなったら、エド達は困るだろう。だから、家がなくても戻れる場所であればいい。
 彼らはいつも悪びれない、でも少し照れ臭そうな顔で帰ってくる。
『セントラルでも、彼らのああいう顔は見た事がない。家族とはいいものですな』
 と、感動屋の筋肉質の少佐さんが涙ぐんでいた。
「家族、なのかな」
 小さい頃から隣同士。母が死んでも、親戚もなく、孤児院にも行かず、ピナコの申し出も拒んで、あの家に住んでいたエドとアル。ずっと気の置けない幼なじみ。夕食も遊ぶ時もいつも一緒だった。それでも、肝心な事は何一つ話してはくれなかった。
  何一つ。
 話してくれたら、アルもエドも鋼になる事はなかったかも知れない。まだここで楽しく暮らせたかもしれない。それとも、彼女も何かしら協力し、一緒に旅に出る羽目になったんだろうか。
「バカ」
 ウィンリィは苦笑いした。きっと私もバカなのだ。
 それでも、戻ってくる場所がここしかない二人。
 それを受け容れる事が「騙されてあげる」事なんだろうか。
「でも、騙されたら、たまにはぶったり、怒ったりしていいんだよね」
 ウィンリィが一人心地ついた時、そっとドアをのぞき込む気配に気づいた。
「何?」
 わざと怖い顔で振り向く。エドとアルが冷や汗を浮かべた顔で苦笑いしていた。
「いやー、そろそろお怒りも溶けた頃合いかと」
「修理して下さる気にはなられたでしょうか?」
 ウィンリィはぐいっと杯を突き出した。
「つぎなさい」
「は?」
「さっさとつぐ!」
 エドは、はいはいと解らぬまま、銚子を傾ける。ウィンリィはそれを飲み干し、今度はエドに向かって突き出した。
「はい、お返し」
「え、俺も飲むの?」
「当然でしょ?今日はひな祭りだもん。女の子の祭りなの。あたしが主役!」
「ひな祭りって何だよ? うえ、これ、変な味」
「甘いでしょ。はい、もう一杯飲む」
「何これ、ウィンリィ?」
 アルは不思議そうに兄が顔をしかめて飲むのを見守った。
「白酒っていうんだって。子供用のお酒」
「えっ!! さ、酒は兄さんには…」
「大丈夫よ、子供用だもん」
「うん、結構甘くて飲みやすいや」
 エドは自分から銚子を取って、つぎ直す。
「兄さん、そこら辺でやめておいた方が。あっあっ、そんな急ピッチに!」
「アル、いいじゃない。私一人で飲むのバカらしいんだもん」
「だけど、あの、春だし、その特に……」
「大丈夫だよ、アル。ちょっと変わったジュースみたいなもんだろ?で、ひな祭りって何だ?」
「さぁ……最近、シン国の風習が流行ってるから、そのお祭りらしいけど。人形の前でお酒飲んで、ボンとかいうものをぶら下げて、人形を川に流すんだって」
「……よく解らないな、楽しいのか、それ?」
「何かお葬式みたいだねぇ。それが何で女の子のお祭りなの?」
「私もよく知らないもん。人形が出てくるからじゃない?」
「まさか俺達がやった人形、川に流すんじゃねえだろうなあ」
「しないわよ。もったいない」
「だよねえ」
 アルは言いかけて、ふと身体が傾くのに気づいた。横目で見ると、エドがしなだれかかっていた。やばい。もう目がトロんとしている。ただでさえ、春は二人とも欲情しやすいというのに、酒など入った日には歯止めがなくなってしまう。そうでなくても、バレンタインにウィスキーボンボンを食べ過ぎて、兄はメロメロに溶けてしまったのだ。
「ウィ、ウィンリィ、兄さんさ、昨日また徹夜してあんまり寝てないんだ。宴もたけなわだし、このへんでお開きにしない?」
「何言ってんのよ、まだ三十分もたってないじゃない。修理やってやんないわよ」
「そうだぜぇ、アル。子供用だろ、これぇ。徹夜なんてしてないし。あー、夜更かしはしたかぁ、お前が寝かせてくれなくてぇ…」
「う、兄さん、ごめん。昨日の問題集は難しかったからね!今日は早めに寝た方がいいし」
「何言ってんだ、バカアル」
「そうよぉ、アル。あんたも飲めればいいのにぃ。これ何かすっごい効くわねぇ。あらぁ、ノンアルコールじゃなかったのかしらぁ」
「ウィ、ウィンリィまで?」
 アルは慌てて瓶を取り上げた。表示には白酒特級と書いてある。しかし、それは商品名であって、子供用とは明記されてない。しかも「パイチュウ」とローマ字で書かれてあった。要するに中国製のどぶろくだ。度数は30%以上もある。ウィンリィは機械鎧以外の事だと、エドに並ぶ大雑把な所があった。「大丈夫」というお墨付きと味だけで満足し、そういう表示をいちいちチェックするタイプではない。
(ぼ、ボクは匂いが解らないからっ)
 とにかくエドをこの部屋から連れ出さないとまずい。兄弟でデキてるなんて事がバレたら、ピナコからこの家の出入りを差し止められてしまうだろう。
「に、兄さん。とにかく、ちょっと涼もうよ」
 アルはエドの両脇を持って、担ぎ上げようとした。
「何すんだよ、アルゥ」
「そーよー、いい所なのにぃ」
 酔っぱらい達が抗議する。
「う、うん。でもね、やっぱり兄さん、疲れてるから」
「うんもぅ、アルのバカァ」
「………ふーん、ねえ、アルゥ?」
 座った目のウィンリィが二人を細目で見つめた。
「あんた達、どこまでヤッてんの?」

 

 

 

 何か巨大なものがひっくり返ったような、盛大な金属音が部屋から響いてきた。
「うるさいねぇ」
 ピナコは一人酒を傾けながら、庭の花の木の下に座っていた。花びらが時々散って美しい。デンが隣で彼女と同じ様な顔で花を見上げている。犬は色盲らしいが、少し変わった犬だから花の良さが解るのかもしれない。
 連中が帰ってくると、途端に静かな家がにぎやかになる。子供の多い家庭は多少わずらわしいが、家が明るくなる。少しは大人になって帰ってきたかと思ったが、まだまだ子供気分から抜けてないらしい。
 だが、ここから一歩出れば、二人はやはりそういう顔を持つのだろう。だから、せめてここにいる時くらい子供らしい 顔をさせてやりたい。
「子供用の『しろざけ』であんなに騒げるんだから、やっぱりあいつらもまだまだだね」
 デンがクーンと鳴いた。ふんふんとピナコの杯の匂いを嗅いでいる。
「おや、嬉しいね。あんたも行ける口かい?」
 ちょっと舐めさせると、嬉しそうに鼻を鳴らす。どんどん欲しがるので、ピナコは慌てた。
「まあ、あんた、何処でそんなに覚えたんだい。も、もうその辺でやめときな。私の分が無くなっちまうよ」
 花がまた散った。
 家の中はまだ大騒ぎである。平和な午後の昼下がり。
 日がぽっかりとあたたかい。

 

エンド

ひな祭りなので、突貫2時間でアップ。
ウィンリィ、ピナコ、デン、彼女らが大好きです。いい家だ。
こういうお隣さんがいて、本当にエド達は幸せだと思う。
あ、ウィンリィの例の言葉は酔っぱらいなんで、明日には忘れています。
女の直感はコワイね。

 

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