「メリークリスマス!!」

 

 北極海から吹き寄せる例年にない寒波は黒の教団もを完全に雪に封じ込んだ。
 通常、使用されるゴンドラも河が凍ってしまっては使えない。クリスマスギリギリまで仕事をしてから家族の元へ戻ろうとしていた団員達も途方に暮れて、残留を余儀なくされていた。
 その為、例年はコムイやリナリーなど一部の者達を除き、クリスマス休暇に入った学生寮のように閑散となる筈の教団はいつになくにぎやかだった。
 教団内はツリーやリースなど飾り付けられ、普段石造りの廊下に美しい柊や宿り木、モミの木が並んだ。
『例年通り』にクリスマスディナーの準備をしていたジュリーなどは思わぬ番狂わせに、慌てて材料集めに奔走していたが、この大雪だ。ただでさえ、街同士の交通 すら途絶しているのに、こんな辺鄙な場所まで届けられる奇特な食料品屋はいない。そんな事が出来るくらいなら、とっくにみんな家族の元へ帰っているだろう。

「この人数でこのまま交通の回復が望めないなら、クリスマスディナーどころか、新年までに全員遭難よ」

 ジュリーがカロリー計算書まで添えてコムイに意見書を提出したのは今朝の事だ。もし、最悪のシナリオだと、全員一日一枚のクラッカーで寒波を乗り切る事になる。薪や石炭など燃料だって無限ではない。八甲田山のように『神は我々を見放した…』と無念の表情で立ったまま、全員凍死したくなければ、早急に計画的行動に移らねばならない。

「一日中、全員で押しくら饅頭やってる訳にもいかないもんなぁ」
「本当に計画的に考えてるんスか?」

 コムイの呟きにリーバー班長は呆れたように睨んだ。

「兄さん、私が行ってこよっか?」

 リナリーがミルクティーを飲みながら顔を上げた。元々、リナリー達はここが『ホーム』だが、家族に会えずにイライラしているみんなを見ているのは辛かった。どんなにここがアットホームでも、家族がいる所こそ、人の還るべき場所だ。リナリーは家族のいない孤独がよく解る。
「とんでもない。リナリーのダークブーツは河の氷くらいかち割っちゃうだろうけどさ。女の子の腰に冷えは大敵なんだよ? かわいい僕のリナリーを冷たい水に浸からせるなんて、兄さんにはそんな真似できないよ! そういう力仕事は野郎どもに任せておけばいいから」

「俺はやらねーぞ」

 神田がリナリーの隣で顰め面して紅茶を啜った。
「解ってるって。神田は顎で使われるの大嫌いだもんね」
 コムイはニッコリ笑って、電話の受話器をポンと叩いた。
「大丈夫。そのつもりで呼び戻しておいたから」
「呼び戻すって…二人とも西と東の果てじゃない。また、兄さんてばすっごい強行軍させて〜」
「人使い荒ぇな、コムイ」
 リナリーと神田は思いきり眉をひそめる。
「いいじゃない。外国で一人淋しくクリスマス過ごすより、みんなで祝った方がさ〜。
 それにせっかくのクリスマスだ。たまに見せつけないと、不安に駆られる団員も出てくるんだよね〜」
 コムイはニコニコして指を組んだ。
「神の奇跡って奴」
 その瞬間、河の方でドーン!と凄まじい音が響いた。龍のように火柱が立ち上る。同時に大地を裂くような地鳴りが響き渡った。凍てついた河を覆い尽くした氷を矢のような亀裂が走り、粉々に砕け散った。
 ラビの劫火灰燼とアレンの左手の併せ技。
 教団を支える巨岩まで震わせる神の御手。
「ね、これでみんな帰れるでしょ?」
「……やり過ぎよ」
 振動で見事に紅茶のしぶきを浴びたリナリーと神田は、背後の資料の雪崩に埋もれたコムイを並んで睨みつけた。

 

「う〜〜〜〜、死ぬかと思った!寒ィ!」
「ホント〜。凍死するかと思いましたよ」

 ラビとアレンは毛布にくるまって、歯をガチガチ言わせながら震えていた。リナリーに熱い湯を入れてもらったタライに足を突っ込み、暖炉に当たっているが、身体の芯まで凍り付いたままだ。
「鍛え方が足りねぇんだよ、お前ら」
 神田は腕組みしたまま、不機嫌に暖炉の縁に凭れている。

