「三つ編」後編(30万リクより 神ラビ)

「んー、ユウ。あのさ、質問していい?」

 ラビはベッドに寝転がったまま、タオルで頭を拭いている恋人に尋ねた。ラビといえば、腰を毛布で隠したままの姿である。神経質な恋人はさっさとシャワーを使えと目線で要求しているが、気づかない振りをした。まだ気だるいし、このけだるさが好きだし、行為の後のシャワーは粘膜に染みるのでもう少し後がいい。
 でも、神田は終わったら、すぐシャワーを浴びる。彼の色気のなさは彼自身の容姿や雰囲気で充分補われているけれど、何となく身体を使った体操と同次元の扱いを受けているようで、時々癪に障る。

「つまらん質問なら要らん」
 相変わらず素っ気ない応答だが、ラビは神田の性格になれている。構わず続けた。
「俺の事、愛してる?」
 ジュースを飲んでいたら、絶対吹き出していただろう。神田は一瞬、硬直し、しばし経ってからラビを不機嫌に見下ろした。

「何だ、急に。突然…」
 ラビは肘をついたまま、神田を見上げる。
「答えて欲しいさ」
「俺がそういう類の質問が嫌いな事を知ってるだろう」
「嫌いなんじゃなくて、苦手なだけじゃん。照れ屋のユウ」

 照れ屋と指摘されて神田はイヤな顔をした。部屋の温度が途端に下がるので、無用な刺激は避けた方が無難なのだが、性格的に言わずにおれない。ラビはこの顔も好きだから、始末に負えないなと自分でも思う。

「大して変わらん」
「またまたぁ。
 で、さ。俺達、こういう事してんじゃん。だったらさ、俺ん事、ちょっとは好きとか愛してるとか。任務の合間に俺ん事で一杯…とまではいかんけど、ちょっとは考えてくれてると思った方が嬉しいさ?」
「俺は嬉しかねぇ。第一、任務の間に気を散らしたら終わりだ」
「あらら…俺は結構ユウの事考える余裕あるんだけどねぇ。
 じゃ、ユウが俺を抱くのもナニを擦り合いっこしただけの結果なん? 俺の身体見て、ムラムラきたんじゃないとは淋しいさ。ユウは身体が火照るからって、誰でも引っかける手合いじゃないと思ってたんだけどな」
 神田は忌々しげにラビを見下ろした。

「お前がいつもいつも俺につきまとって、好きだの愛してるだの色々浴びせかけるからだろう。言葉だけでお前は満足しないしな。
 俺がお前を抱くのは、俺が野郎に組み敷かれるのはまっぴら御免だからだ。それにお前の裸見て、興奮するなんざ断じてねぇ!」
「でも、立っちゃうって事はやっぱ素質あるさ」
 タオルの上から握ろうとしたら、拳が降ってきたので、ラビは慌てて手を引いた。

「出てけ!」
「やーだ」
「お前としか寝てないからって自惚れんじゃねぇよ、バカウサギ」
「自惚れたっていいじゃん。俺、ユウの事、好きだもん」
「ユウって呼ぶな。馴れ馴れしいんだよ、手前は!」
「でも、神田君とか、神田さんとか、神ちゃんとか今更呼べないさ、ユウコリン」
 また拳が降ってきたので、ラビはベッドに伏せる。
「どさくさに紛れて変な呼び方すんな!」
「けどさー、何だかんだ言っても、部屋に入れてくれるじゃん。
 それってやっぱ俺の事、何ーにも思ってない訳じゃないさ?」
「……………」

「照れ屋でいいさ。俺はユウのそういう所好き。抱かれるのイヤなら、このまんまでいいさ。
 ユウが言えない分、俺が好きって言うさ。愛してるって叫ぶさ。それでバランス取れてるって思わん?」

「…お前はズルイ」
「ズルくて結構。そうでもしなきゃユウを手に入れられなかったもん。何振り構っていられないじゃん、恋なんて」
「恋」
「そ、恋」

 恋だの愛だの神田は口にしないから、その言葉にラビはドキドキした。神田はラビの傍らに座る。頭を撫でてくれるかと思ったが、彼の指は動かなかった。神田は誰かに触りたいという性癖を元々持っていない。じゃれつくのはいつもラビの役割だ。それがないからこそ、友達以上恋人未満なのだろう。ラビも神田とのそういう距離が嫌いではない。
 時々、却ってその空間にホッとする。何の計算もしなくていいから。無理に喋ったり、冗談を言ったり、笑ったりしなくていい。手を繋がなくても、繋ぐ糸は切れない。沈黙が二人を引き離す事もない。
 神田のいい所は、その関係に何の打算も入れなくていい事だ。

