「仲間」


 最初、会った時から気に食わなかった。
 まぁ、別に俺が気に入る奴なんて、この世に滅多にいないのだが。


「どうも。ラビっス」
 頭を下げる訳でもなく、ポケットに手を突っ込んだまま、斜に構えて俺を目踏みしている。
 欧米では初対面は握手がお決まりなのが、東洋人の俺にはどうにも気色悪い。右手は刀を握る大事なものだ。それを相手に一時でも手渡すのはどうにも落ち着かない。握手が『空の手を見せて、自分に害意がない事を示す』事が起源だとコムイから聞かされても、この風習は俺の意に添わない。
 だから、初対面の挨拶で手を伸ばさない男は久しぶりだった。
 それで好感が増した訳ではないが。
 俺が黙っていると、ラビは笑って言った。
「あんた、名前は?」
「神田」
「それはあんたの名字でしょ? 名前は?」
「神田でいい。みんな、そう呼んでる」
「ダメ。俺はこれからあんたと一緒に任務に出る。命を共にすんだから、名前を聞いておかなくちゃ」
「俺は共になんかしない。死にたきゃ、勝手に死ね」
 ラビは目を見張る。怒るかと思ったが、いきなり笑い出した。
「わ〜、噂通りだねぇ、コムイ。俺、もしかしたら見捨てられて死んじゃうかもよ」
「死なないでしょ、ラビ君は。簡単にはね」
 コムイはコーヒーを飲みながら、肩をすくめる。
「とにかく時間がないから、資料は移動の途中で読んでね」
「あ、ダメ、コムイ。ちゃんと名前は聞いておかねぇと」
 ラビは俺に向かって、にっこり笑った。
「で、神田。名前は?」
「言った。さっさと行くぞ。任務遂行が先決だ」
「いや。あんたの名前が先」
 俺は苛立った。何故、そんな事が優先されるのだ? この間にも探索部隊の死亡率は上がってるし、イノセンスが敵に奪われてるかも知れないのに。
「名前なんかどうでもいいだろう。あんたが俺と任務に一緒に行きたくないならそれでも構わないぜ」
 ラビは困った顔をした。
「どうでもよくないだろう。あんた、自分の名前を何だと思ってんの?」
 俺は顔を顰めた。
「いちいちフルネームで名前を呼ぶのか、あんたは! 俺達に一番大事なのは…」
「信頼じゃねぇの?」
 ラブはあっさり答えた。
「イノセンスも大事だけど、俺も生きて帰ってきたいからさ。危険な場所に行くのに信用できない奴と仕事なんか出来ないね」
 こいつは腰抜けなんだろうか。俺はラビを睨んだ。名前に拘って、時間ばかり喰っている。結局、俺とは組みたくないんだろう。名前一つで信頼関係が築けるものか。
「あんたは命が惜しいのか」
「惜しいよ。俺、若いんだもん。あんたこそイライラしてばっかだと早く禿げるよ?」
「何だと!?」
「まぁまぁ、いいじゃない、二人とも。ラビ君もそれ位にしといてよ。神田の名前はねぇ…」
 コムイは半分面白がってる表情でやんわりと口を挟んだ。だが、ラビもきっぱりと拒絶する。
「ダメだよ、コムイ。神田から言ってもらわないと意味ねぇだろ、この場合」
「まぁ、そうなんだけどね。ごゆっくりと言ってられない状況なんでねぇ」
「現場には悪いと思うけどさ。これは大事な問題だから」
「俺にはイノセンスの方が大事だ」
 俺はこれ以上、ラビと関わる気はなかった。スタスタと扉に向かって歩き出す。
「あんた、逃げんの?」
 ラビの言葉に俺はギロリと目を向ける。剣人にとって『逃げる』『敵に背を向ける』と言われるのは面 目を失うのと同じだ。19世紀の日本人にとって、面子を潰されるのは死に等しい。だから、人々は日頃、細々と世間に気を遣い、礼を逸しない生活が基本になっている。