「そ、そんな事言うけどなぁ。任務でヘトヘトのところ、いきなり戻れだろ? 橇は雪だまりに突っ込んで途中リタイアだし、腰まで雪に埋まって歩け歩けで150キロ。
 ア、アレンと落ち合うまで、3時間も突風吹きすさぶ河の側で待ちぼうけ食って、氷を割れば、水しぶき喰らうし。その後、花火かコミケ帰りの客みたいにいつまでも溢れ出てくる団員達の帰省が終わるまで、外で待たされてさ〜。ホ、ホント、俺ら死んじゃうかと…」
「そうですよ〜。ティムに通信機能ないんで、僕、ラビを見つけるまで、雪に埋もれるわ、迷うわ大変だったんだから。凍った河にハマって死ぬ かと思ったし。
 そりゃ、みんなが通り過ぎる時、最高の笑顔でお礼を言ってくれたから報われた気持ちになって、とっても嬉しかったですけどね」
「ティムがいてもお前は迷うだろ、この方向音痴」
 神田はにべもない。
「まぁまぁ、いいじゃない。おかげでみんな一緒にクリスマス過ごせるんだから。
 私は嬉しいな。だって、4人でクリスマス過ごせるの諦めてたもん」
 リナリーにニッコリされると、男どもは反論しにくい。
「あ、そうだ。アレン君にはクリスマスプレゼントと別にプレゼントがあるの。暖まったら、一緒に来て」
「え、何ですか?」
「だって、誕生日でしょ? ちゃんと用意してたんだ」
「えっ、ホントですか、リナリー?」
「当たり前じゃない。クリスマスと誕生日を一緒にする程、野暮じゃないもん、私」
 アレンはいそいそと立ち上がり、リナリーと嬉しげに部屋を出ていった。
 神田とラビは同時に溜息をついた。暖炉の薪だけがパチパチと爆ぜている。ティムは暖炉の側から動こうともしない。猫のようにのんびりくつろいでいる。

「誕生日、か」

 神田は呟いた。
「何、忘れてたさ、ユウは?」
 ラビはニヤニヤして神田を見上げた。神田は素っ気なく見返す。
「……お前は?」
「俺はちゃんとやったさ。俺の写真入り懐中時計。開いたら、俺が笑ってる奴。ティムがだんまりだから、通 信班に頼んで、通信機能もつけてもらったさ。これで俺とアレンだけはいつでも電話し合える仲になったさ。 
 心臓近い胸のポッケに入れて欲しいさって渡したさ〜」
「……………」
「ユウは、どうなの?」
「俺はそういうイチャイチャするのがキライなんだ」
「仕事の安否確認くらいし合うのは基本だろ? 何、かっこつけてるさ、ユウは。
 でも、全然考えてなかった訳じゃねぇんだろ?」
「……………」
「秘密主義はなしだせ、ユウ。不器用なのもユウの取り柄なんだけど、ホント、どんなものあげんの?
 まさか、自分にリボンつけて『俺をもらえ』なんて言うんじゃないさ?」
「殺すぞ、手前!」
「わーった、わーった」
 ラビは笑った。ふと目がマジになる。

「けど、アレンがクリスマスになると、少し憂鬱になるの知ってるさ?」
「……ああ」

「アレンは何も言わないけどさぁ。冬になると、左目押さえるの日に日に増えんだよね。ちょっと遠い目してさ。別 に疼くとか痛いとかじゃないみたいだけど。
 俺、あれが気に入らねーの。左目がアレン取っちまうみたいで。やっぱ俺ら、どっか入り込めねー気がしてさ。いい感じならいいよ? でも、決してそうじゃない。
 誕生日の上、クリスマスだよ?世界で一番ハッピーな時じゃん。だってのにあんな顔してさ〜」

 神田は俯いて何も言わない。言わないからこそ、その表情から同じ事を考えているのが解る。
「だからさ、アレンがそんな仕草すんの、少しでも忘れさせたいの、俺は。もっと幸せな思いを一杯すべきだよ、アレンは。
 アレンは冬、笑わなくなるんだ。知ってたさ、ユウは」
「…知ってる」
 暖炉の炎が神田の横顔を照らしている。

「じゃ、協力するさ、ユウ」
「知るか。あいつの事で手前とつるむなんざ、まっぴらだ。俺は俺。手前は手前だ」
「もう〜、頑固の根性曲がり。ま、いっさ。少なくとも、アレンの事、想ってる気持ちは一緒さ」
「……………」
 神田は返事をしない。その横顔を見て、ラビはニヤと笑う。言わない時は同意だと解っているからだ。


「えへへ〜」
 リナリーがドアから顔を出した。
「もうすぐクリスマスだから、ラビ、ちょっと私とつき合ってくれる?」
「何さ?」
「パーティの前にやる事があるの。神田、お願いね」
「ああ」
 神田はリナリーの横を擦り抜けて出ていった。
「ユウ、何?」
「内緒」
 リナリーは肩をすくめて笑う。ラビは身支度を整えると、マフラーを厚めに巻き直した。リナリーはその腕に腕を巻き付ける。だが、ラビは慌てなかった。幼い頃から、こんな仕草をリナリーはラビ達に平気でやる。彼らが異性としてというより、幼なじみか家族という感覚が強すぎるせいだろう。

「あれ、アレンは?」
 後ろに立っているとばかり思っていたので、ラビは首を傾げた。
「アレンは私達より先に行って待ってるよ。今夜の主賓なんだもん」
 リナリーは楽しげに笑った。彼女の胸が腕に当たる。リナリーの気持ちはどうあれ、ラビはこっそりとその感触を愉しんだ。少年とは全く違う少女の甘い香り。甘酸っぱいクランベリーに似てるとラビは思う。