「俺はお前とそういうつもりはない」
「じゃ、友達?」
「友達じゃ…ねぇな」
「そうだな…友達は余りこういう事しないさ」
「でも、恋…そういう仲とも思ってねぇ」
「どっちだっていいさ。俺はこのままでいいもん」
 そう言うと神田は少しイヤな顔をする。

(考えろ。考えろ)

 ラビは内心念じた。神田は基本的に真面目だし、うやむやな事が嫌いだから、いずれ自分で結論を出すだろう。追いつめなければ、いい結果 が出ると思うし、でも、少しは追いつめないと考えようとしない。面倒臭い俺の恋人。
「で、ユウは俺ん事、好き?」
「…嫌いじゃねぇ」
 神田は渋々認めた。眉をひそめているものの、これでも充分すぎる程だ。本当に嫌いなら、部屋に入れるのは勿論、媚薬を盛られたってラビに触れる男ではない。
 ラビはニコニコした。神田はまたイヤな顔をする。

「お前は容赦ねぇな」
「何が?」
「言うまで許してくれねぇ」
「いいじゃん。俺ばっか言って、一方通行じゃバランス悪いってユウもチラとは思ったんしょ?」
「……で、何だ」
「何が」
「お前が俺にあれこれ言う時は何か欲求がある時だ。お前は言葉だけで満足しねぇ、だろ?」
「あらら」
 ラビは笑った。やはり長年つき合ってきただけはある。

「ユウは終わったら、すぐシャワー浴びるのがイヤだったんさ。何か俺の匂い消したがってるようで」
「汗掻いて、精液まみれなんだから気持ち悪いだろうが」
「もー、ユウは。解るけど何かイヤーなの、俺は。清々しましたって感じで。まるで俺の身体だけが目当てみたいでさ」
「誰がお前の身体目当てなんだ。お前の肉体にそんな価値があるのか」
「うわ、暴言。そういう身体に立ってた人って…あたっ! 解った。解ったから、ユウ、御免さ!
 で、俺としては、何か跡残したいかなぁって」
「跡? 手前の歯形とかキスマーク、これだけつけてまだ何をしてぇんだ」

「髪をさ、編ませて?」
 ラビは神田の髪をそっと一房持ち上げた。

後編に続く

 

 「三つ編」後編(30万リクより 神ラビ)

「何で?」
「綺麗なんだもん。一回編んでみたいなぁって、誰でも思わん?」
「思わん」
 神田は素っ気なくラビの手から髪を奪い取った。
「せっかく長ーく、綺麗に伸ばしてるのに、いっつもただ結んでるだけってムナシイさ。たまにはバリエーションを…」
「いらねぇ」
 ここで引き下がると、絶対神田は編ませてくれない。ラビは食い下がった。

「俺はしたい。してみたい。させて。やってみたい。綺麗に編むから。やらせて。させて!」
「うるせぇ!」
「ユウ、させてよぉ。したい。絶対したい。しないと帰んない。もうここに暮らす。全館放送でユウとの同棲を発表する。ヴァチカンに同性愛を報告してやる! 二人で死ぬ さ、ユウ!」
「バカウサギ!」
「だから、編ませてv」
 とどめにニコと笑った。神田は全身で脱力する。


「……………あのな」
「させて」
「いつか『抱かせて』に、そのセリフ変えるんじゃねぇだろうな」
「あ、いいの? 是非!」
 神田は墓穴を掘った顔をした。ラビは好奇心が強い。リバなんか全然平気と平然と言ってのけるだろう。
「黙れ、赤毛。綺麗に編めよ」
「うん、俺、組みヒモや飾りヒモ編むの、ガキの頃から馴れてっから」
 神田は大人しくラビに背を向けた。ラビはブラシと櫛を使い、神田の湿り気を帯びた髪を梳く。サラリとした感触が気持ちよかった。

「…余り凝ったのにすんなよ」
「うわ、凄いいい感触。どうして石鹸でこんな綺麗な髪をキープできるさ…ね、一本じゃなくて一杯編んでいい?」
「あー? いいだろ、一本で」
「だって、もう二度とさせてくれないさ」
「三つ編みなんて、女みたいで気色悪ぃ」
「明日、ちゃんとほどくから大丈夫さ」

