「マッチ売りの少年」


 昔々、ある所にマッチ売りの少年がいました。
 名前をエドワード=エルリックといいます。
 エドは親方(師匠)からマッチを売ってくるように命じられました。
 この大雪のくそ寒い日に外に出るのはイヤだったので
「これって修行と何か関係あるんですか?」
 と聞くと、
「口答えしない!」
 と、あっという間に投げ飛ばされました。
 エドも若いので命は惜しいです。それに弟を早く元の生身に戻さなければなりません。
 アルに涙ながらに見送られ、エドはブツブツ文句を垂れながら、街に出ました。
 しかし、今時100センズライターやチャッ×マンがあるのに、お金を出してまでわざわざマッチを買う人なんていません。隣で寒そうな格好のお姉ちゃん達が、面 倒臭そうにティッシュや化粧品の試供品をじゃんじゃん配ってる横で
「マッチは要りませんか?」
と声をいくら張り上げても一個だって売れませんでした。
 たまにライターを切らした男が 「マッチくれ」 と言いますが、
「え、金払うんか?」 とやな顔して、すぐに行ってしまいます。



 夜も更けました。
 終電も終わって、人通りも殆どありません。
 エドは途方に暮れました。
 寒くて、お腹がすいて早く帰りたいです。
 でも、このまま帰れば師匠に半殺しにされることは請け合いです。
 エドはマッチを見下ろしました。大体こんなマッチ、何の役に立つんでしょう。
「使っちゃおうか、寒いし」
 エドは手に息を吹きかけながら考えました。どうせ国家錬金術師だから、いやらしい程お金は持っています。全部売った事にして、研究費から捻出すればいいではありませんか。
「へへへ、やっぱ俺って頭いい」
 エドはさっそくマッチを擦りました。
 すると、どうでしょう。
 明かりの向こうに素晴らしい御馳走が見えるではありませんか。
 何ていい匂い。手を伸ばせば掴めそうです。
「うわっ、うまそう!」
 そこへ風が吹いて、マッチの火を消してしまいました。ごちそうも何処かへ消えてしまっています。エドはがっかりしました。
「何だ、今のは」
 エドは初めてマッチの説明書を読みました。やっぱり錬金術師のマッチです。普通 のマッチではありません。思ったものを自由に錬成できる不思議なマッチのようです。
「凄ェ! だったら、最初からこれで売り込めばよかったんじゃん」
 実演販売をすれば、いくらでも物好きが買っていったでしょうに。今更、効能を知っても遅すぎます。エドは取扱説明書を読まずにゲームを始めるような自分の性格を恨みましたが、仕方がありません。
「ま、いっか」
 とりあえず体を温める事が先決です。エドはもう一度マッチを擦りました。
 すると今度は大きなストーブが現れました。素晴らしいピカピカ光る真鍮で出来ています。火力も素晴らしく、エドの回りの雪も少し溶けてしまいました。
 でも、やっぱり風の一吹きでマッチの火は消えてしまいます。
「面倒臭ぇなぁ」
 何事にも大雑把なエドは2、3本まとめてマッチを擦りました。
(早く帰らねぇとアルが心配してるだろうなぁ)
 と、思いながら。
 すると、どうでしょう。
 彼の目の前にアルが立っているではありませんか。
 しかも、鎧姿ではありません。彼が夢にまで見た10歳のアルです。
「ア、アル……?」
 エドは喜びと驚きで気が変になるかと思いました。
(そ、そうか。これって本当に願ったら何でも錬成できるんだ!)
 賢者の石もなく、たかが2、3本のマッチで人体錬成なんて話がうますぎますが、そんな事はどうでもいい事です。
「アル!」
「兄さん!」
 エドは夢中で走り寄ろうとしました。でも、いたずらな風がマッチの火をあっという間に半分消してしまいます。途端にアルの下半身が闇に飲まれてしまいました。
「消えないでくれ!」
 エドは慌てて一箱分のマッチを擦りました。
 すると、今度は11歳のアルが立っていました。
「兄さん、もっともっとマッチを擦って!」
 アルが叫びました。10歳も11歳のアルもどれもかわいいです。エドはクラクラしました。このままでもいいんじゃないかとちょっと考えてしまいます。
 ところが、夜の寒さが厳しくなって、吹雪いてきました。マッチ一箱でもちょっとしかもちません。
 エドは一箱、また一箱擦りました。そのたびにアルはどんどん年を取っていきます。
(でも、これ以上擦ったら、アルは俺より老けちまう)
 それにマッチの火力なんて大した事はありません。マッチ棒が一本消えるたび、闇から触覚が延びて、アルの体を捕まえました。燃やす物もないし、このままでは抱き合えるどころか、アルはまた向こう側に戻ってしまうでしょう。
「兄さん!やだよ、せっかく会えたのに!」
 アルは両手を伸ばしています。
「アル!」
 エドは全部のマッチに火をつけました。あかあかと大きな火の揺らめきが壁やエドを照らします。
 そして、はっきりとアルの姿が光の中で浮かび上がりました。
「アル!」
 エドはマッチの焚き火を飛び越え、アルの両腕に飛び込みました。
「兄さん!」
「アル、アル!」
「会いたかったよ、兄さん!」
「もうお前を離さねぇぞ!」
「うん、僕もだよ」
 マッチの火が消えるまで、二人はいつまでも抱き合っていました。

 

 