 二人は玄関の外に出た。まだ雪は止みそうにない。その羽毛のような雪が降りしきる中で、真っ赤なコートが見えた。

「……アレン?」

 思わずラビは目を見張った。団服も私服も黒と白の服ばかり見ているので、赤い色彩 が目を射るようだ。コートの襟と袖と裾には真っ白な毛皮が縁取られている。白いテンの毛皮のマフと白いブーツ。赤いフードから覗く真っ白な髪にその深紅のコートはとてもよく映えた。主人の肩に舞い降りた金色のティムキャンピーが小さい天使のようなアクセントになっている。
 神田ならサンタと言うだろうが、ラビには何となく雪の中の赤ずきんちゃんに見えた。

「ふふ、いいでしょ? アレン君なら赤も似合うと思ったんだ。教団内ならアクマの心配ないもんね。ちょっと女っぽいデザインかと思ったけど、とっても可愛いんでよかった」
 リナリーは微笑んだ。アレンは照れたようにラビを見る。

「僕……女の子みたいじゃないですか?」
「………いんじゃねぇ? うん、すっごくいいさー。赤、似合うじゃん」

 アレンに見惚れていたラビは慌てて笑った。
「へへ、いっか。教団内だけですもんね」
 アレンははにかんだように笑う。笑っているリナリーと見較べながら、ラビは一瞬胸が詰まるのを感じた。リナリーもきっとそうだ。
 常に白と黒の世界。着たい服も着れない。好きな色も選べない。自分達が自由に何でも好きなことを出来るのはいつの事だろう。


「真夜中だよ。見て、ほら、教団の方」


 リナリーが指さした。
 その瞬間、鐘が鳴り響いた。美しい澄んだ聖なる音が鐘楼から天空に向けて、一斉に鳴り響く。刹那、光がきらめいた。地面 から無数のワイヤーが塔のてっぺんに向けて張られると、光がそれにそって天に翔け上がっていく。唐草模様で編まれた光の網は途中で複雑な模様を描き出した。スノーマン。天使。リース。リボン。無数のきらめく星。黄金。蒼。翠。緋色。それは瞬く間に巨大なクリスマスツリーを形成し、闇の中に浮かび上がった。
 最後に銀の星がツリーの樹上に点った。そのツリーから鐘がまた鳴り響き、遠い空に消えていく。神のこの誕生を言祝いで。

「わぁ〜」

 三人はそれを見上げた。思わず笑みが零れる。アレンの瞳がライトに照らされて、キラキラと輝いていた。その純粋な喜びに満ちているアレンの横顔に、ラビは思わず目を細める。
 その瞬間、黒い影が走った。驚く間もなく、三人の前に神田が鳥のように舞い降りる。

「神田……」

 アレンは目を見張った。
「ご苦労様、神田」
 リナリーは彼に声をかける。神田は肩をすくめて、そっぽを向いた。リナリーはアレンに視線を送りながら笑った。
「馬鹿ね、神田。最後までちゃんとしたら?」
「うるせぇな」
 神田は顔を向けない。
「この寒波でしょ? 燃料不足だし、兄さんは渋ったんだけど。神田がどうしてもやるって」
「どうしても、とは言ってねぇ」
 神田は訂正したが、リナリーは続けた。
「風は強いし、滑りやすいのに全部自分でやったんだから。エクソシスト達が、特にアレン君が教団に戻ってこれなくても、ちゃんと遠くからでも見えるようにって。そうでしょ、神田?」
「……うるせー。お前らが言い出したんだろうが」
「そうだったかしら? でも、やったのは神田だもん。私達じゃ出来なかったわ」
「……………」
「神田……ありがと」
 胸が詰まって、アレンは神田の前に進み出た。が、神田は相変わらず居たたまれないように立ちつくしている。少しだけ、アレンの服と顔に目が行ったが、慌てて目をそらした。

「このバカユウ!!」

 ラビは思わずアレンを神田に突き飛ばした。神田は思わずよろけたアレンを抱きしめる。ラビはその二人を肩を回して抱いた。
「予想外にアレンが戻ってきちゃって、目の前でこんなかわいい格好で礼を言われてどうしていいか解んねぇんだろ、バカユウ! ホント、手前ってかわいいな!」
「バ、バカッ!」
「ホント、やんなっちゃうよなぁ、リナリー」
「ええ、ホントにね」
 リナリーも吹き出している。

「それより、パーティ始めようや。パーティ!ここは寒くてたまんねーさ。アレン、行こう!」
「え、あっ、ラビ!?」
 ラビはあっという間にアレンの手を引いて、教団内に消えていった。呆気なくさらわれて、立ちつくす神田の背をリナリーが押す。
「行きましょ、バカンダ」
 リナリーが笑ってる。
 ちょっと眉をひそめたが、初めて苦笑すると神田は押されるまま、その手を許した。
 頭上ではいつまでも聖夜を訪れをしろしめす鐘が清らかに鳴り響いていた。


エンド
 

秘空 破璃様、クリスマスおめでとうございます!!
このプレゼントはあなたのものです。

クリスマスに何とか間に合いました〜(^_^;)
たまには4人でほのぼの。

 

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