黒豆

 

「どうした、鋼の」
 エドは恨めしげに上を眺めている。大佐はニヤニヤしながら、それを眺めていた。解っていて椅子から動こうとはしない。
「べーつーにー」
 エドは懸命に手を伸ばした。しかし、お目当ての本は本棚の最上段にあり、彼の手は到底届かない。さりげなく (大佐には丸見えだったが)脚立を探したが、勿論ない。この部屋の所有者には必要なかったからだ。
「ちっ」
 エドは舌打ちして、本棚のガラス戸を開けた。探していた本が見つかったと聞いて勇んでやってくれば、本棚の一番上にあるから勝手に取って読めと言う。
 ああ、私は仕事で手が放せないから好きにやってくれって、その割に書類の山が全然低くならないのは何でですかね、エロ大佐。
 しかし、口が曲がっても、あの本取ってとは言えない。
 だから、勝手にやらせてもらう。手が届かないなら昇るまでだ。
「おいおい、君は猿か。それに本に靴の泥がつくからやめてくれたまえ」
「うるせえな。好きにしろと言ったのはあんただろう。うちじゃいつもこうやって取ってたんだよ」
「おいおい」
 大佐の呆れ顔も構わず、エドはグイと一段目に足をかけ、器用に本棚のでっぱりに捕まって身体を持ち上げた。しかし、本棚は重いとはいえ、作りつけではない。エドの体重でグラグラ揺れる。
 構わず、エドは手を必死に本に伸ばした。
「やれやれ」
 不意に脇を両手で掴まれ、持ち上げられた。エドはギョッとして振り返る。
「な、何すんだよ、バカ!もうちょっとだったのに!」
「階級名も遂に省くのかね。呆れたな。ここの本棚は軍の書類で一杯だ。君の本一冊の為に、軍の備品を破壊されては困る」
「その前に取って、降りりゃいいだろう!だいたいあんな高い所にこれ見よがしに置かなくてもいいじゃないか!」
「ああ、私には大した高さではないんでな。だから、忙しいこの私がわざわざ手伝ってやろうと言ってるのに、少しは感謝してくれてもいいんじゃないか?」
「あ・の・な!いい加減、下ろせ!ガキみたいに抱きっぱなしにすんな!」
「ああ、高い高い〜みたいだな。しかし、君は身長だけじゃなく、体重も軽いね」

 

 ミシ!

 

 と、大きな音がした。
 すぐ戻るからと廊下で待たされていたアルは大きな溜息をつく。エドが大佐を蹴飛ばそうとしたか、殴ろうとしたのだろう。大佐は無論避けたから、壁かどこかに穴が開いたに決まっている。これだから、エルリック兄弟の通 った後は草木も生えないなどと、噂されるのだ。
「俺は標準だー!!」
「機械鎧を入れてそれでは、単純計算でもおつりが出るぞ、鋼の」
「何だと、くらぁーっ!!」
(ああ、毎日毎日何であんなに単純に引っかかるかな、兄さんは)
 アルはもう毎回過ぎて突っ込む気にもなれない。あれで大佐はエドを気に入っているし、兄は兄で何だかんだ言いながら、軍部とつかず離れずやっているから、本気でイヤではないのだろう。
「おー、毎回ハデだねえ」
 ヒューズはニヤニヤ笑った。彼もロイに書類を渡しに来たのだが、土佐犬の土俵は観戦に限ると絶対に踏み込んだりしない。
「でも、大佐も何で兄さんをあんなに構うのですか?そりゃ、分かり易すぎるんですけどね、兄さんのスイッチは」
「猛犬注意。うちもかわいいエリシアちゃんを守る為、一匹飼うかなあ」
 ヒューズは顎を撫でて目を細めた。アルは首をすくめる。
「ま、ここだけの話だけどよ、同類だからかな」
「似てますもんね」
「ああ、性格も似てるが、ロイの奴、ちっせえからな」
「小さい?」
 アルは驚いた。ロイはアルの目から見ると標準だ。別に身長が低いと思った事はない。
「ああ、普通じゃな。でも、軍隊は体育会系だろ?デカ物筋肉野郎ばっかで、学者上がりのロイはちっこく見えるんだ。昔はもっと細かったしな。
 あの性格だろ、目立つし、折れないし、相手を怒らせても知らん振りだし、士官学校時代は大変だったんだぜ?
 それでも、実力はあったからな。みんな、近寄りたいのに、近寄らせない。
 それで何となくついたあだ名が『黒豆』」
「黒豆!?」
 アルは思わず吹き出した。
「あいつ、このあだ名だけは閉口してな。やっきになって取り消させようとしてたけど、余計みんな喜ばせただけだった。
 だから、自分よりちっこい相手がいるのが楽しいんだろうよ。昔の自分を見てるみたいで」  アルは苦笑した。
「まさか、昔の自分への復讐ですか?」
「はは、違うね。郷愁って奴さ。ロイは気づいちゃいねえだろうがね。
 だけど、こりゃエドにも内緒だぜ?噂の出所が俺だと解ったら消し炭にされちまう」
 アルは頷いた。兄に喋れば、たちどころに大佐への攻撃に使うだろう。
(でも)
 アルはこっそりとヒューズを見た。
(黒豆って、本当はこの人がつけたんじゃないのかな?)
「このボケ大佐! いつか絶対吠え面っかせてやる!」
「ははは、百年たったらかかって来なさい」
 相変わらず、司令室では不毛な吠え合いが続いている。
 今日も東方司令部は平和だった。

 

 


 昨日の電話ネタ。ヒューロイはNさんに捧げる。初のロイエドかも。 バレンタイン遅れてゴメンなさい、返信メール遅れてすいませんの突発ネタ。
追記・マジで知らなかったんですがエンロイは「黒豆」と呼ばれてるんですね。ロイエドはもちろん「大豆」。
うちのロイエドだと、兄弟はデキてないです。エドは二股かけるという器用な事はできないと思うんで。寂しい意地っ張り。でも、エドは外泊とかすると、その間アルはどうしてるんだろうとか死ぬ 程考えそうなので、いつもその場限り。歯止めだらけ。
でも、ロイエドはさほど深みにはまらない恋愛だと思う。無意識の恋愛というか、常に緊張感があって、手の内を完全に見せないっつーか。子供と大人だけど、何処か大人の恋愛かも知れない。
ヒューロイはねぇ、友人同志の延長のような気もするけど、一端深みにはまったら、ロイの方が歯止めがきかなさそうで、ヒューズの家庭も壊しかねない行動取りそうでヤバイす。

 

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