「六幻」


「ハァ…」


 アレンは本部に戻ってきてから、10回目の溜息をついた。ラビは思わず笑う。
「アレン、そんなに腕の修理、嫌さぁ?」
「そりゃ、嫌ですよ」
 アレンはガックリと肩を落として言った。
 修理は虫歯の治療に似ている。まず傷の深さを調べる為、傷を大きく広げた後、しかるべく処置してから修復していく。コムイは腕がいいので、歯医者のように何週間も通 院せねばならない訳ではないが、修理する音は凄まじいし、生体武器の内部はとんでもなくグロいし、コムイは傷がひどい程楽しそうだし、何より体内をいじられるという感覚にどうしても馴れない。手術とも修理とも呼ばれるのも悲しかった。自分が『神の武器』の使い手ではなく、武器そのものであると強調されている気がするからだ。
 寄生型のアレンはどうしても接近戦になりがちで、武器の損傷(『負傷』でないのがもの悲しい)は避けられないだけに、手術室の常連になっているのも気が重かった。
「僕も普通の装備型だったらよかったな」
「いいじゃないさ。うっかり放す心配がなくて」
 ラビは笑った。装備型はシンクロ率が寄生型に劣り、手放すと発動が停止してしまう時が多い。戦闘中、武器を手放す事は死を意味する。余程、相性がいい時はイノセンス自らが適合者を守る場合もあるそうだが、そんな可能性に縋るようでは、この先とても戦い抜けないだろう。
「そうですけど、お腹は空くし、傷は痛むし、自然に治ってくれないし、余りいい所があると思えないですけど」
「まーだ解らんさー。装備型は発動の上限が決まってるけど、寄生型は強さが未知数だから」
「はぁ、でもやっぱり不便なんですよ〜」
 アレンは11回目の溜息をついて、治療室の扉をノックした。コムイの返事がある。


「どうも……わっ!」

 アレンは入るなり、総毛だった。コムイがドリル型の治療器具を構え、燦然と無影灯が輝いている。既にヘルメットをかぶったコムイはやる気満々だ。


「ど、どうも失礼しましたぁ〜」
「こら、アレン。何処行くんさぁ。心配すんなよ。俺がついててやるから」
 逃げ腰のアレンの肩をラビはがっちり捕まえて、ニコと笑った。
「僕が心配なんじゃなくて、寄生型の手術の見学がしたいだけなんじゃないですか?」
「まさか〜。アレンの事がホントに心配なんさぁ」
 ラビはまたニコッと笑う。アレンは渋々中に入った。
「やぁ、アレン君、早かったね。ちょっとそこ座っておいてくれる? 先約が入っちゃてさ」
「先約?」
 アレンはヒョイと処置台を覗いた。目を見張る。


 そこにあったのは六幻だった。大きく刃こぼれしており、無数の傷が入っている。


「なっ、神田は!? 神田は大丈夫なんですかっ!?」
 勢い込んだアレンにコムイは思わず笑った。
「大丈夫。神田もアレン君に輪を掛けて無茶するけどね。今回のダメージは殆ど六幻が喰らったようだから。
 神田君は今、別件で呼ばれていったんだ。六幻と離れるのイヤだったみたいだけどね」
「……そうですか」
 アレンは胸を撫で下ろした。神田の治癒力は知っているが、それは彼の命と代償のような気がしてならない。神田もコムイも何も言わないから余計にそう感じる。
 とはいえ、六幻と離れたがらないのは神田らしかった。対アクマ武器を手放す不安もあるだろうが、六幻は神田の一部に近いからかも知れない。彼が六幻を携えていない姿など想像もつかなかった。


「しっかし、ひでぇ傷。ユウの奴、相変わらず戦い方、ヘタだなぁ」
 ラビは肩をすくめて言った。アレンは聞き咎めて、ラビを振り返る。
「ヘタって……」
「だって、そうじゃん。六幻は召還型武器だし、アクマと力比べすんのは危ないさぁって何度も言ってるのにさぁ。普通 の日本刀だったら、こんなに刃こぼれする前に折れちゃうよ?
 男勝負したい気持ちは解るけど、あいつ、自分の身体を頓着しなさ過ぎるんさ」
「そうですね」
 アレンはもっともだな、と思う。神田は何であんな自分を傷つけても構わないような戦い方をするのだろう。同じ戦うでも、ラビの方が確かに巧みだと思う。ラビも生傷は絶えないが、ひどい重傷は負わないし、コムイの世話には余りならない。
「でも、六幻をこんなにしちまって、ユウの奴、落ち込んでたっしょ、コムイ?」
「まぁね。勿論口に出しては言わないけど、神田君は露骨に顔に出ちゃうから」
「やっぱー」
 三人は声を揃えて笑った。