 翌日、雪に半分埋もれたエドの凍死体が見つかりました。
『keep out』の黄色いテープが現場周辺に張り巡らされ、フュリー曹長は泣きながら、エドの体にそってチョークで人型を書きました。
「壁際にマッチが山積みになっています。放火魔の疑いがありますね」
 ファルマンはもっともらしく言いました。
「ええっ、マッチで暖を取ろうとしたんじゃないですか?」
 フュリーはびっくりして顔を上げました。
「まさか。現実問題として、マッチだけで暖が取れるでしょうか?」
「そうだよな。ベープマ×トで手を暖めようとするようなもんだよな」
 ブレダもファルマンの意見に賛成です。
「それだけじゃないのかも知れないわ」
 ホークアイは焼け焦げたマッチ箱を拾い上げました。
「エドワード君は何か錬成しようとしたのかも知れない」
「あ、錬成マッチ」
 ハボックが中尉の手を覗き込んで言いました。
「素人でもマッチ一本で錬金術師になれるって奴ですね。でも、マッチがついている間しか錬成が持たないんで、意味ないって余り売れなかったって聞きましたけど」
「国家錬金術師なら、一本でも凄い事が出来るんじゃないですか?」
 ファルマンはしげしげとマッチの燃えさしを見つめました。
「じゃ、何を錬成しようとしたんだろ」
 フュリーは首を傾げました。
「そりゃ、大将のことだから、メシとかストーブとか目先の物じゃないスか?」
「アハハ、そうかも」
 みんな大笑いしました。
「…いえ、エドワード君だもの。やっぱりアルフォンス君を錬成しようとしたんじゃないかしら?」
「あ…そうスね」
「そういえば、アルフォンス君も師匠の家から行方不明なんだそうです」
 みんな顔を見合わせました。
「…………凄いマッチの量だな。一生懸命、錬成しようとしたんですね」
「そういや、大将の顔、凄い幸せそうだなぁ」
 ハボックはエドの傍らにしゃがみ込みました。エドはにっこり笑って、まるで眠っているようでした。片手にはしっかりとマッチの燃えかすを握りしめています。
「アルフォンス君に会えたんですかね」
「……会えただろう。錬成マッチはいかがわしいが、本物だからな」
 大佐が初めて口を開きました。大量在庫を抱えた倉庫に火をつければ、ヒューズの一人や二人錬成できるんじゃないかとずっと考えていたからです。
「よかったなぁ、大将」
 ハボックはしみじみと言って、エドの冷たい頬を撫でました。みんな悲しい気持ちになりました。




「でも、よく考えたら、エドワード君死んじゃってるし、アルフォンス君戻ってきてないし、これって人体錬成失敗じゃないですか?」
 よせばいいのに相変わらずフュリーは混ぜっ返しました。
「あ、そうだなぁ」
「うん、俺も実はそう思った」
 みんな口々に突っ込みました。
「ああっ! で、でも、エドワード君が幸せなら問題ないですよね!」
 現場にみなぎる白々しい空気に気付いて、フュリーは慌ててフォローに入りました。
「いや、失敗は失敗だ。鋼のの実力もここまで、といったところだな」
 大佐は重々しく断言しました。





「ぬなぁにが、俺様の実力もここまでだっ!!手前だけには言われたくねーっ!!!」




 突然、エドの跳び蹴りが大佐の横っ面に炸裂しました。



「あ、『戻って』きた」
「しぶてぇな、やっぱ」
「エドワード君がこの程度で凍死する訳ないですからね」
「やっぱり大将に焔をつけるなら、大佐の一言だな」
 みんな口々に感心しました。もちろん止めようなんて思いません。


「手前ェ、今、ナイスアイデアとか思ってただろ!マッチの量とか計算してただろ!火の使い手の癖に思いつきが遅ぇよな、大佐ぁ」
 エドは大佐の胸ぐらを掴んで睨み付けました。
「子供のおもちゃなんて下らなくて考えも及ばなかっただけだ。結局、君は失敗してるじゃないか」
「うるせぇ! 俺はちゃんとアルに会えたんだよ! いい気持ちになってんのに、横でピーチクパーチク俺が死んでると思って、みんなで言いたい放題言いやがって!」
「ハハハ、子供のやる事もたまには役に立つことがあるんだな。勉強になったよ」
「顔を後5、6回変形させられてぇのか?! この手で人体錬成してみろ! 盗作容疑で訴えてやる!
 それに少しは悲しいとか残念とか言ったらどうだよ! あんただけ俺を無視しやがって!」
「君が死ぬなんて信じないからさ。私に泣いてほしかったのかね、鋼の」
「ば、馬鹿言うな! 誰があんたなんかに!」


 みんなは微笑ましい二人の争いを眺めていました。でも、死体がなくなってしまったので、ここにいる必要はありません。ホークアイ中尉は手を叩きました。
「さぁ、二人は放っておいて、撤収しましょう」
「そうスね、寒いし。コーヒー飲みたいし」
「知り合いと思われたくないですからね」


 

「兄さ〜ん!」
 そこへ元気な鎧姿のアルフォンスが走ってきました。兄と一緒に『戻って』きていたようです。無事な姿にみんなホッとしました。
「一晩中、戻ってこないから探してたんだよ! 心配したじゃないか、兄さん! わ〜、こんな所で恥ずかしいからケンカなんてやめてよぉ」
「アルフォンス君、体は何ともない?」
 ホークアイが代表で聞きました。
「え? う〜ん、えっと何か何処かでずっと兄さんと会っていたような気がするけど。
 あれ、変ですよね。僕は眠れないのに、夢見てたみたいです。おかしいな」
「そう、よかったわね」
「はぁ?」
「いいの。とりあえずまた一からやり直しましょうね。
 私達と一緒にいらっしゃい。あの二人は放っていたら、その内疲れて帰ってくるから、お茶の用意でもしていましょう」
「ハハハ、何か子供みたいですね」
「そうよ、これはおとぎ話だもの」
 中尉はにっこり笑って言いました。

エンド

パラレル。鋼自体、おとぎ話だからなぁ。

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