 俺は日本に背を向けた人間だが、それでも、ざっくばらんに逃げると言われては引き下がれない。
「もういっぺん言ってみろ」
「お〜怖、お〜怖」
 ラビは両手を上げた。だが、言葉と反対に顔は全然動じていない。
「だってさ、名前って、あんたの親がくれた大事なもんじゃん。それをどうでもいいだって。仲間に教えたくないだって。
 ま、あんたが一族背負ってるとか、裏事情は知らないけどさ。名前ってのは『あんた』そのものだろ。あんたの命みたいなもん。名前を人に呼ばれるのは結構クル時あるからな。
 それを教えたくないってのはさ、俺を信用してねぇって事じゃん。自分がどうでもいいって事じゃん。あんた自身の命の扱いだってどうだか解ったもんじゃない。俺もそういう奴とは組みたくないね。
 あんたは墓碑銘でしか名前を公表しない気かい? その程度の名前?
 それとも、恥ずかしいの?」
「ラビ! 手前…っ!」
 俺は思わず刀に手をかけた。核心を突いてくる言葉の羅列だが、何だか侮辱されている気がする。だが、逃げないと決めたのは自分の方だ。このままいつまでも絡んでくる男と会話を続けるのもイヤだ。余裕綽々の顔を見ているのも癪に障る。
「………ユウだ」
「へ?」
「言った。じゃな」
「え? ちょ、待って、待って…」
 ラビが慌てて立ち上がるのを無視して、俺はバン!とドアを閉めた。
「お〜い、ユウ! 待てよ」
 俺は立ち止まらない。名前を教えたのは絶縁の意味だったのに、そんな事も解らないのか。
「ユウってば。一緒に行こうぜ?」
「…………………」
「機嫌悪ぃの」
「…………………」
「あんた、幾つ? 俺、18」
「…………………」
 まだ質問を始める気か? 俺は苛立った。
「何で付いてくる?」
「だって、任務だもん。頑張ろうな、相棒!」
「誰が相棒だ ! 気安く肩を抱くな! 俺に触るな!」
「お〜怖、お〜怖」
 ラビは白い歯を見せて笑った。
「仲間だろ、俺達?」
 俺はラビの手を払いのけた。
「仲間じゃない。俺に近づくな!」
「だって、ちゃんと名前教えてくれたじゃないか」
「あれで充分だろう!」
「そうだ、充分だよ。仲間って呼ぶには」
 ラビは屈託のない笑みを見せる。それが俺には不快だった。ずけずけと踏み込んでくる不法侵入者で、無礼で、動じない。それが俺は嫌で仕方がなかった。どうして拒絶してるのに解らないのか。殴って欲しいのか。だが、ラビの動きに隙はなかった。それは俺にも解る。解るからこそ癪だった。ふりほどけない。
 ラビは首を捻った。
「それとも、友達がいい?」
「友人も仲間もいらん! 俺は独りでいい」
「でも、数週間は一緒だなぁ。その内、親睦を深めればいいや」
「どんな親睦だ!? 俺はお前など大嫌いだ!」
「嫌いでいいよ」
 ラビはあっさり言った。思わず俺は口ごもる。
「まずは嫌いから始めようや、ユウ。その内、俺の事が気に入るよ」
 ラビは笑いながら、さっさと歩き出した。俺はその背を睨む。
「お前など好きになる訳ないだろう!」
「解らないぜ? 俺はこれでも気長なんだ。ま、ゆるゆるつき合おうや」
「誰がだ!」
 俺は叫んだ。だが、ラビは相変わらず動じない。背中が柳のように俺の言葉を躱していく。
 18歳。
 俺は唇を噛んだ。同じ歳。なのに、こんなにも自分は余裕がない。
 その事が悔しくて、ラビの背を睨むように俺は歩いていた。

エンド


同じ歳ネタ。いかん、ラビにハマりそうだ(^^;

神田お題へ    

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