 ラビはニコと笑った。神田は肩をすくめたが、ラビの指の感触は快い。髪をいじってもらうなど、子供の時以来だなとぼんやり思い、その甘くて苦い思い出に揺すぶられるまま、ラビの指を許した。

 

「ラ〜〜〜〜ビ〜〜〜〜」
 神田の声は地を這うようだった。
 やはり昔の思い出に気を取られるなど、あってはならなかった。ラビの指が気持ちがいいからといって、三つ編みを許すなどしてはいけなかったのだ。
 神田は鏡を見て唖然としていた。綺麗に細かく編まれた髪はほどくと見事なウェーブを描き、美しい直毛だった神田を一変させてしまっていた。

「解ってやっただろう!」
 怖ろしい形相で神田はラビに振り向いた。ラビはタンスの影に隠れて、顔だけこっちを見ている。
「い、いやぁ、ちょっとはなるかなぁって…思ったけど、まさかここまで綺麗にあでやかに…。
 ユウ、綺麗さ。王女様みてぇ」
 ドカーッと神田の蹴りが眼前を掠める。

「直せ、すぐ直せ! こんなので部屋から出られるか!」
「大丈夫さ、お湯で湿らせたらそんなんすぐ直るって!」

 しかし、神田の髪は本人に似て頑固なのか、一旦ついた癖はなかなか直ろうとはしなかった。洗っても、ブラシで解かしても、何故かまたウェーブがついてしまう。

「……………ラビ…」
「……………な、直るっていつか」
「……………いつだ」
「……………いつか」
「……………責任取れ」
「……………いつでも脱ぎます」
「……………犯されりゃ済むと思ってんのか」
「……………だって、金ないし…。あ、そうだ、コムイに相談するさ!」
「……………事態を悪化させたいのか」
「……………ごもっとも」
「……………いつでも脱ぐって言ったな」
「……………言いました」
「……………じゃ、これを着てもらおうか」

 神田はタンスの引き戸を開いた。ラビは目を剥く。素晴らしい衣装がズラリと並んでいた。どれもレースや絹をふんだんに使い、仕立てもいい。シックなのやゴージャス、ゴスロリ系、中華風、何でも揃っている。しかし、残念な事にどう見ても女性モノだ。

「何さ、これ。ユ、ユウ、そ、そういう趣味が」
「そういう趣味なのは、さっきの事態を悪化させる科学者だ」
「えっ、じゃあユウはコムイと二人でこんなのを…」
「誰が奴とペアルックでこんなのを着るか! 何度捨てても、任務から帰ってくるとタンスがこんなので一杯になってやがんだよ。あいつ、リナリー以外に金の使い道がねぇから、俺にまでこんなもん押しつけやがる」
「それって、いつかユウが魔が差すって事を期待してるんじゃないさ?」
 神田はラビをギロリと見た。

「よかったな。俺に魔が差して。
 じゃ、これから今日の貴様の衣装を選んでもらおうか。俺は優しいから好きな物を選ばせてやる。せいぜい自分に似合いそうなのを選ぶんだな、バカウサギ」
「…お、俺が着るのー?」
「俺な訳ないだろ」
「それってどんな罰ゲームですか…」
「いつでも脱ぐって言っただろ。俺だけこんな頭で食堂や会議室に行かせる気か?」
「あ、頭をターバンで巻くとか!……いえ、思いません。言いません。着ます。何でも。
 わー、リボンにミニのペチコートまであるぅ。ステキなラインナップ〜〜v」


 結局、数日間、神田の頭が元の髪に戻るまで、ラビはコムイのコレクションを着る羽目になった。
 何しろ衣装はふんだんにあったので、不思議な国のアリスから、肩を剥き出しのイブニングドレスまで選り取りみどりだったし、状況に応じて「着替え」までさせられた(夜は勿論、そういうプレイが行われたのは想像に難くない)。
 こういう時に限って、コムイから指令は降りるどころか喜色満面なので、ますます神田の機嫌は熱帯低気圧から台風へ移行していったが、ラビは神田の髪が元に戻る事を神に真剣に祈る以外、為す術もなかった。
 神田の形相が怖かったので、勿論誰一人、二人に何か言うものはいなかったが、これ以降、ラビのタンスにもコムイから余計なプレゼントが届くようになったという事である。

エンド

神ラビでラビが神田の髪を三つ編みする話という30万リクでした。
初めてのラビ受けだったけど、ど、どうかな??

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