まったくもう

 

 アルは洗濯物を畳みながら、エドをチラチラ眺めた。
 最近、兄が変だ。普通なら賢者の石に関する研究書を読むのが常なのに、最近、写 真入りのカタログばかり物色している。しかも、その目は真剣そのものだ。何のカタログか気になるのだが、兄はニヤニヤ笑うばかりでなかなか教えてくれない。
 だけど、ようやく腹の底が決まったのか、いくつかのページに付箋をつけたカタログを膝に置いて、エドはアルに向き直った。
「なぁ、アル。相談があるんだけどさ」
「何?」
「お前の身体を錬成する時の話なんだけど」
「えっ? まさか賢者の石を手に入れる目処でもついたの?」
「いや、それは全然…」
「なーんだ」
  アルは内心がっかりした。エドが妙に機嫌がいいのは、その為だと思ったからだ。
「その時に一番必要なものは何かずっと考えていたんだ」
「それはもちろん賢者の石でしょ?」
「それより大事なもんだよ」
「え? そうだね、服かな?多分、ボク裸だろうし。いくつの姿になってるか解らないしね」
「うん。でも、その前にいるもの」
「ええっ?違うの?うーん、食べ物かな?ボク、ずっと食べてなかったし。凄くお腹すいてるかも。ああ、それなら飲み物もね」
「ああ、そうか。でも、それは少し我慢しろ」
「何で我慢すんの? 結構切実だと思うけど」
「身体が出来たってのに、いきなり飯!ってのは感動がないじゃんか」
「考えろって言ったのは兄さんでしょ?真面目に言ってるんだけどね。じゃ、何なの?」
「そりゃ、ベッドに決まってるじゃんか!」
「ベッドォ?!」
 アルは絶句した。いきなり何を言い出すんだ、この兄は。
「やっと身体が出来たんだぞ!?感動して、バンザイして抱き合うに決まってるじゃないか!そしたら、もうやる事は一つだろ!? 俺はもうお前を抱きたくって、抱きたくってたまんねぇんだ。鎧になってこっち、俺ばっか抱かれてるじゃないか。お前だって、俺をちゃんと抱きたいだろ?それに、本当にちゃんと機能してるか確かめないといけないしな。
 だけど、冷たい石の床の上なんて駄目だ。すっごい久しぶりなのにさ!初夜みたいなもんだぞ!? お前の身体に何かあったらいけないしな。
 それで、錬成陣の脇にベッドを置こうと思うんだ。すぐ使えていいだろ? でさ、そのベッドをこの間からずっと検討してたんだ。これと、このページの何かいいよなあ。もう安宿のギシギシいう奴じゃなくてちゃんとしたの購入したいんだ。いっそ、天蓋付きのなんてどうだ?
  何しろ初夜だもんなぁ」
「………………………………………」
 アルは絶句した。しばらく、ニコニコ顔の兄をじっと見つめる。一応、想像だけはしてみた。錬成陣の脇にデンと置かれたベッド。 考えるだに血の気が引く。
「…………兄さん、本気?」
「そりゃ、本気だよ。何だ。問題でもあるのか?」
「だって、これだけ軍部の人達にお世話になったし、きっとみんなボクや兄さんの身体がちゃんと戻るか心配だと思うよ。賢者の石での人体錬成は例がないしね。多分、みんな立ち会いたがると思うんだけど」
「冗談じゃない!」
 エドの眉が吊り上がった。
「あの連中にお前の裸を、できたての生まれたての真っ白なあったかいふにふにの身体を、チラッとでも見せてたまるか! お前の身体を見ていいのは俺だけだ! 最初に俺が見るんだ! 誰があいつらを立ち会わせるもんか! あいつらには世話になったけど、賢者の石を手に入れる為の方便だ! そこまで立ち入らせる気はねえ!」
「そうだね。錬成は危険だしね」
 アルはサラリと言った。エドはさすがに熱から醒めた目をする。
「んなの、俺は今度は失敗なんてしねえよ」
 アルは笑った。
「はいはい、信じてます。でも、ベッドはやめようよ、兄さん。ちょっと即物的過ぎで、非常にイヤな錬成現場なんだけど」
「えー、やだ。毛布とか床とかやだぞ、俺は! じゃ、せめて隣の部屋に…」
「ねえ、その発想から離れない?」
「お前こそ何で考えないんだよ? お前、俺が好きじゃないのか? すぐ抱き合いたいって気にならないのか?」
「なる…なると思うけど、でも、何か下品なんだもん」
「何言ってんだ! これ以上大事な話なんてあるか! 俺は凄く真面目に考えてるんだぞ? お前が好きで好きで俺はもう気が狂いそうだってのに、お前は冷静になりやがって。ほのぼのと、ほっぺや髪に触ってよかったねぇとかで終わるのか?感動の再会に! セックスに下品もクソもあるか!」
「まあ、その時になればボクも我を忘れると思うけどさ。でも、まだ目処も立ってないのに、ベッドとか早すぎるんじゃない?」
「その時、考えてたら遅いだろ? 今のうち予約しとかないと!」
「もう、兄さんはせっかちなんだから。旅から旅の僕らがそんな大型ベッド予約してどうするの!」
「そうだな、とりあえずウィンリィの所にでも預かってもらうか」
 アルは頭を抱えた。自分達がそういう事に使うベッドをウィンリィが見るなんて、預けるなんて一体どういう神経をしているのか、この兄は。
「駄目だよ、絶対! 恥ずかしいじゃないか!」
「只のベッドだぞ? 何が恥ずかしいんだ?そりゃ、邪魔かも知れないけどさ。変な奴」
「まったく、もう! 駄目! 絶対駄目だからね!」
 アルはそそくさと洗濯物を持って立ち上がった。兄の方が照れ屋で恥ずかしがりやの所があるのに、妙に神経が人とずれていて困る。ああ、とにかく当分兄が家具屋に電話をしないか見張っておかないと。
「アル、とにかくベッド、どれが良いか見てみるだけいいだろ?お前も使うんだから」
 エドは困ったように立ち上がって、アルを追った。アルが家事で忙しい程、かまってかまってとまとわりつくのが、エドの困った所だと思う。
(かわいいんだけどね)
 しかし、今日ばかりは困った兄だと、アルは洗濯物をエドのトランクに直しながら苦笑した。

                                     エンド

ただの思いつき話。2万ヒットありがとう記念。
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