「ふーん、あのさ、コムイ。修理するんなら、お願いがあんだけど」
「何、ラビ」
「六幻にさぁ『がんばー』って、彫ってくんない? 出来れば、俺の顔イラ付きで」
「えー?どうして?」

「ユウがピンチな時、絶対六幻見て『クソー』とか『チクショー』とか思うじゃん。大怪我してぶっ倒れてたら、余計さ。
 そんな時、俺の顔と『がんばー』見て、『よし、頑張るぞ!』って思ってくれるっしょ?
 うん、超いいアイデア」


「…………」
「…………」
 コムイとアレンはラビを見つめた。


「……怒りませんかね、神田は?」
「なして、アレン〜? 応援されて怒るなんて、人間として駄目じゃん」
「でも、六幻にでしょ? 絶対怒りますよ」
「剣は武士の魂って、江戸時代の話っしょ? 今は明治時代さ。それとも、ユウはサムライなん?」
「それは知りませんけど」
「あ、ついでに裏に『I love you』っても彫ってね」
「えっ、裏もですか?」
「だって、剣のどっち見るか解らないっしょ? 瀕死の時なら尚更さぁ。
 アレンこそ、遠くで心配してるより、具体的にユウを励まそうって気になんないの?」
「そ、それはそうですね」



 アレンは思わず口ごもった。六幻が処置台の上にあるのを見た時、一瞬、神田が横たわっているような錯覚を覚えたのだ。六幻があんななら、神田はもっとと思うと、冷たい手で心臓を握られた気がした。エクソシストはみな世界中に散らばって任務に就く。もし、神田に何かあっても、情報を得た時は遅いかも知れないのだ。だが、どうする事も出来ないし、神田は自分から助けを求めようとはしない男だ。
 それだけに、ラビの言葉は一理ある気がした。


「そうですね。僕の言葉も彫ってもらおうかな。『死なないで下さい。生きて帰って下さい』って」
「おいおい、アレン君もかい?」
 コムイは苦笑した。
「じゃ、僕も参加しちゃおうかなぁ。『死んだら解剖するよ』って」
 コムイは六幻にキュキュッと白いマジックで書いた。ついでにラビ達の言葉も書き入れる。
「えー、コムイさん、本気ですか?」
「やりかねねぇよな、コムイ〜」
「えっ、まさか〜。励ましだよ、励ましv 神田君を解剖してもしょうがないじゃないか〜」
 コムイは笑う。ラビはアレンをこっそりつついた。
「アレン、死ぬなよ。レア物のお前なら、絶対コムイに標本にされっぞ」
「ええ、そうですね〜」
「もう、二人とも信用ないなぁ」
 コムイはケラケラ笑った。
「ある訳ないっしょ?」
「ですよねぇ。あ、そうだ。綺麗な花も一緒に入れてもらえませんか? 戦闘中の殺伐とした中で花のイラストを見たらなごむと思うんです」
 ラビもキュポッとマジックの蓋を抜いた。
「こうか?」
「あ、ラビ、絵が結構うまいですね。後ね『離れていても僕の事を忘れないで下さい』って」
「おう」
 ラビはキュキュッと書き殴り、ついでに

『戻ってきたら、抱いてやる』

 と、書き添える。
「ラビ、どさくさ紛れに何書いてるんですかっ!」
「いーじゃん。生きたいって人間、やる気を起こさせるにはこれさぁ」
「じゃ、僕だって」
 アレンはマジックを握った。

『戻ってきたら、僕の一番大事なもの、あげますv』

 ラビは渋い顔をした。
「何さ、アレン、これー? アレンの一番大事なものって、何さぁー」
「何でもいいでしょ? やる気を起こさせるって言ったのラビじゃないですか」
「えー、気になるー。アレン、教えろよー」
「内緒です」
 アレンはにっこり笑った。
「えー、教えろさぁ、アレン〜」
「秘密ですって」
「あー、僕も気になるなぁ、アレン君」
「もうコムイさんまで〜、言ったらやる気がなくなるでしょ?」




 じゃれている三人は、処置室に入ってきた長い黒髪の青年の存在に気づかなかった。

「…………あ…」

 寄せ書き状態になっている六幻を握りしめ、怒りに震えている神田の長身を三人は同時に見つめる。


「…………あ、あの、神田…」
「…………おう、ユウ。久しぶり…」
「…………あー、神田君。今回、怪我なくてよかったねぇ…」
 神田はゆっくりと振り返った。




 その後、処置室と三人が向こう一ヶ月再起不能になったのは言うまでもない。

エンド

ありがちなアホ話(笑)

神田お題へ

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